アキレスの家に、遊びにいこう!最京大WIZARDSの2年生、安芸礼介。元帝黒アレキサンダースの一軍メンバーで、日本代表としての出場経験もあり。背番号は高校の頃から変わらず76、ポジションはDL。優秀なステータスとは裏腹に、短気だし情に絆されやすいし、とポンコツなところもある男は、司令塔のヒル魔から「一回アメフトに必要なトコ以外全部、髪の毛みてーに捨ててこい」と言われるほどだった。
高知出身という彼は、親の借金で子供の頃は貧乏暮らしだった。
帝黒にスカウトされてから、一軍にい続けたモチベーションの一つとして部費がタダになるというのがあった。
これらは全て、彼の主張による話だ。
「なーんか怪しいんだよなあ」
同じく2年生の細川一休は、腕組みをしながら、練習場を後にするアキレスを睨んでいた。
「おう、どうした一休」
彼らより一つ上、三年生の山伏権太夫が問いかける。
「山伏先輩、安芸のやつおかしくないスか?」
「おかしい?何が?」
「アキレス氏がどうかしたかな?」
1年生の大和猛だった。
「いや、アイツの家ビンボーだったんだろ?」
「さあ…?彼の家の経済状況までは知らないな。高校時代は寮だったし…」
「そう!寮だよ、寮!」
帝黒学園や神龍寺学院と同じように最京大にももちろん寮はあった。しかし強制ではなく、何人か自宅から通う人間もおり、アキレスもその一人だったのだ。
「寮なら家賃はここらへんの相場より遥かに安いじゃないスか!俺も一人暮らししようって調べて断念したことあるんで、わかります!」
「それにうちの学生が多く住んでるエリアって練習場から遠くて不便だったような…」
「そう!そうなんだよ!」
「何を興奮してるんだ」
キャプテンの三年生、番場衛が彼らを見咎めた。
「細川氏がアキレス氏の話をしていてね」
「安芸?」
「あとアイツの服、めちゃめちゃ高いんすよ、知ってます?阿含さんがお下がりってくれた服の値段見て目ん玉飛び出たんですけど、それと同じブランドで全身固めてるし、何より時計…あれもめちゃめちゃ高くて…」
「ははは、細川氏はブランドに詳しいね」
「とにかく、アキレスのビンボーエピソードと今の状態が全く噛み合わないんスよ。これは怪しくないスか?」
「他人の経済状況などどうでもいいだろ」
「俺も…一休には悪いがあんまり興味はないぞぅ…」
「悪いけど同意かな」
「いやいやいや、これはうちのチームにとってもめちゃめちゃ大事なことですよ!」
「何がどうウチと関わってくるんだ?」
「いいですか、安芸が仮にもともとビンボーなヤツで、それが急に金を持ち始めた…まず考えられるのは何です?」
「アルバイトか?」
「正解!」
一休は番場をビシッと指差した。
「でも普通のアルバイトにしてはちょっと高すぎるんですね。思いつく限り一番高時給の家庭教師でも服一枚買えるかどうか。その次に思いつくのは?」
「借金とか…」
「山伏先輩、正解です!」
「借金ならアレくらいバカスカ買えなくも…」
「消費者金融が学生相手にそんなに貸してくれるか?」
「そこなんですよ。だから考えられる最後の可能性は…犯罪か犯罪まがいなこと」
「なるほど。アキレス氏が逮捕されたらウチもいろいろ大変だって言いたいのかな?」
「そう!」
一休は興奮しつつ
「だからアキレスの金の出どころを探って、犯罪なら止めてやらないとって思ったんスよ!」
「大きなお世話だと思うがな」
「そうだぞ、一休。阿含だってあのオシャレな服はほとんど恋人に買ってもらってるらしいぞ?」
「阿含さんの女はどれも恋人じゃないっすよ」
「ほ、ほんとか!?」
「それに、安芸に限ってそんなことする女の子がいるわけないじゃないすか!見ました?姉崎さんに話しかける時の感じ」
それについては一休も同じなのだが、3人ともそこは黙っておくことにした。
「ともかく、俺は安芸を徹底的にマークして、ヤツの秘密を突き止めます。皆さん、同じポジションの二人と同じ学校出身の大和!完璧な人員で、暴いてやりましょうね!」
「なんやねん、お前」
大教室。授業前の騒がしさの中、アキレスは訝しげに一休を見ていた。
「お前この授業とってないやろ」
「お構いなく」
「訳わからんやっちゃな…誰か探しとんのか?」
お前だよお前、と言いたい気持ちを堪えて
「別にぃ?チームメイトがどんな授業受けてんのかなーって思ってさ」
「なんやねん、キッショ」
『はーい、始めますよ!先週の続きで…レジュメの15ページからやってきます』
「あっ」
逃げ時を失った一休があたふたしていると、
「ほら、授業受けてるフリくらいはせぇよ」
とアキレスがルーズリーフを一枚寄越した。
「ありが…」
とう、と言いかけて、彼が動かした空気に乗って、香水の匂いに気づく。甘いのに、消える間際に爽やかな余韻を残す香りは、およそ一休と同じアメフト部員が振りまいてはならないものだった。
「おーい、どうしたん?」
アキレスは急に硬直した一休に困惑しつつも、彼の前にルーズリーフを置いてやったのだった。
「アイツ女がいる!!」
バンバン机を叩きながら悔しそうに喚く一休。
「糞ホクロ、揺らすんじゃねぇ」
「ヒル魔ァ〜…お前そういうの得意だろ?なんか知らない?」
「知らねーなぁ。俺は利用する価値もねー情報は探らねー主義だ」
「嘘つけ、教務課脅して全員の出欠と成績のデータ持ってるって聞いたぞ」
「あんなハゲカス2号なんかどうだってイイだろ」
机にわざと乱暴に脚を乗せて、阿含が言い放つ。
「あとなあ、服に家に香水に…ってねだったもんみんな買うのはアホのすることだからな。女だとしたら相当のアホだ」
そのアホ達で全身のコーデが完成してる男は、缶コーヒーを飲み干して、ヒル魔の背後にあるくずかごに投げ入れた。
「やっぱり安芸の家に行くしかないッスね」
「誰も言ってねえことを…」
「住所は?ヒル魔もそれくらいは知ってんだろ」
「企業秘密」
「味方相手に企業秘密とか…さては安芸からなんか口止めされてる?」
「いいや、糞ピアスとの間に取り決めはねえな」
ヒル魔が協力してくれるのが最短ルートではあったが、仕方がない。一休は固く心に誓った。必ず安芸の秘密を暴いてやるんだ、と。
「なあ、今度お前んちでさ、一緒に課題やらないか?」
「はぁ?」
着替え中のアキレスを捕まえて、そんな提案をしてみた。いたって普通に、なんにも隠していませんよ、という笑顔混じりの態度で切り出してみたのだが
「どうしたん、変やで最近」
と怪しがられてしまった。
「アキレス氏がどこに住んでるか気になるらしいよ」
「はぁ?俺?」
「そういやアンタ寮じゃないよな」
1年生の十文字一輝が入ってきた。一休にとっては敵と味方が同時に現れた気分だ。
「まあな」
ここぞとばかりに一休は語気を強めた。
「一度くらい家に呼んでくれたっていいじゃんか。それとも何?家に呼べない事情でもあるのかよ」
ボトッとアキレスは持っていたペットボトルを落としてしまう。相変わらずわかりやすいヤツだ。
「別にィ〜…呼べへん訳やないけど…」
「どうしたんだよ」
「大したことやない。ただちょっとそのぉ…今日すぐには無理や」
「いいよ、安芸が良い時で」
その後彼が「来てもええ」と言ったのは、それから1週間後のことだった。
「来てもええけど、全員は無理やで」
「わかってるって」
「一休はええ。山伏と番場もええよ。十文字は…ええわ。あとは…」
アキレスはメンバーを見回して
「阿含はダメ」
と言い放つ。行く気もないくせに、ダメと言われて腹が立ったのか、阿含は
「あ゙?」
と立ち上がる。
「いや、別に俺がお前ダメってワケやなくてやな」
アキレスは気圧される風でもなく、純粋に面倒さそうに言い返す。
「いろいろフクザツなんや。せやから、お前にもヒル魔にも恨みはないが、家には呼べん」
ヒル魔はPCから目も上げず、返事もしなかった。
「あと…大和クンと鷹クンもあかんのや」
「別に良いけど」
「強要する気はないが、意外だな。何か共通点はあるのかい?」
「ない」
若干食い気味にアキレスは答えた。
興味津々の一休と、それに付き合わされる十文字、さらにお目付け役として番場。その3人がアキレスと共に、彼の家に行くことになった。
「何線?どんくらいかかる?」
「乗らん」
アキレスはそう応えたきり黙々と歩いている。彼が進む方は、いわゆる高級住宅街で、賃貸の家賃だけでも住む世界が違うと思わせるようなところだった。
「お前…」
「お前らな」
アキレスは一休を遮って
「今日これから見聞きすることは全部他言無用や。特に阿含な。アイツに知られたないねん」
「おい、アキレス先輩。なんか悪いことしてるんじゃ…」
「ちゃうて!どこに住んでるか、誰と住んでるか…あんまイジられたないだけや」
「誰と…」
一休がショックを受けて座り込む。
「落ち着け、一休…」
「女だ…女…」
ブツブツ呟くことしか出来なくなった一休を番場が抱えて、一行は再び歩き出した。彼らがたどり着いたのは一際高いマンションだった。ポケットから鍵束を取り出す間、一休はマジマジと外観を見上げ
「鬼ヤベぇ…相当すごい女引っ掛けたんだな」
「引っ掛けたっちゅーか引っ掛ったっちゅーか…」
言いつつ、アキレスはオートロックの扉を開けた。ホテルのようなカーペット敷の廊下、その付き当たりの一室。アキレスはそのドアを開け…るより速く、内側から開かれた。
「いらっしゃい」
白いメッシュの入った艷やかな髪を撫でつけた、日本人離れした男。高級なスーツに身を包むと、とても大学生とは思えなかった。
「お前…白秋のマルコ!」
「その呼び方で呼んでくれて嬉しいね。上がって上がって」
マルコはニコニコと奥に消えていった。
「なんでアンタ、アイツと一緒に住んでんだ」
「いろいろあったんや。聞かんでくれ」
弱々しいアキレスの声に、十文字は大人しく口をつぐんだ。
(でも黒木と戸叶には言おう)
と思ってはいたが。
「コーラ飲む?」
瓶のコーラとグラスを人数分置いて、マルコは何処かへと消えていった。オシャレな家具が並ぶ部屋の中、一休は思わず居住まいを正す。
「すごいデカいな…外から見ても思ったけど…窓の外すっご…」
「ここに二人で住んでるのか?」
「二人でって言うのやめてや。ここはアイツが親から貰った家で、仕事するとき時々来る以外は無人になってまうからって管理する代わりに住んどるだけや。家賃ないけど掃除はこまめにせなアカン」
せやからコーラを零すなよと念の為に釘を差した。
「じゃあその服も…」
「借りもんや、借りもん。家具家電、衣服付き…みたいな感じやな」
「あーーーー…てっきり今話題のママ活中なのかと思った」
「アホぬかせ!」
「そうだよな、好き好んでハゲなんか相手するやついないよな!」
「おい、シバくぞ!!」
「一休…流れ弾がこっちに来る、やめろ」
トイレを借りた一休がリビングに戻る途中、ドアが半開きになった部屋が一つあるのに気づく。好奇心に負けて中を覗くと、ベッドが一つ鎮座した部屋だった。
「ら、ラブホみたいな寝室だな…」
行ったことはないが、写真で見た光景に似ている。ここが寝室なのだろうか。
「ついでにベッドの下に鬼変なもん隠してないか見ようっと」
一休は寝室にするりと忍び込んだ。大きなベッド下を、廊下からの明かりを頼りに覗き込むと、菓子折りの箱が置いてあるのに気づく。
「うわ、バレバレなんだよ」
ベッドに身を押し付け、指先で箱を手繰り寄せる。黄色い和紙のような見た目の箱は、思いの外重量があった。
「DVDとかかな」
と蓋を開けて、一休は己の好奇心を恨んだ。
箱の中には黒い布やファーで縁取られた手錠、男性器を模したシリコン製のおもちゃに大量のコンドーム。とんでもないものを見てしまったと蓋を締めてベッドに押し込んだとき、
「何してんの」
耳元で囁かれ、一休は飛び跳ねた。そこにはマルコが彼を見下ろしていたのだが、逆光のため顔が見えず、中々に不気味だった。
「あっあっいや…その…俺もこんくらい鬼デカいベッドほしいなって」
「そう?輸入してんの、ウチの親の知り合いだから、興味あったら今度連絡してほしいっちゅう話」
「あっ、俺そろそろ戻るわ!ありがとな!」
マルコの脇をすり抜けて、一休はリビングへと戻っていった。
「一休」
翌日のこと。一休はアキレスに呼び止められた。
「なんだよ」
「これ、忘れ物」
彼が手渡して来たのは一休の学生証だった。
「トイレに落ちとったらしいで。気ぃ付けや」
アキレスはヘラヘラと笑って立ち去る。一休は凍りついた表情のまま、尻のポケットに手を伸ばした。財布はそこにある。学生証は本来そこに入れていたはずだったのに。戻そうと財布を開けると、学生証があった位置に紙が挟まっていた。『嗅ぎ回るときは慎重にね』と一言書かれた紙に背筋を冷たいものが伝った。
そこでふとアキレスが入学式に着ていたスーツのことを思い出す。それは彼にピッタリと似合っていた。それこそオーダーメイドかのように。本当に、全部が全部、借り物だったのだろうか?
「か、考えないようにしよ…」
一休は紙を小さく小さく折り畳んで、ゴミ箱に放り込んだ。
(ここは蛇足だから載せないかも)
『昨日はありがとうね』
「…糞まつ毛か」
『ヒル魔があの怖い人を足止めしてくれてたおかげで、俺の平穏な生活が保たれたっちゅう話。その御礼ついでに、ちょっとだけ何やったか聞きたいなって』
ケケケ、とヒル魔は笑って
「あの糞ドレッドをには正攻法は通用しねぇからな。魚釣るにもそれぞれ餌が違ェってな」
『セナ様だ』
「察しが良いと話がはえーな。糞チビに足止めさせた。30分だけでいい、電話でもなんでもして気を逸らせってな」
『それで足止め出来ちゃうセナ様の手腕だよねぇ。俺も今度お願いしてみようかな』
「おい、糞まつ毛」
『何?』
「あの糞ピアスは…」
『そこ聞く?』
「たりめーだ。タダじゃねーって言ったろ」
『別に…単なる友達だよ。少なくともアキちゃん…アキレスはそう思ってる。彼に恋人が出来たら、ここも出てくってさ』
「出来たら?…ヤベェ女の気配プンプンさせてか?」
『そこに気づかないのが可愛いんだよね』
「いい性格してんなァ」
『まあ、逃がすつもりはないっちゅう話だよ』
じゃあね、とマルコは電話を切った。セナといいアキレスといい、ヤバいヤツに好かれた人間の末路について、興味と哀れみ、半々の感情を抱いていた。