ルシ子ちゃんと手袋の話ー
「ルシ子ちゃん、暑いのに手袋取らないんデスか?」
アタシの庭に遊びに来ていたサニーが、アタシの顔を覗き込んでそう言った。
ぼうっとして、そこら辺を漂っていた意識が名前を呼ばれたことにより急に引き戻され、アタシがここに生成されたような、求められたから集まって戻ってきたような、そんな感じがした。
アタシは返事をする代わりににんまりと笑って椅子から立ち上がった。
そうして不思議そうにこちらを見つめるサニーの頬を自分の両手で挟んだ。
「る、るしこちゃ…」
なにするんデスか〜と頬をむにむにされながらサニーは声を上げる。
アタシはそんなサニーを見てひとしきり笑った後に、手袋はどんなに暑くても取ってあげないよと意地が悪い笑みを浮かべて言った。
サニーの頬から手を離して、また椅子に座り直す。
たしかに今日はなんだかじんわりとした暑さが身体を蝕むような、そんな感じのする気温ではある。
アタシは机に付いているパラソルを開いて、肘をついて座っていた。
誰もいないアタシの庭はひどくつまらないもので、飲み終わった紅茶を横に置いてぼうっとしていることも多いのだ。
「別に取りたくないんなら取らなくってもいいんデスけど……」
そう言うサニーはアタシが最初に出会ったときにあげた服…オレンジ色のセーラー服を着ている。
色は青色の方が涼しげなんじゃない?と思ったが口には出さなかった。
サニーこそ、パラソルの影になっているところに座っているアタシと違い、日向に居るから暑いのではなかろうか。
それとも彼女は名前の通り、日差しが受けられる場所にいる方がいいのだろうか。
「ねえ、ルシ子ちゃん、おしゃれバトルするデス!」
アタシはその言葉を待っていたのだと思う。
無意識に自分の口角が上がっていくのがわかった。
待ちきれなかったかのように、椅子を弾き飛ばすほどの勢いで立ち上がる。
「負けないよ?」
アタシは差し出されたサニーの手を取り、パラソルの下を出る。
どんなに暑くても、彼女たちの前では手袋を取らないだろう。
アタシは爪が伸びるのが早い。
それは魔王になったからなのかもしれない。
もし万が一にでも間違えて、彼女たちを伸びた鋭い爪で引っ掻いてしまったら。
傷口を抑えながら、恐怖の眼差しをこちらに向けるのだろうか。
彼女たちなら、許してくれそうな気もするし、それからも友達でいてくれると思う。
でもアタシが許せないのだ。
自分が意図せずに友達に怪我を負わせてしまうことが。
おしゃれバトルをしている時は良い。
バトルという枠組みの中、ホンキで相手とぶつかり合うのは好きだ。
でも間違って彼女たちを傷つけてしまうのは嫌なのだ。
サニーと向き合う形でいつもの位置に立つ。
もう幾度となく繰り返して、何度も見てきた景色ではあるが、いつでも楽しかった。
そうしていまも、胸がざわめく。
興奮と嬉しさや楽しさで胸がはち切れそうになり、相手に全力を、その気持ちをぶつけるのだ。
バトルが終われば、一緒にお菓子でも食べながらくだらない話をしよう。
そうして明日も、明後日も、ずっとアタシは彼女たちとこの楽園で暮らしていくのだ。
『let's play in my forest, forever…』
アタシは口ずさみながら、意味を噛み締める。
どこかのだれかが、いつかアタシのために書いてくれた詩だ。
彼女たちがいる限り、アタシはこの歌を歌い続けるだろう。
きっと忘れることはない。
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私の箱庭で、私と永遠に遊びましょう