「うわっ」
油断した、とスタルークはブロディアの門扉を閉めた。開けてすぐ閉めた様に門番が怪訝な顔をする。
(ソラネルにいるうちは暖かかったからすっかり忘れていた)
5月のブロディアは気候が安定しない。例年は春物のコートを下ろし、ときどき雷と雨、ときどき長袖1枚でひんやりと快適な日という印象だ。しかしここ数日まとまった休みをもらったスタルークは、気候が調整されたソラネルで部屋に積んでいた本をゆっくりと読む休暇を過ごしたのもあって忘れていた。
そして久しぶりの連休明け。ブロディアに戻りさあ、というところで出鼻を挫くようごうっと強風が吹き込んできた。
(しかも例年以上に寒い気がする!)
春の風に加え、しばらく暖かかったとはいえ昨晩は雨が降っていたから空気はひんやりと寒い。しかしスタルークはいつもの格好と軽装で扉の前に来てしまった。
(部屋に戻ってコートでも取りに戻るか?でも微妙に遠いし……)
考えていると後ろから人影が現れた。
「…どうした?スタルーク?」
後ろから来たのはディアマンド、手には別棟に持っていくのだろう荷物があった。門の前でうんうん唸る様はさぞ不審だろう。
「い、いえ!なんでもないで……うわっ」
外から戻る人が扉を開けたのかこちら側に冷気が入り込んでくる。スタルークの長い横髪がふわっと浮いた。
「……成程。少し持っていてくれ。それからこっちへ。」
「?はい」
とスタルークは荷物を貰い、指示に従って物陰に二人で向かうと、ディアマンドはおもむろに上着を脱ぎ始めた。
「あ、兄上いかがなさったんですか」
人前で着替えなど、と思っていたらスタルークの肩にかけられた。
「今日はおおめに見てくれ。いや、わたしは逆に中へ着込みすぎだんだ。」
今度はスタルークの荷物ごとディアマンドは抱え、手が空いた間肩に掛けられた兄の上着に袖を通した。
「すまない。袖が余っているな。」
「いいえ、このままで。暖かいですし。」
それに兄上に包まれているようで、と心の中で続ける。
「さあ行こうか。」
「はい!……ってあああ!」
強風で煽られてスタルークの髪が全て後ろにもっていかれたと同時に、運ぼうとした紙が飛んでいく。後からその様を見たシトリニカは「ソラネルで脱走した犬を追いかける様と似ていた」と話していた。