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    enisihonpo

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    オム・ファタルは花を抱くの前日譚的なお話です
    よしおも出るよ!

    #立海
    rikai

    『prince』の始まり 冬の午前4時、ろくな遊具もないその小さな公園はほとんど真っ暗だった。

    「……揃ったな」

     その暗闇の中にぼんやりと浮かぶ影たちに柳はそう言い、公園の外の道路に目を向けた。 通行人は1人もおらず、世界は薄ら寒い静けさに満ちている。 跡部が手配したという車の姿はまだ見えない。

     これから、かつて王者立海のレギュラーだった自分たちは、政府に牙を剥く反逆者になる。

     前から違和感はあった。 ある先輩は英語を学んで通訳の仕事をしたいと言っていたのに、政府から推奨された広告代理店に就職した。 ある同級生は農業高校に進学したがっていたのに、推奨された通り立海大付属高校に上がるという。 政府に言われたからと言いながら、かといって全然嬉しそうじゃない様子で従う人々に、なんともいえない気色の悪さを覚えていた。

     とはいえそれが我が身に降りかかるまでは自分たちもはっきり反抗しなかったのだから、それについて批判する資格はないだろう。

     幸村と真田はプロを目指してテニス第一の人生を、それ以外の5人はテニスよりもこういう将来を見据えてこんな勉強を……などとこと細やかに『推奨』する通達を目にした時、何かが音を立ててぶち切れるのを感じた。

     今後テニスを続けるもどこかで辞めるもプロを目指すも何もかも、自分で迷った末に決めるものだ。 それを顔も知らない誰かにどうこう言われるだけでも業腹だし、かなり意地の悪い解釈にはなるが『テニスにおいて、幸村と真田以外には金と時間と手間をかけてやる程の価値はない』と言われたようにもとれる。 自分たちがテニスに捧げた時間が――いつの間にか胸の内でかなり大きなものになっていたそれがぐしゃぐしゃに踏みつけられたような気持ちになった。

     教員や申し訳程度に用意された公的な窓口に説明を求めたりもしたが、返答はどこでも冷たいものだった。 社会からの求めに応えられなかった、または応えなかった人間には何も与えるつもりはないということは理解した。

    「おいお前ら、この腐った社会を叩き潰すぞ」

     あの夏全国大会で鎬を削った強豪校の3年生たちを一堂に集め、そう言い放ったのは跡部だった。

     目を見開く者もいたが、反対の声は上がらなかった。 全員が全員、こちらを大いにバカにした進路を『推奨』され内心激怒していたのだ。

     皆で一斉に行方不明になり、跡部が用意した潜伏先で情報収集と並行して反政府運動に必要な知識や技術を習得、遅くとも数年後には活動を開始する。 その第一歩が今日だ。

    「どこ行くんすかアンタら」

     あまりにも耳に馴染んだよく知っている声がした。

     見ていた道路と真逆の方向、暗く小さな出入口の方からここにいるはずのない姿が歩いてくる。 全財産を詰め込んできたと思しき荷物を携え歩いてくる赤也の顔はいつになく厳しかった。

    「俺を置いて、誰にも言わないでどこに行くんだよ」

    「赤也。 帰れ」

     幸村の声も有無を言わせぬ冷たさを湛えていた。

     赤也がどこからか聞きつけてついて来ようとするのは想定の範囲内だった。 だが、これから自分たちがすることは犯罪である。 決して弱いものいじめや殺人はしないと決めているが、法律を色々破るのは間違いない。 親兄弟を罪人の家族という格好の的にするだけでもひどい話なのに、バカで生意気な可愛い後輩を巻き込むわけにはいかなかった。

     だから赤也が『レジスタンスごっこ』をイメージして追いかけてきたのなら、半殺しにしてでも止めなければならないというのが全員の一致した意見だった。

     自分たちの都合で赤也まで犯罪者になるのは駄目だ。 先輩離れにはきっといい機会だろう。

    「このような時間帯に一人で外出とは何事だ」

    「そっちこそ。 補導されたいんスか?」

    「お前は連れて行かん。 今回は駄目じゃ」

    「帰らないって言ったら?」

    「帰らせる。 力づくでもな」

    「あんたたちが何をするつもりか、全部分かってる。 それでも置いていく気?」

    「分かってるならなんで置いていくかも分かるだろぃ」

    「遊びじゃないんです。 早くお帰りなさい」

    「……何が何でも仲間はずれにする気かよ」

    「お前には関係のないことだ。 巻き込むつもりはない」

    「関係ない? ……アンタらバカか? そんなにバカなのに社会を変えるつもりなんて笑っちまいますよ」


     幸村たちがこの社会と殴り合うつもりなのは分かっていた。 誰か知らない上の大人が彼らのことを金と名誉を生産する道具としか見ていないことは、赤也もすぐに理解したし許せないことだった。 彼らがテニスに打ち込んだ日々は、赤也がその背中を追って食らいつき続けた日々でもあるのだ。

     計画や家出決行の日時は日吉が教えてくれた。 どうせお前も大人しくしてないだろと耳打ちしてくれた時間や場所を何度も頭の中で復唱しながら、家を抜け出す算段をつけた。

     だが。 打ち損ねたボールがぽとりと地面に落ちる。

     計画開始の前々日まで、実は赤也は迷っていた。

     7人と一緒に、身勝手な大人をギャフンと言わせたい。 でも、自分は他でもないその7人から来年のテニス部を任された身でもあるのだ。 再び常勝立海の名を轟かすために2年生でレギュラーを経験した自分の力はきっと重要なはず。 それを放り出していいのか。

    「どうした赤也。 随分不甲斐ないな」

     新部長の玉川がそこにいた。 気が付けば周りには彼と自分以外誰もいない。

    「他の部員ならとっくに別メニューやるために移動したぞ。 ぼんやりしすぎじゃないか?」

    「……悪ぃ」

    「そんなに先輩たちのことが気になるか?」

    「なんでそれを……!!」

     顔色を変えて詰め寄った赤也に、玉川は冷静に答えた。

    「幸村先輩から聞かされたんだよ。 自分の未来を自分で決めて足掻けない社会は間違っている、そんな社会を変えるためにお尋ね者になってでも戦うって。 立海大附属中学校男子テニス部を、赤也のことをよろしく頼むとも言ってた。 本人に言ったら一緒に行くって聞かないだろうからお前から伝えてくれって」

    「……そうか」

     そう呟くと、玉川は意外そうな顔をした。

    「やけにしおらしいな、てっきり怒ると思ったのに。 追いかけないのか?」

    「いや……」

     ラケットのグリップを思わずギュッと握りしめる。 それを見た玉川の眉間に僅かに皺が寄った。

    「もしかして、部活のこと気にしてるのか?」

     沈黙で返事をすると、我らが部長はため息をついた。

    「図星なんだな」

    「だって、俺が抜けたら戦力ダウンだろ。 来年こそ青学も何もかも潰して全国優勝いただくって言ったのに――」

    「……自分がいなきゃ立海は優勝出来ないから悩んでるのか。 随分傲慢だな」

     突然玉川の声音がひやりとしたものになった。

     二の句が継げぬ赤也を睨みながら、玉川は言葉を続ける。

    「新3年生は俺とお前だけじゃない。 浦山をはじめとする新2年も何人か、戦力として見られるようになってきた。 うぬぼれてる奴の席なんかない、みんな去年の立海の化け物みたいな強さを見せつけられながら、それを超えてやるって意気込んでいるからな」

     気づけば玉川の手も、ラケットのグリップを握り締めて震えていた。

    「なあ、そんなに俺頼りないか? あの人たちがいなくなった立海は弱く見えるのか?」

    「それは……」

    「もし、お前がうちの部を気にして本当にやりたいことを諦めようとしているなら」

     刃物のように鋭い視線が突き刺さる。

    「そんなものは余計なお世話だ。 お前1人いない程度で王者立海は揺らがない」

     そう言って、玉川は笑った。 幸村たちが試合前に見せた表情に、よく似ていると赤也は思った。 自信と余裕に満ち溢れた、それでいて不遜にならないだけの力を垣間見せる笑顔。 王者の笑みだった。

    「たとえ越前リョーマが相手でも問題はない、負けはしない。 去年の立海が出来なかったことを俺たちはやる。 見てろよ、先輩たちと一緒に」

     赤也は噴き出した。 ようやく笑うことが出来た。

    「お前、結構生意気だな!!」

    「お前には言われたくないな。 練習が終わったら、ちょっと残ってほしい。 預けるものがある」

    「……で、伝言とそれを預かりました」

     自分たちの力だけで王者でいられたと思うな。

     その言葉とともに手渡された寄せ書き。 玉川は信頼出来ると判断した少数の人間に事情を打ち明け、一筆もらっていたらしい。 部活の後輩、OB、そしてそれぞれの家族。 それは幸村たちは間違っていないと信じる人間がいることを証明するものだった。

    「少なくともこんだけの人があんたたちのテニスを応援してたんスよ。 あんたらの3年間がバカにされたってことは、この人たちも俺も否定されたってこと。 関係大ありなんだよ」

     どうだと言わんばかりに見つめてくる赤也。

     年相応の可愛げのある中学生なら、ここで涙ぐむくらいはしたのかもしれない。 だが柳は自分の口角が上がるのを感じていた。 多分玉川が赤也に見せた笑みに似た表情を浮かべている。

    「お前も玉川も行動が軽率すぎるな。 どこから情報が漏れるか分からない中で、大声でそんな話をするとは」

    「まったくだ。 お前には『prince』の一員としての自覚を持ってもらわないといけない」

     幸村の言葉に赤也は一瞬驚き、次の瞬間意味を理解してパッと顔を輝かせた。

    「舞い上がるな。 これから先は危険な戦いになる、生半可な気持ちで身を投じるとすべてを失うぞ」

     真田がそう言った時、光が見えた。

     10人乗りと思しきワゴンカーが公園の前に停まり、ヘッドライトを2回点滅させる。 事前に決めた合図だ、迎えの車で間違いない。 ……当初の計画なら8人乗りの車でいいはずなのに10人乗りを寄越してきたあたり、跡部はこうなることを見越していたようだ。

    「ほら、見つからないうちに早く乗りましょうよ!!」

     赤也が手荷物を振り回さんという勢いで駆けだす。 まだまだ先輩離れは出来そうにないようだった。 それはきっと自分たちにも言えるだろう――そう思いながら柳もそれを追いかける。 強く賢く無謀なくらいでいようと思っていたのに。

     夜明けが近い。
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