揺れる 繋がる生身の体に巨大な負担がかかる。
頭を揺さぶられ、意識が遠のく。二度目の、時空を超える感覚。
前はカプセルの中にいたから、今より苦しくなかったな、とか。みんな別の場所に飛ばされてしまうのかな、とか。
なんて今考えるには呑気すぎることを考えながら、オレは意識を、失った。
波の音が聞こえる。
ざざんと寄せては返す音。潮風に乗って聞こえてくる海鳥の声。
ゆっくりと瞼を開く。視界に入ったのはパラソルだった。
すこし痛む体をなんとか起こすと、寝かされていたのがベンチだったことに気づく。
すぐそばの鉄柵の向こうに海が見える。
吹いて来る風が、潮の香りを運ぶ。光の反射する海面が眩しい。
「起きたのか。体は大丈夫か?」
海の逆側、レンガタイルの広場から声をかけられた。
エプロンを着たその青年は、向こうに見えるキッチンカーの店員だろうか。
「あ、うん。なんとか……」
「あの生け垣に埋まってたんだ。勝手だが、運ばせてもらった。」
そう言って指差された先にある生け垣には、妙な跡がついている。
体がすこし痛むのも、あの中に埋まってたせいだろうか。
「ありがとう。」
「当然のことをしたまでだ。……それより、なんで生け垣の中に埋まっていたんだ?」
少し口下手な印象を受けるが、悪い人ではないのだろう。現にオレを介抱してくれたらしいし。
「えっ、あー………迷子?」
「迷子であんなところに埋まるのか……」
呆れたように言われてしまった。確かにそうだよなぁ。
でも知らない場所に飛ばされてしまった以上、不審な行動をするわけにもいかないし、情報収集もしなければならない。
俺たちが黙って、波の音が主張しはじめたと思うと。
ぐう、とオレの腹が鳴った。
どれくらい気を失っていたのかはわからないが、このタイミングで鳴らすなんて、オレの腹の虫は空気が読める奴らしい。
顔を見合わせた俺たちはふっ、と笑った。
「少し待っていてくれ。ホットドッグを用意しよう。」
「あっ、でもオレお金無いんだけど……!」
「いいんだ。迷子の子供から金を取るほど落ちぶれちゃいない。」
彼はそれだけ言うと店に戻ってしまった。
迷子の子供、か。
はぁ、と一つため息をつく。
ここは何処なのだろう。MAIAMI市ではなさそうだし、仲間がどこに飛ばされたのかもわからない。
また拠点の確保から始めなければ。
前は精神体になった兄達三人が自分の中にいて、賑やかで楽しかったけど、今は兄も、共に行動していた仲間もいない。正真正銘一人ぼっちだ。
ズボンのポケットを漁るが、デュエルディスクとデッキくらいしか出てこなかった。
何か欠けたカードが無いか、一枚一枚確かめる。
うん、EMも託されたカードも全部残ってる。
大丈夫。まだ最悪の状況じゃない。
「ほら、ホットドッグだ。」
作ってきたであろうホットドッグとペットボトルの水を持った彼が戻ってきた。
持っていたカードを収め、それを受け取る。
「ありがとう。わ、おいしそう……!」
香ばしいパンの匂いが食欲を刺激する。
ぱくりと一口食べると、熱々のソーセージの肉汁とケチャップソースが混ざり合って絶妙な味を生み出している。
空腹だったことも相まって、無我夢中で食べ進めていく。
半分ほど食べたところで水を飲む。
「美味いか?」
こくりと首を縦に振る。
すると彼の表情は嬉しそうに緩み、「よかった」と言った。
青年はオレのことが心配なのか、隣に座って、オレが食べる姿を見ている。
それとなく、店に戻らなくて良いのかと聞いたが、ここは客が少ないのと、店長が店番しているから大丈夫だと言われた。
ホットドッグを殆ど食べ終わって、包装紙を丸めた頃。喋るタイミングを見計らっていたのか声をかけられる。
「……君、名前は?」
「オレは遊矢。榊、遊矢。お兄さんは?」
「藤木遊作だ。……それで、遊矢。君はどうしてあんなところにいたんだ?親御さんの連絡先はわかるか?」
「あー、それが……」
どうしよう。正直に話すべきか。話してもいいものだろうか……。……でも、信じてもらえないかもしれない。
「親……んー……連絡先は、無いなあ。家も……たぶんこのあたりには無い。っていうかこの場所が何処なのかすらもわからないし。」
「そうか……記憶は、あるんだよな?」
少し気丈に振る舞ってみるが、遊作の心配そうな顔は変わらない。
「記憶はある。友達の名前も、住んでた場所も、昨日の晩ごはんもちゃんと覚えてる。」
「なら、帰る場所は?」
「………時空の向こう。」
目を逸してオレは答える。
急にこんな事を言ったって、意味がわからないだろう。
でも、飛ばされる前に確かにそう聞いたのだから、間違いないはずだ。
「……冗談か?だとしたらタチが悪いぞ。」
案の定というか、彼は困ったように眉を寄せてそう返してきた。
「本当なんだ。……信じられないだろうけど。」
自分でも妙な発言をしているのはわかっている。でも今は少しでも協力者を増やしたい。
「……何か、証拠になるものとかはあるのか?」
証拠。もし、この街が違う世界なら。
「えっと……これ、証拠になるかな。」
ポケットからデッキとデュエルディスクを取り出す。
「これが君の使うカードとディスクか?見たことのない型番だな……」
カードホルダーがあるから旧型か?と独り言を呟いている。旧型ってなんだろう。こっちの世界ではデュエルディスクに新型とかあるのかな。
「ペンデュラムデッキか。」
「そ。【EM】だよ、オレのお気に入りのデッキ。」
「……エクストラデッキは、ドラゴン族か?エクシーズペンデュラムにシンクロペンデュラム、融合ペンデュラムまで………こっちは見たことのないカードばかりだ。」
彼は興味深げにカードを眺めている。
そして一通り見終わった後、デッキを綺麗に整えてこちらに向き直った。
「わかった、君を信じよう。」
真っ直ぐに見つめられる瞳には、嘘偽りはなかった。彼の様子からすると、エクストラデッキに入っていたカード、つまり3人の兄のカードが時空を超えた証拠になったのだろう。
ここでもまだ3人はオレのことを見守ってくれてるのかな、なんて思えて嬉しくなった。
「ほ、本当!?」
「だからといって、何もかも協力できる、というわけではない。俺自身、どうやって協力すればいいのか検討もつかないからな。」
「それでも!ありがとう、遊作!!」
嬉しくなった弾みで遊作の手を取る。
見知らぬ場所で一人になってしまった不安と、これからどうしようかという焦りがあった。
そんな時に手を差し伸べてくれた彼には感謝しかない。
まだ何もわからないことばかりで、仲間の元に戻る一歩すら踏み出せてないのかもしれない。
だけど彼と会えたことが、未来を導いてくれるものだと確信に近い予感を感じている。それだけで今は十分だ。