おやすみなさい監督生さんが今晩泊まりに来ている。
それは恋人同士である僕らにとって別段珍しいことではない。珍しくないからと言って何も思わない訳はなく、二人だけで居られる時間はやはり浮かれてしまうものだ。
浮かれついでにこの不自由極まりない重い二本足も、彼女の待つ自室に戻るこの瞬間は水の中を泳ぐよりも速く軽く感じる。ふわふわとスキップでもしてしまいそうな足取りであっという間に戻ってきた。
「監督生さん、ただいま戻りましたよ……おや」
思わず上擦った声に気恥しさを覚えたので咳払いをして誤魔化した。それでも返事がない。ベッドの上に惜しげも無くさらけ出されたハーフパンツから覗く御御足を眺めていた目を、無理やり動かして顔を見る。どうやら待ちくたびれて寝てしまった様だ。
彼女の下敷きになった薄手の掛け布団を魔法でその上下を変えふわりと包んで、起こさないように隣にするりと滑り込む。眼鏡も貝殻の形をしたケースに(監督生さんにとってもかわいらしいですねと言われたのは不本意だが)音を立てないようにそっと仕舞う。不鮮明な視界だがまた魔法で照明を落とし、部屋が真っ暗になった。
夜目が人間よりきくからと言っても眼鏡が無ければ薄ぼんやりのモザイクがかかる。つまりは何も見えていない状態と変わらないので今の僕では人間と大差はない。
ぼやけてしまった彼女の顔。愛おしいその顔をずっと眺めていたいがこればかりは仕方がない。目を細めながら前髪をかろうじて払い、おでこに口付ける。''おやすみなさい''と呟けば彼女は少し微笑んだ気がした。
儀式じみたルーティーンの後は体を彼女の隣にねじ込んで、隙間なくぴったりと抱きしめる。呼吸で上下する胸の動きが伝わって愛おしさと庇護欲で苦しい。堪らなくなって、深く息を吸えば優しくて柔らかな彼女の香りで身体中が満たされる。この感覚はとても癒されるし安心する。もっと本来の脚でみっちりと全身に巻きついて密着できれば、これ以上の幸せを味わえそうだ。しかし今はそうともいかないので脚と脚を互い違いに絡ませる程度に抑えた。
足の甲に自分とはまた違った滑らかな肌と人間特有の温もり。温かいこの体がこれでも寝ている時は体温が下がっている状態なのだから普段はどれだけ熱いのだろうかと考えてしまう。確かめる様に足先ですりすりと撫でれば、くすぐったかったのかシュッと足を曲げて逃げられてしまった。なんだかおかしくて笑いだしそうだったがグッと堪えて、また足を伸ばして絡ませる。
この特別ではないが何事にも変え難い、心地良い幸せな時間をもっと味わっていたかったが、もう瞼よりも先に思考が鈍って頭の方が眠りに着いてしまいそうだ。
もう一度おやすみなさいと頭の中で呟いて海底へと潜るように眠りに落ちていく。
夢の中でも彼女と幸せな時間を過ごせますように。彼女も夢の中でも幸せでありますように。柄でもないがそう願って 。