蓋を開ける。「彗くんさぁ、つまんないよね」
大体の場合、仲良くなった女性はそう告げて去っていく。彼女たちが何を求めているのかは分かりやすくて、端的にいうと刺激だ。燃え上がるような恋だとか、ヒリつくような感情だとか、スリル。要するに日ごろ得られない特別なことが、非日常が欲しいわけである。
「ごめん」
千虎彗は、その外見はあまりにも非日常的だった。分かりやすく整った貌も、周りより頭一つほど高い体躯も、期待させるに十二分の働きをして、それから。
「…………別れ話されてるって分かってもそれなんだ?」
一言の謝罪に対し明らかに落胆の色を増した声に、特段返す言葉もない。彗はさほど金銭的な余裕があるわけでもなく、人を楽しませることができる能力があるわけでもない。そもそも、穏やかさを好む彼と刺激を求める彼女とでは相性などというもの以前の段階だったということでもあるのだろう。
「最悪」
そして、そもそも美人は3日で飽きるのだという。
振りかぶられた手のひらが頬に当たる。避けなかった。避けたらもっと面倒になるのが分かっているからだ。引き止めたら、縋ったら何か変わることがあるのかと考えたが、目の前の彼女は明らかに決意を固めていた。
遠ざかるハイヒールの音。ひりついた頬を外気が覚ます。ほんの少し俯いて、そのあと上を向いた。
「……あ、怒られるか……?」
明日の仕事のことを少し考えて、すぐに諦めた。多分そこまで腫れることもないだろうし、跡が残っていても声をかけられるほどのものでもないだろうと思ったからだ。それに上司でもある彼の人は、他人のプライベートに入ることをきっと躊躇うだろう。
そこまで考えて、立派に凹んでいる自分を自覚する。彗は瞼を下ろし、クッションに背中を押し当てた。
少なくとも彼にとっては、彼女と過ごす何気ない時間を好ましいと感じていたのは、どうやったって本当のことだったから。