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    haru

    @haru_tokki1214

    柊夜ノ介×マリィ
    自分の読みたいやのマリを自給自足中

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    haru

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    ​『FIVE-ファイブ-』

    柊夜ノ介×マリィ​

    A5/本文84ページ/R-18/書き下ろし/500円/おまけペーパー/

    ◆段組サンプル
    https://poipiku.com/5681197/9572289.html

    発売日は12月2日の夜。BOOTH通販
    当日にXにてURLをアナウンス予定です。

    #ときメモGS4
    tokiMemoGs4
    #やのマリ
    mariYamato
    #柊夜ノ介
    hiiragiYonosuke
    #柊主
    shuusei

    FIVE-ファイブ- 頒布サンプル<はじめに>

     卒業後、恋人になった二人のお話です。夜ノ介くんはいずれ芸能界の仕事もするだろう。そのきっかけを書いてみたい。そこからスタートしました。

     大仕事を決断して、演劇だけではない華やかな新しい世界へ。恋人マリィも夜ノ介くんを支えようと準備は万端。ただ、その過程で二人が現実を見ることになり、初めての不和が生じて、渦の中で手を離してしまう。支えを失ったまま果たして大舞台を成功に導けるのか?

     シリアスなセクションは半年前から毎日のようにぼやきまくって書いてたお話です。R-18指定ですが、元々R-15を目標に書き始めたものだし、含まれるだけでストーリー上の演出かな、くらいに思ってます。エッが演出って何だよ? ですよね。でも素敵なシーンになっているので、自分では気に入ってるエッになってますね(?)
     6月から構成を始めて、ほぼ半年この『FIVE』というお話にかかっていて。入稿した後も、あの部分直したい。追記しようと、ふと考えては「ああ、もう離れたんだった」今は寂しく感じてます。もう、本になってしまったのでね。手に取って下さる方には楽しんで頂きたいです。


    ◆注意事項◆
    原作のイメージを壊す設定として、夜ノ介くんが役作りで金髪になります。
    主役級のモブキャラ、モブの描写が多いです。夜ノ介くんのご両親、マリィの両親も出ます。

    友情出演で、玲太くん、一紀くん、御影先生、ひかるちゃん、玲太くんおじいさん、GORO先生(←?)&行くん、みちるちゃん
    出ます。
    2027年という未来の話であり、架空世界のお話でもあるので、現実との齟齬をご了承の上、よければでお手に取ってみて下さい。

    以下から本文サンプル。
    各章からのハイライト+抜粋になります。

    (この本は、私と交流のある方が優しく手に取って下さるのだろうなと思っているのと、性格の表れかえらく適当です。サンプルというよりダイジェストです。色々ご了承下さい)


    <目 次>
    one・ADVICE 
    two・LIGHT
    three・If I Could Tell You
    four・STRINGS
    five・SAD KIDS
    epilogue・Gravity B-Side​


    ――――――――――――――――――
    ◆one・ADVICE 

    『鍵盤を叩く人差し指のように、チェス・クロックのボタンが押され、ゲームが展開してゆく――』(p4)

    **

    (p5~)
    「彼女からでしょ」
     愉快げに笑う声がする――僕の正面に座る『相手役』となるかも知れない人。
    「あ、じゃあ。少し休憩しましょうか。柊さんも一人で頭を整理する時間が必要でしょうから」
     "休憩"という響きに、心もち張りつめていた場の空気が緩んだ。圧倒的ともいえる内容の為、劇団はばたき側としてはただただ茫然とするしかなかったからだ。
    「……では、少し。失礼します」
     スマホを手に取り、会議室を後にしようと席を立つ。
    「それってやはり今日決めた方がいい話ですかね?」
     僕の隣に座っていた、劇団の中堅と事務スタッフは、少しさっぱりとした調子で訊ねている。扉のレバーハンドルに手を掛けたまま雑談に耳をそばだてた。
    「いや、こちらにとっちゃまたとない機会ですからね。二つ返事したいところですが、荷が重いというか。うち、市民劇団でしょ」
    「柊が断わったとして、他に持っていく話ですか、それ」
    「いいえ」
     "相手役"の美しい声が室内の天井まで凛と響く。
    「夜ノ介さんだけへのオファーです。他は考えてません」
     少し肩越しに振り返ると、先方の複数の視線が品定めするかのように僕へと集中していた。"相手役"の瞳が艶やかに弧を描く――うちのスタッフ二人は、難しい顔でテーブルに目を伏せ、頭の後ろをゴシゴシと擦っていた。

    『あ、夜ノ介くん』
    「……美奈子さん。風真くん、ですか?」
    『うん、そうなの! 何も知らなくて。今日イギリスから帰国したばかりなんだって』
    「久しぶりですね」
    『シモンに来てくれてるの。それで、今晩一緒に食事でもって話してて。夜ノ介くんもどうかな。今日は……』
     "雑貨屋シモン"は。高校生の時から続けている、彼女のバイト先だ。当時は風真くんも一緒に働いていた店……。
    「実は……今、東京に居ます」
    『え!  東京?  ……そうだったの。ごめんなさい知らなくて。じゃあ、今日は……』
    「はばたき市に帰るのは、夜中になりますね」
    『劇団の仕事かな?』
    「…………ふたりで……行くの?」
    『え?』
    「風真くんと」
     休憩所の窓から東京の町を見下ろす。その日は雨だったが、細雨程度で景色はただの曇り空に見えた。
    『ううん。一緒ならと思っただけ……』
    「そうですか……折角帰国したのに?」
     景色から目を戻し、休憩スペースから全面クリアガラス張りの会議室へ移す。"相手役"の揺るぎない真っ直ぐな瞳がこちらを見据えていた。避けようと不意に目を伏せる。帰国早々会いに行ったのは、僕の恋人って訳だ……。
    『あ……うん』
    「……お茶くらいはして来るといいです。積もる話もあるでしょう」
    『……ごめんね』
     何に対する"ごめん"なのかは分からない。仕事中にプライベートな電話で邪魔をしたことか? それとも、恋人以外の男と二人で出かける後ろめたさ?
     通話をオフにし、夜空の色をした髪の"相手役"を見つめ返すと、そのまま会議室へ戻った。もう一度真向かいの席に着くまで、一度もお互い視線を逸らさずにいた――。

     帰宅の途につく車中の高速道路では、アフターミーティングを行った。三人が無言になった頃合いで、スマホを取り出し美奈子さんのSNSを開く――温かそうなカップが手前と奥にあり、さつま芋がメインの"季節のタルト"の写真だった。コメント欄は日付けのみで、タグが付けてあり『久しぶりの幼なじみと』と、書かれている。その前の写真は彼女が買ったカラフルな画材一式。その前は、先月初めに花火大会で撮ったもの――焼きそばと、僕の浴衣の袖口が少し写っていた。コメント欄は想い出文が数行に渡り並んでいる。
     通話をタップした。

     ――柊です。

    『すぐにロンドンに帰っちゃうみたい。でも、十二月から数ケ月はしばらく日本に居るって』
    「じゃあ、その時に再会できるかな」
    『そうだね。ロンドンは――』
     風真くんから聞いたという話を少しだけ又聞きする。
     その時には――多分、僕は無理だろう。

     決断してきたからだ。

     東京へ行った理由を訊きたがったが、言い逸らすと。すぐに察して心得ている彼女は、それ以上追求することをしなかった――。


    ――――――――――――――――――
    ◆two・LIGHT

    『一瞬の閃光が続けざまに二人を照らす――。
     パールホワイトのヒロインは宝石か蝶か。美の象徴ともいえる眩しさだ。そして、エスコート役は柊夜ノ介――漆黒のタキシードながら優美さも備える完璧な顔立ち――。』(p12)

    **

    (p12)
    「すごぉ~い。夜ノ介さん素敵~。ねえマリィ、画像を保存する手が止まらないよぉ」
     クッションをお腹に抱いてひかるちゃんが身をよじる。
    「ふふ、同じく」
    「マリィの誕生日に海外行っちゃうなんて酷い!  と思ったけどさ。はぁ~~。美しいよねえ」
     テーブルにはろうそくの消されたケーキが乗っていたけれど、切り分ける間もなく二人共がスマホとパソコンに釘付けになっていたのだ。
    「でもさぁ、二人の距離が近くない? こんなに寄り添う必要ないと思うんだけどさ。あ~ん。マリィが隣じゃなきゃひかるは嫌っ」
    「お仕事お仕事」
     時々、メッセージも入ってきていた。一紀くん、御影先生、玲太くん、他にも沢山。親友からの誕生日を祝うメッセージだった。恋人からはまだなのに、動態だけは手に取るように見えているのも面白かった。
     小さくパソコンの通知音が鳴る。
    「あ! 来た!  お姉ちゃんじゃない?」
     私はひかるちゃんの隣へ急いで移動する。
     ――マリィ?  久しぶり。お誕生日おめでとう。
    「みちるちゃん、ありがとう」
     画面に現れた、もう一人の大切な親友に向かって小さく手を振った。

     保存した画像を開いてみる――。
     本当に美しかった。どちらもだ。
     彼女は、一年前に会った時と比べとても印象が変わっている。小悪魔的な艶めいた印象が、今は清楚で品があって可憐だ。これではまるで……。否定するように小さく首を振ると、さっと指先で撫でて夜ノ介くんの部分を拡大する。
     インタビュー映像で演目について訊ねられた彼は、意味深な含み笑いで『まだ多くは語れません』と前置きし――『皆さんを、想像もつかない世界へ連れていきましょうか』そう言って隣に視線を落とすと、見つめ合い――『二人でね』ヒロインが言葉を続けた。
     どこか、違う世界の出来事で。今、時の人となりつつある夜ノ介くんは違う人。私の彼は今、自宅の稽古場で木刀を手に殺陣の稽古をしているのだ。そう思い込みたい。そうだったらいいのにと思ってしまった。そんな自分が許せなくもあった。

     また別の写真を開ける。

     白く細い指を顔の前に広げ、彼女は微笑んだ。

     ――『ファイブ』です。

     五つのパールの爪が輝く。そして、演目のタイトルが初めて明かされた。

     **

     高く、高い天井を仰ぐ。
     疲れた目に沁みるほどの輝きだ――何重にも見える光彩はただただ眩しく滲んでいる。イベントからパーティー、インタビューまでの全てのメニューを終え、ホテルのロビーに帰っていた。もう深夜だ。
    「夜ノ介さん」
     色をつけた甘い呼び声の方へ視線を向けると、一日一緒に仕事をした彼女が歩いて来る。
     マネージャーを一旦遠ざけると猫を思わせる動きでこちらへすり寄ってきた――ただ、今はもうオフの時間だ。さりげなく距離を取ると、彼女は苦笑いをして眉を下げる。
    「わたしの部屋へお誘いしても?」
    「随分と単刀直入ですね。お断りします」
    「相変わらず冷たい。話すだけのつもりなんだけど?」
    「僕の行くべき部屋はひとつです」
    「今は海の向こう、遥か彼方の恋人だよね」
    「前にも伝えました。ご自分を大切になさって下さい」
     首を傾げてにっこり笑った。
    「泣いて縋ってお願いしようかな」​

    **

    (p16)
     ――もう行かないと。

     そう言うと、全然足りないという瞳をしながらも「分かってる」と笑う。柔らかな笑顔は泡沫と同じに儚く見えて、胸の奥、何かが込み上げた。堪らなくなり着物の袖口を引いて、欅の陰へ隠すように連れ込み、強く抱きしめた。
     硬い帯が邪魔だ。
    「夜ノ介くん、ここ外だよ?」
     腕の中でくぐもった声が聞こえる――。
     チリン。
     後頭部を包む手の平が鈴を揺らした。
     微笑む唇にそっと口づけると、言葉に反して彼女も応えるように、唇を押し付けてくる。ずっと……こうしていられたらいいのに。

     演じていて一番面白い顔――”五番目”だと、彼女には言えなかった。
     未だ、どう転ぶのか判らないが間違った選択だったと、既に気づいて後悔していた。ただもう巻き戻すことはできない。


    ――――――――――――――――――
    ◆three・If I Could Tell You

    『――大丈夫、大丈夫。
     頭の中でおまじないのように呟く。私はちゃんとできる、ちゃんと……。余計な心労を与えたくない。彼のお荷物になるなんて絶対にあってはならないことだ。』(p27)

    **

    (p33) 
     ――ねえ、夜ノ介くん。

     まっすぐに視線を合わせた。
    「お別れごっこしようよ」
    「…………」
    「"その時"が来たらのシュミレーション」
    「そんな事は起きない」
    「……明日の事だって分からないよ、ましてや人の感情なんて……」
    「変わらないものもあります」
    「突然失うくらいなら……もしもを……耐えられるようにしたいの……だから……予行練習しなきゃ」
    「あなたは……」
     彼女は初めて僕を責めている。その事実がじわりと衝撃に変わりごくりと唾を飲むと言葉を失う。
     赤く潤む瞳でじっと僕の首元を凝視して。
     そうして、くしゃりと顔を歪めた。

    「なんで……ゆるしたの?」

    **

    (p38)
     そして、自分にかけられていた何かが解かれてゆく――。
    『誰よりも、愛しています』
     あれは、映画の台詞だったんじゃないかな――頭の片隅でそっともう一人の私が囁く。声音だけは愛しい人のものだった。


    ――――――――――――――――――
    ◆four・STRINGS

    『〈ファイブ〉のレビューは、各メディアほぼオール五の高評価で、絶賛されていた。
     才能と才能のぶつかり合い――出自の異なる主演二人が結び付き、盤上で戦い惹かれ合う。
     夜ノ介くんの演技は特に評価が高く、”真骨頂”だと注目を集めている。全国を回っていた大衆演劇時代から、地域に根ざす市民劇団の枠を更に広げ、新しい世界へ――。』(p47)

    **

    (p48)
     ――今度は何?
     恐る恐る画面を薄目で見れば、一紀くんからだった。

    『出て来らんない?』
    「うう、今のバイト、一ケ月間九時から六時までガッツリなんだよね」
    『あ、そ。それならその方がいいか。学校の前で変なのに捕まったんだけど。テレビっぽいカメラまで向けられたし』
    「う……」
     テレビのカメラまで来てるの?
    『美奈子先輩と大学で一番仲がいい人でしょう? だって。何も言ってないけど。求めてるのは単なる肯定じゃないってこと』
    「どういうこと?」
    『”僕の彼女だ”って言わせたいんでしょ』
    「え? 何それ」
    『恋人の目の届かないところで実は……みたいな、君の粗を探してる。先輩達が下世話なニュースのネタにされてるの、腹が立つんだけど』
    「一紀くん、ごめんね」
    『何で先輩が謝るの。君も夜ノ介先輩も品行方正だし少なくとも市内には悪く言う人、いないだろうし。堂々としてればいいんじゃない? 気にしないこと』
    「……ありがとう」
    『じゃあ、また。海にも来てよ』
    「うん、行く」
     要するに、励ましの電話をしてくれたのだ。

    **

    (p52)
    「文武両道、才色兼備、名門はば学非公式ミスコンの女王。一流大学の優等生、ハイスペック美女! 将来は劇団はばたきの共同経営者確定か?」
     ひとつひとつ指折り数えながら笑う。少し怪訝な顔をしてしまう。
    「わたしのライバルはどんな人物? で、騒がれてるよ。全部SNS上で見た情報。非の打ち所がないんだね。夜ノ介さん、さぞかしライバルも多かったでしょ」
    「そうですね。選んで貰えたなんて未だに夢みたいだ」
    「サーファーの彼とか、幼なじみは彼? みんなライバルだった?」
    「……どこでそれを?」
    「わたしのファンも、皆が皆行儀がいい訳じゃないし。SNSは非公開に設定した方がいいかもねー」
    「どちらも共通の友人です。あまり、波風を立てないで下さい」
    「夜ノ介さんみたいに、わたしには道が用意されてた訳じゃない。媚びも売ったし汚いこともした。全部自分で掴んで頑張ってここまで来たんだ。今は夜ノ介さんが欲しい。だからわたしのやり方で利用できるものは全部するの」
     ――その「道」に苦しんだこともある……。そして目の前の彼女も変わらない筈だ。苦しみながらの大きな成功は仕事に対して、真摯に、誠実に向き合った結果だろう。
     視線が外せなくなった。
     同じ目だ――板の上ではどうしようもなく惹かれてしまう存在。すっかり見抜かれてしまっている。強い眼差しから努力して目を逸らした。「ふふ」笑い声を漏らし、僕の視線を追って、控室のソファにゆっくり沈みこむよう横たわると。
    「部屋に二人きりだね。艶っぽい声を上げてみようかな」

    **

    (p54~)
     いつもの私――根ほり葉ほり訊ねなくなっている。代わりに夜ノ介くんが私の様子を訊ねてくれる。些細な下らないことに、私は相変わらず胸をときめかせていて。綺麗な色が作れた。仕事の段取りが上手くいった。聞いてもらおうと思いながらも言葉に詰まって。だから何? 世界が違う人に話すこと?
     「私だって」と、ただ努力していたはば学時代。今は……「私なんて」だ。
     あと四日、あと二日、あと――夜ノ介くんははばたき市を離れてしまう。少しずつ気分が塞ぎ込んでゆく。次は福岡、あの人の生まれ育った街でありホームグラウンドだ。
     自分で判るほど痩せてしまった。肌もくすみがちで……。華やかな世界に身を置く人から、私は色褪せて映るのだろう。

     一緒にベッドへ入ったけれど、少しして寝られないと判った。呼吸を安定させて寝息を立てているように……寝たふりをすることにした。十分ほどで、夜ノ介くんは眠ったようだった。
     パチンと目を開ける。暗闇の中少しずつ輪郭を現わしてゆく大好きで綺麗な寝顔だ。しばらく眺めてからそっとベッドを抜け出した。
     電気ケトルで湯を沸かすとカモミールのティーパックを入れて、注ぎ入れる。少しずつ飲みながらしばらくキッチンに座っていた。
     ――空の鳴る音がする。
     耳をすませて。まだ、湯気の立つマグカップを置いたまま、ソファの背に掛けていた部屋着用のフリースを着込んだ。そして、バルコニーへの扉を開く。

     彼女がベッドを抜け出したと同時にゆっくり目を開く。キッチンへ入る気配がして――お茶を淹れるようだ。しばらくベッドとキッチンと、それぞれの場所でお互いを想い、感じた。”ゴオオオ”空が鳴る微かな音だ。闇をぐるりと見て一度目を閉じる。衣擦れの音がした数秒後、ガチャン。バルコニーの扉が開閉する音が響いた。ガバリ、身体を起こすと間仕切りのカーテンを上げる。

     白い息を吐きながら、夜空を見上げる横顔が見えた――。

     バルコニーの扉を開けると、彼女は弾かれたように驚いている。
    「夜ノ介くん、出てきちゃ駄目だよ。大事な時に風邪をひいたらどうするの」
     白い息を吐きながら立ち上がろうとする身体を後ろから抱きしめた。
    「眠れませんか」
    「……ごめんね、部屋に入ろう」
    「こら、もうずっと謝ってる……謝り癖がついてしまいますよ」
    「自分では意識もしてなかった……」
    「余計に悪いです」
     手に持っていた毛布で彼女くるみ、自分も一緒に入る。


    ――――――――――――――――――
    ◆five・SAD KIDS

    『そうよ、強敵に対抗するには、花椿家を利用するくらいが丁度よ』(p72)

    『金髪にリングピアスの彼、夜空色のドレスを纏った彼女、蝶のはばたき――黒く冷酷なチェスの王を絶対的に愛し、とりまくよう終始白い蝶が可憐にひらひらと舞っている、二人の場面はそんな印象が残っている。記憶はただ美しかった。』(p64)

    **

    (p58)
    ――夜ノ介、何をしに帰って来たんです?

     片眉を上げ、氷花を思わせる――僕と同じ色、形をした瞳が一番に迎えてくれる……も、全く歓迎されていないようだ。
     久しぶりの実家だった。
     門扉前では数人のメディアに歓迎はされたが、丁重にプライベートな取材は断り、お帰り頂いたばかりだ。
    「ただいま帰りました。明後日から二週間福岡ですよ、お母さん」
    「ええ、そうでしたね。準備もあるでしょうからねえ」
    「はい、食事は自分で買ってきましたので」
     買い物袋を持ち上げて見せた。母は一度ゆっくり瞬きをして、低い声で訊ねる。
    「それで? ……あの娘は何なんです?」
     母が僕に向かい、敬語で話す時はとても怒っている時だ。
    「ダブル主演をつとめる共演者です」
     ゆっくりと左右に首を振る。そんな事は分かっているとでも言いたげだった。
    「はいはいはい、失礼しますよー」
     飄々と事務方が僕と母の間を通り過ぎてゆく――そのまま事務室へと入るのを母と二人、無言で見つめた。
    「…………では、僕も失礼します」
    「…………」
     背中で大きな溜め息が聞こえてすぐ、嘆く声がする。
    「可哀想に……美奈子さん」
     溜め息をつきたいのはこちらだった。不意に、居間から嬉し気な表情で顔を覗かせた父とバチッと目が合う。
    「残念ながら、僕ひとりですね」
     すぐにがっくりと肩を落とし、短く息を吐くと居間へ戻ってゆく。そして、離れからはポツリポツリと住み込みの団員達が母屋の様子を窺いに来ている。彼らが期待しているのも勿論、”美奈子さん”なのだろう。我が家では絶大な人気を誇っている。
     久しぶりの実家は居心地が悪かった。

    **

    (p70)
     熱い銀糸を引きながらゆっくり顔を離す。
    「じゃあ、終了ですね?」
     低く耳元で囁いた。蕩けきった瞳を覗き込むと小さく首を左右に振る。
    「……意地悪だ。ホワイトデーが欲しい」
     手を伸ばすのを指を絡めて制止する。
    「それは別に考えたいので……。この後、ワインを飲むんじゃなかったの?」
     チラとテーブルに目を遣る。バレンタインの後に開けようと、ワインボトルと小さなグラスを用意していた。
    「んんん、や」
     呻き顎を上げて欲しがる、潤んで溶けた表情にぞくりとする。ゆっくり身体を起こすと彼女もすぐに起き上がり、太腿を僕の腰に擦りつけ、しがみついて首に腕を回す。背中を撫でて抱きしめた。
    「ベッドに行きましょう」
     ――バレンタインデー延長でいいですか?
     返事の代わりに飛び付くようなキスがくる。僕を押し倒す勢いの頬を包み込み、熱く柔らかな身体を受け止める。
     スイッチを点けた――そして、こうなった彼女は無敵だ、僕の自制力を失わせる。

    **

    (p76)
     これは――美奈子さんのヒールだ。
     片方だけ転がっていた。手に取るとかかとが折れていて、ボロボロになっている。少し、赤く血液のような汚れが付着していた。
     心臓が掴まれたように痛む。
     ここは、シンガポールのホテルだ。

     どんどん景色が流れてゆく――廊下に立ちはだかるのはナイトの駒、並ぶ白と黒のルーク、ラウンジにはビショップ、その全てを倒して駆け抜けてゆく。
     そして……。
     エントランスにはクイーンが高く、高く、そびえていた。


    ――――――――――――――――――

    ◆epilogue・Gravity B-Side​

    (p79~)
     向かうは青の世界――。
     この日の洞窟は、ライトアップされて自由に入れるようになっていた。
     ロマンチストでキザなところのある夜ノ介くんは最高の舞台を準備してくれていて、ふわふわ夢みたいだった。きっと演出も素晴らしいに決まっている。真骨頂を魅せてくれる筈だ。既に多幸感に満ちた胸は一杯で、もう今にも涙が零れそうだった。大好きな人は相変わらずだ。

     でも私は……それをぶち壊してしまう。ごめんなさい。


    ――――――――――――――――――

    『そして、連れてゆく。重力のない世界へ――』
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