新しいドアを叩く音「ここが、ドレミコードの世界……」
辺りはまるで絵本の世界に出てくるようなカラフルで弾むような雲上の景色。
今回オレはドレミコードを組むために、このドレミコード達の構築世界にやってきた。
正直、対面での会話に不安がある身としては、ちゃんとコミュニケーションが取れるか心配だ……
辺りをきょろきょろと眺めていると、ふいに声をかけられた。
「こんにちは!君が新しくデッキを組んでくれる、附並英二くん?」
声のする方を見ると、そこには赤い服を着た活発そうな少女がいた。同じ服を着た小さな妖精を連れている少女。
きっと、いや確実に彼女は《ファドレミコード・ファンシア》だろう。
ソリッドビジョンなんて目じゃないくらいに高画質な存在に緊張してしまう。
「あ、え、ええと、そうです。よ、よろしくお願いします……」
言葉が詰まってしどろもどろになってしまった。こんなはずではないのに……
そんなオレを見てか、目の前の少女はニコッと笑いながら言った。
「そんな緊張しなくても大丈夫!シュミッタから構築テーマは聞いてるよ。ラブリーデッキなんだって?」
オレのエゴ満載のデッキテーマは既に彼女らに知られているらしい。恥ずかしさでいっぱいになった。
ファンシアちゃんはオレの緊張を解すためか肩をぱしぱしと叩いてくる。妖精ちゃんも頭を叩いてきている。真似をするのが好きなのだろうか。
カワイイ女の子にそんなに近づかれると余計に緊張して何も喋れなくなってしまうのだが……
「アタシはラブリーデッキ、好きだよ。女子会みたいで楽しいし!」
ファンシアの言葉を聞いて安心した。
その笑顔からは嘘を言っているようには見えなかった。
どうやら受け入れてもらえそうだ。
「そう、なんだ……ありがとう。」
少し照れた顔を見せないように下を向いてしまった。
「よし、お話はこれくらいにして、みんなのところに会いに行こうか!みんな待ってるよ!」
そういうと、ファンシアちゃんはオレの手を握り、歩き出した。
「あ、キューティア!エリーティアも!」
少し歩いたところでファンシアちゃんが声を上げた。
手を繋いだ高揚感で周りの景色が見えていなかったが、どうやらこの辺りは庭園のようだ。
白いレンガで作られた花壇には色とりどりの花々が咲き誇っている。
そこにいたのは二人の女の子だった。
《ドドレミコード・キューティア》と《ミドレミコード・エリーティア》。二人はファンシアちゃんと同じく、ドレミコードの下級Pモンスターだ。
ファンシアちゃんが手を振って二人に呼びかけると、こちらに気付いたようで、手を振り返してくれた。
彼女らの元へ近づくと、空のじょうろを持っていたことに気づいた。この花達に水やりをしていたのだろうか。
「そのひとが新しくデッキをつくってくれるひと?」
キューティアちゃんがこちらを見ながらファンシアちゃんに問いかけている。
くりくりの目をしたキューティアちゃんはまさにカワイイの体現者だと言えるだろう。
「そうだよ。この人が今回デッキを組んでくれる、附並英二くん。彼にみんなを紹介しようと思って、案内してるんだ。」
「そうなんだ!わたしはキューティア。よろしくね!」
「えっと、私はエリーティア、です。よろしくお願いしますね。英二さん。」
カワイイキューティアちゃんに聡明そうなエリーティアちゃん、元気なファンシアちゃんと、テイストの異なる女の子達がオレを取り囲んでいる。
まさに天国のようなシチュエーションに頬が緩んでしまう。
女の子に名前を呼ばれるなんて、もう何年ぶりだろうか……
「う、うん、よろしくね。」
またどもってしまった。緊張するといつもこれだからどうしようもない。
「えへへ、なんか緊張しちゃうよね。わたしも最初はそうだったよぉ」
キューティアちゃんが笑いながら話しかけてくれる。天使か……?いや、天使族なのだから当然か……
「あー!!」
突然、遠くの方から大声が聞こえる。
声の聞こえる方を向くと、そちらには黄色い服を着た女の子……《レドレミコード・ドリーミア》がバケツを持ってゆっくりと歩いてきていた。その様子はまるで小動物のように愛らしいものだった。
「みんなずるい!僕も英二くんとお話したかったのに!」
少し遠くから拗ねるような声を上げている。重そうなバケツを両手で持っているのを見ると、先程まで水を汲んでいたことが伺える。
オレはドリーミアちゃんに近づいて、手伝えないかと思い声をかけた。
「よ、よかったらオレも手伝うよ。」
「ほんと!?ありがとう、すっごく助かるよ〜!」
二人でバケツを持つと、重さが分散されて幾分か持ちやすくなったのか、ドリーミアちゃんも楽しげに運んでいる。
「ボクはドリーミア!英二くんに会えるのをずっと楽しみにしてたんだ!」
ドリーミアちゃんはとても嬉しそうだ。どうやら彼女達はオレのことを歓迎してくれているらしい。
二人でバケツをキューティアちゃん達の元に運ぶと、ファンシアちゃんは満足げに笑っていた。
「ドリーミアってば、デレデレしちゃって。いっつもデッキ組んでくれる人の事気にしてるんだよ?」
「だ、だってデッキ組んでくれる人なんだよ?皆は気にならないの!?」
顔を赤くしてちらちらとこっちを見るドリーミアちゃん。そんな様子を見てファンシアちゃんはクスッと笑う。
「はいはいわかったわかった。お水運んでくれてありがとね、二人とも。」
「これで水やりの続きができますね……!」
キューティアちゃん達は持っていたじょうろに水を注いで、花の方に駆け寄っていく。
「これで下級ドレミコードPモンスターが揃ったね。英二くん、共通効果は覚えてる?」
「ええと、たしか[自分の「ドレミコード」PモンスターのP召喚は無効化されない。]だったような……」
「正解!上級・最上級モンスター共通の[自分の「ドレミコード」PモンスターのP召喚成功時に相手はモンスターの効果・魔法・罠カードを発動できない。]と合わせると、安全にP召喚ができるのがドレミコードの特徴なんだ。」
ファンシアちゃんは指を立てながら得意げに語る。
ドレミコードにはそれぞれ特有のモンスター効果があり、状況にあわせてP召喚をしていく臨機応変なプレイスタイルが求められるテーマだと思っている。
「アタシからの解説はこのへんにして、あとは上級と最上級のヒトたちに任せようかな?」
ファンシアちゃんはドリーミアちゃんを呼ぶと、俺の案内をするように頼んだ。
「それじゃあ、次はボクが案内するね?と言っても連れて行くだけだろうけど……」
ドリーミアちゃんは苦笑いしながら言うと、先頭に立って歩き出した。
白い石畳の道を談笑しながら進む。
すると目の前に大きな建物が見えてきた。
厳かな協会のような見た目の建物からは、ドレミコード達が奏でているであろう音楽が漏れ出している。
「ここでボクたちは演奏の練習をしたり、どの場所に行って調律・浄化をするかを決めるんだ。」
ドリーミアちゃんはそう言って、そうっと扉を開く。
中に入ると、そこはホールのようになっており、大きなステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。
ホールの中心で4人の女の子が妖精達と共に演奏している。
幻想的な光景に目を奪われる。彼女達の奏でるハーモニーは美しく、心に響くものがあった。
「ね、上級の皆はカッコいいでしょ?」
小声でドリーミアちゃんが話しかけてくる。きっと彼女らはドリーミアちゃんの憧れでもあるのだろう。
その先輩後輩に似た関係性にも尊さを感じ、オレは静かに頷いた。
しばらくして、曲が終わる。練習途中に扉を開けたことに気がついていたのだろう。オレンジのドレスを着た女の子が、手を振りながら近づいてきた。
銀色の髪を揺らす彼女は《ラドレミコード・エンジェリア》だろう。
「ドリーミア!その子が噂の英二くん?案内してくれたんだ?」
「そうだよ、一応みんな紹介しようと思って。ここにいるかなーって来てみたんだけど、正解だったね。」
遠くからは気づかなかったが、こうして目線を合わせて近づくと、彼女は背が高いことに気が付いた。男性としては平均くらいの身長であるオレとそう変わらないくらいだ。
「ワタシがエンジェリアだよ、よろしくネ、英二くん!」
手を捕まれぶんぶんと握手される。
ファンシアちゃん並……いや、もっと元気かもしれないエンジェリアちゃんのスキンシップに戸惑っていると、彼女の後ろから3人の女の子が現れた。先程まで演奏をしていた子達だろう。
「あんまり英二くんを困らせちゃだめよ?エンジェリア。」
水色の髪の女の子。いや、女性と言って良いほどの美しい人物が優しくエンジェリアちゃんを諭す。その女性の後ろには眠たげにしている紫のドレスの女の子が人見知りをするように隠れていた。
《シドレミコード・ビューティア》と《ソドレミコード・グレーシア》。落ち着いた雰囲気の二人は並んでいるだけでも様になる。
そして、最後に現れたのは黒地に金のラインが入ったドレスに見を包んだ背の高い女性だった。
《ドドレミコード・クーリア》。その名に相応しい佇まいの彼女はドレミコードのエースモンスターだ。効果やステータスだけでなく、見た目もドレミコードを牽引するリーダーのようで、思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「君が附並英二くんだね。私はクーリア。レベル8,スケール1のPモンスターだ。まあ、真面目な君のことだ、丁寧な紹介をせずとも、効果はもう知っているのだろう?」
クールな口調の彼女に少し緊張してしまう。
「は、はい、一通り読んで、他にどんなカードとシナジーがあるのか、調べました。」
「フッ、勉強熱心なようだね。」
満足げに笑う彼女を見て、俺はホッとした。どうやら嫌われてはいないらしい。
「ドレミコードは、多彩な属性とレベルを持つPテーマだ。どういった構築になるか、楽しみにしているよ。」
面と向かって微笑まれ、胸がキュンとしてしまう。高身長お姉さんの破壊力……底知れない……!
「クーリアも、ちょっと距離詰め過ぎじゃないかしら〜?英二くんがカワイイのは分かるけど……ふふ。」
くすり、と優雅に笑いかけられる。カワイイ、なんて言った回数は数え切れないが、面と向かって言われるのは初めてかもしれない。なんだかくすぐったいような不思議な感覚がした。
「知ってるだろうけど、一応自己紹介しておくわね。私はビューティア。そして、こっちのシャイな子がグレーシアよ。」
「………よろしく」
グレーシアちゃんは小さな声で挨拶すると、恥ずかしそうに俯いてビューティアさんの陰に隠れてしまった。
「ごめんなさいね、この子は人見知りなの。慣れれば大丈夫だから、なんどもここへ来て、挨拶してくれると嬉しいわ。」
「は、はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
ビューティアちゃんの言葉に、慌てて返事をする。すると、ドリーミアちゃんが口を開いた。
「さて、上級と最上級の皆にも会ったし……あとはミューゼシアさまだけなんだけど……」
「今ミューゼシアには会えないだろうな。」
「だよね、まあなんとなくそんな気はしてたけど。」
みんなを紹介する、と意気込んでいたドリーミアちゃんだったが、そうはいかなかったらしい。
「そんなに肩を落とさなくても、まだここには紹介する場所があるわ。」
ビューティアさんがドリーミアちゃんを慰めるように言う。
「そうだよ!まだ時間があるなら、《ドレミコード・エレガンス》の鏡がある場所にいったらどうかな!」
エンジェリアちゃんの提案にドリーミアちゃんは元気を取り戻す。
「そっか、英二くん、時間は大丈夫?」
「うん、デッキ組むときはたっぷり時間取るようにしてるから。」
俺の答えにドリーミアちゃんは嬉しそうな顔をする。ナチュラルに手を取られ、ホールを後にした。
エンジェリアちゃんもついてくるようで、オレの隣にぴったりとくっついて歩いている。
石畳を再度歩き、大きな洋館へ向かう。エンジェリアちゃんの話によると、ドレミコード達が暮らす洋館の中に《ドレミコード・エレガンス》のイラストの元になった鏡があるらしい。
「ここだよ。」
エンジェリアちゃんが指差す先には両開きの扉があった。
「と、いってもただの更衣室なんだけどネ。」
エンジェリアちゃんが扉をノックして開けると、既に部屋の電気はついており、ファンシアちゃんが部屋の掃除をしていた。
「あれ、ドリーミアとエンジェリアに……英二くん?どうしたの?」
「《ドレミコード・エレガンス》の鏡がここにあるから、案内しようと思って。」
この三人はまさにそのカードに描かれている三人だ。図らずしも同じ状況になったことに感動を覚える。
女の子達がワイワイしている姿………尊い……
「この鏡はボクたちにとって大切なものなんだ。みんなこの鏡の前で衣装を着たり、髪型を整えるんだよ。カードの効果も、展開をするために大切な"準備"を表した効果になっているんだ。」
「へえ……」
ドリーミアの丁寧な説明に関心する。
「英二くん、ちょーっとこっち向いてくれないカナ?」
エンジェリアちゃんから声をかけられ振り向くと、どこから取り出したのか、明るい色のドレスを体にあてられる。
「えっ……と、これは……?」
「せっかくここまで来たんだし、ドレス着ていかないかなーって思ってネ。うーん、黄色のほうが似合うかな?」
「で、でもオレ男だしなぁ……」
戸惑っているうちに黄色のドレスをあてられ、「やっぱり赤も捨て難いかも……?」などと言われてしまう。
聞く耳は持ってくれないらしい。
助けてほしいとドリーミアちゃんとファンシアちゃんに視線を飛ばすも、二人ともいいおもちゃをみつけたように目を輝かせていて、助けてくれそうにはない。
あっという間に3人に取り囲まれ、逃げ場を失う。
「大丈夫!ちゃんとメイクもしてあげるからっ!」
「いや、そういう問題じゃ……」
「ボクは明るい緑とか似合うと思うけどなぁ。」
「む、無理だって!こんなの……!」
とは言ってみるものの、やる気満々の彼女達を止められる気はしない。
「女の子だけのデッキを組むのに、自分が女の子にならなくてもいいのカナ〜?」
「そうそう、1回着てみたらデッキへの愛も理解度も深まるだろうし!」
いつもは大好きな女の子モンスター達が、この時だけは少し怖く見えた。
気付いた時には、元々来ていた服はほぼ全て脱がされて、体を縛るような華美な布が自分を包んでいた。髪も整えられているし、化粧までされている。
その振る舞いのぎこちなさを除けば、鏡に映るオレは女の子そのものだった。
「英二くん、すっごくかわいいネ♡」
楽しげなエンジェリアちゃんに褒められても、素直に喜ぶことができない。
「は、早く戻してよ……」
恥ずかしさのあまり、か細い声で訴える。
「ふふっ、まだダメだよ。折角可愛くなったんだもん。もう少し堪能しないと!」
ファンシアちゃんがいたずらっぽく笑う。
「そ、そんなぁ……」
「恥ずかしがらなくていいのに。今の英二くん、ボク達みたいにとってもカワイイよ?」
「ほ、本当……?」
「うん♪」
うまく口車に乗せられているような気がしないでもなかったが、カワイイ女の子達が褒めてくれるこの状況を見るに、悪い気分はしなかった。
それに、鏡に映る自分自身もカワイイ女の子みたいで……ちょっとドキドキしてしまう。
「そうだ!英二くんがココに来たときは、毎回こうやって着飾ってあげるよ。」
ドリーミアちゃんの言葉にエンジェリアちゃんも乗っかってくる。
「それはいい考えだネ、英二くんもたまにはこういうことしたいんじゃないかナ?」
「そ、それは……」
女装させられるのが嫌なわけじゃないと、今日服を着てみて初めて気付いた。でも、まだ恥ずかしい気持ちのほうが大きい。
「英二くんを着飾るの楽しかったし……よかったら、アタシ達を助けると思ってお願いできないかな?」
ファンシアちゃんがオレの手を取って、上目遣いで見つめてくる。
「英二くんがイヤっていうのなら仕方ないけど……」
「わ、わかったよ、たまに……なら……」
「ありがとう!英二くん!」
ファンシアちゃんが嬉しそうに抱きついてきた。その様子に思わずドキッとする。
女の子の格好をしているからなのか、さっきよりも距離が近い気がした。
それから、女の子の格好をしたままでデッキ構築を済ませて、意識を現実に引き戻す。
「出来た……ドレミコードデッキ……!」
ペンデュラム召喚を自在に操るドレミコードカテゴリをメインに据えたデッキだ。
オレの強い信念の元、女の子カードで組んだため、強い制圧力があるわけではないが、自分自身はこれで満足している。
先程までいたドレミコードの構築世界のことを思い出す。
当然のことだが、オレの来ている服は男性用の至って普通の服で、先程まで着せられていたフリルの付いた服ではない。
それでも、女の子に囲まれたこと、女装させられたことを思い出すと、胸がどきどきと高鳴った。
またあの場所に行けばドレミコードモンスター達に会える。ソリッドビジョンなんて目じゃないくらいの現実感でみんなに会えるんだ。
別に、着飾ってほしいとかじゃなくて……オレは女の子モンスターが好きだから会いたいだけで………
そう頭の中で言い聞かせるが、あのとき感じた特別な高揚感をもう一度味わいたいという思いが頭の隅にこびりついて離れなかった。