「ご褒美」という名目で"キスってどんな感じなんだろう?"
ずっと幼馴染だった馬淵と付き合い始め、そこから一週間ほどが経った。
そんな中でも、手を繋いだりハグをしたり……と様々なことを想像した。
いつも学校に行くまでの待ち合わせ場所も、いつもよりもキラキラと輝いて見える。
きっとこんなことで浮かれてるのは自分だけかもしれない。
そんな馬淵と今日も屋上で昼休みの時間を一緒に過ごしていた。
「馬淵、お疲れ様!」
「ん、あぁ、お前か」
「はい! これお弁当作ってきたよー!」
「別に、作ってこなくてもいいって言っただろ?」
「いいの、俺が作りたいから! 今日は、ハンバーグ入れてみた!」
「……ま、無いよりはマシか」
「はい、めしあがれ!」
「ん。……、まぁまぁだな」
「ふふっ、はいはい♪ そうだ、今日図書館付き合ってよ!」
「………」
「え? なに??」
「明日雪予報出てたっけか?」
「ちょっ! なにそれっ!!!」
「いや、珍しいと思ったからな」
「むっ、俺だって、ちゃんと勉強やるからっ!」
「へぇ……」
「ちゃんと頑張るし! というか、馬淵のこと抜かしちゃうからね!? だから、馬淵に勝ったらご褒美欲しい……」
「って、それが目的かよ!!」
「いいじゃん、たまにはさ!!」
「ったく、お前なあ……」
「だから図書館付き合ってよ!」
「……、普通勝ちたい相手と一緒に勉強するかよ」
「そ、そうかもしれないけど、一人よりも、馬淵と一緒の方が、その、頑張れるし……」
「……しょうがねえな」
「……やった! よしっ、頑張るぞー!」
昼休みの約束通り、馬淵と共に放課後の図書館で勉強することになった。
ノートに視線を落として問題を解きながら、時々馬淵の方を見る。
真剣な眼差しでノートにペンを走らせる彼をみて心臓が跳ねた。
その姿がいつもよりもずっとかっこよく見えて、思わずぼーっと見惚れてしまった。
「おい、何ボーッとしてんだよ」
「えっ、あ、ご、ごめんっ!!」
「ったく、勝ちたいならちゃんとやれ」
「う、うん……」
「ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って少し席を離れた馬淵が図書室から出て行ったのを見て、思わず机に突っ伏してしまった。
あんなのずるいとぽつりと呟いて、外から聞こえるひぐらしの声に耳を傾ける。
しばらくぼーっとその声を聴いていると、頭の上から聞こえた声と共に、項にひんやりと冷たい感覚が伝わってきた。
「おい、何寝てんだ」
「ひゃっ!!!? つめたっ!!!」
「ったく、これ飲んでやる気出せ」
「ぁ、ありがとう……」
馬淵からもらった缶ジュースを頬に当てて、少しだけ呼吸を整えた。
そんな馬淵に感情を揺さぶられつつも、今回のご褒美に向けて勉強をいつも以上に頑張った。
毎日放課後に彼と勉強してる時間がとても楽しくて有意義に感じる。
馬淵と少しでも一緒にいる時間が増えることが一番嬉しかった。
そして、緊張のテスト当日を終え、その一週間後には結果が教室の側の掲示板に張り出されていた。
その中で自分の名前を探すと、一位の横に自分の名前があり、その下に馬淵の名前を見つける。
「あっ…!!!」
目を擦ってもう一度結果表を見ると、確かに自分が一位で馬淵が二位と書かれている。
その事実に胸が躍り、持ち上がった口角を隠すために、両手で頬を包んだ。
くるりと辺りを見渡すと彼の姿は無く、恐らくいつものように屋上に居るのではないかと考え、屋上へと向かうことにした。
「あっ! 馬淵!」
「なんだよ、笑いにきたのか? ったく、本気出しやがって……」
「むっ、俺だって、頑張れば出来るってことだからね!?」
「はっ、出来るんだったら普段からやれよな、張り合いねえだろ」
そのセリフは、少なからず馬淵は自分に対して、ライバル心のようなものを持ってくれているのだというのが分かる。
自分のことを少しは認めてくれているのかと思うと、何だか嬉しくて思わず口角が上がった。
それを見た馬淵が、アホな面(ツラ)してんなよと言って、訝しげな顔で見てくる。
「それでさ、あの時話したことなんだけど……」
「あー……、何が望みだ?」
「っ、えーと……、その、……」
「なんか考えてたんじゃねえのか?」
「その……、ま、馬淵と、き、き……、キス、して、みたい……」
最後の方は段々声が小さくなってしまい、馬淵がそれを聞き取ってくれたかは分からなかった。
それでもこういった機会でも無ければ、素直に言うことが出来ない性分なので、この試験を利用して、今こうして馬淵に伝えているのだ。
「へぇ……。じゃあ、そこ座って目閉じろ」
「ぁ、う、うんっ……」
「……ぷっ、くくっ、そんなに強く目ぇ閉じることねぇだろ」
「っ!! なっ、だ、だって、どうすればいいか、分かんなっ……!!! っ!!!」
揶揄われたことに反論しようとした矢先、馬淵の手が頬に触れ唇が重ねられた。
その出来事はほんの一瞬で、唇が離れた後、馬淵はいつもと変わらない顔を見せていた。
「っ、ぇ、え!?」
「んだよ、その反応、お前が望んだんだろ?」
「っ、一瞬すぎて、わかんなかったんだけど!?」
「はあ? ……鈍すぎんだろ」
「っ、馬淵が意地悪するからっ、……っ!!??」
すると、再び唇が重なり合い、先程よりも長い時間唇が重なり合っているような感覚を覚える。
今度は後頭部に手が回されて、強く引き寄せられると、自分の鼓動がさらに早くなり、その音が頭の中に大きく響いていく。
そして馬淵の舌が唇をゆっくりとなぞった後、名残惜しくも互いの唇が離れた。
「ここまでな」
「へっ、ぁ、えっ……?」
「この続きが欲しかったら、せいぜい次の試験がんばるんだな」
ふんっと鼻を鳴らして口角を上げる馬淵を見て、先ほどの口づけがより深いものになることを想像すると更に頬が熱くなる。
実際に馬淵の舌が唇を撫でた時、その先の展開に期待してしまった自分がいたのだ。
恐らく馬淵はそれを分かっているから、最後まですることなく、次の機会を用意したのだろう。
「っ、い、いじわるっ!!」
「あ? 余裕ねえ顔してるから気を遣ってやってんだろ?」
「なっ、なにそれ!!」
「あと、目閉じてる時の顔、面白かったわ」
「っ!!!!! ば、ばかっ!!!!!!」
「予鈴鳴ってるから行くわ、お前はそのアホヅラを治してから来いよ」
そう言って鼻で笑って屋上から立ち去った馬淵の背中を見送りながら、未だに熱が集まった頬を両手で包み込む。
そして、次も期待していいという事実に、更に喜びを覚えるのだった。
end