夏祭り。そう、夏祭りといえば並ぶ屋台に花火、友人との思い出作りなど、楽しいことが目白押しだ。
なのに、なのにだ。私は今、人が行き交う喧噪の中から少し外れた場所で、一人寂しく腰かけている。
事の発端は、一緒に来ていた友人の発言だった。
友人の一人がチョコバナナが食べたいと言い出したことから、私はあれが食べたい、私はこれがしたいだの思い思いに発言しだしたのだ。屋台を順番に回っていたはずが、いつの間にかはぐれてしまっていたのである。
つくづく自由で、団体行動ができない友人たちだ。
なぜ私が友人と合流せずにぽつんと一人さみしく暗がりで腰かけているのか。そう、私は極度の方向音痴なのだ。加えて普段着慣れない浴衣を着たせいで、鼻緒が擦れて足も痛い。ここはおとなしく、連絡を取りながら待つのが賢明だろう。
友人たちは各々夢中なのか、一向に連絡がつかない。誰一人LINEを見ていないのか、既読さえ付かない。
せっかくのお祭りなのに、私を囲む暗がりと静けさ、じくじく痛む足が、なおさら悲しみを煽る。気合を入れてセットした髪と浴衣が、今はただただ虚しかった。
俯いていると、目の前に影が落ちた。顔を上げれば、一人の男性が私の目の前にしゃがみ込んでいる。
「お姉さん、一人?」
小首をかしげてそう尋ねる男性は、人懐っこい笑みを浮かべている。これがナンパというものか。見た目からしてチャラそうだ、適当に嘘でもついてやり過ごそう。
「いえ、彼氏を待っています」
「そうなの?じゃあ、俺も人を待ってるから少し付き合ってくれない?」
「え、いや…」
私が拒否を示す前にその人は「俺、連れとはぐれちゃってさ」と言いながら私の隣に腰を下ろす。
「…、あの!彼氏が来るのでちょっと…」
「あ!何もしないよ!もし彼氏さんに誤解されたら、俺も一緒に説明するからさ」
なんということだ、完全に逃げるタイミングを失ってしまった。さすがナンパ。強引だ。
機を見て逃げようと思うが、隣の彼は楽しそうにニコニコと話しかけてくる。人のよさそうな笑顔に、つい油断してしまいそうだ。
いや、油断させる作戦だろう。連絡がきたふりでもして逃げよう。
意を決して「連絡がきたので、それじゃ!」と立ち上がり彼に背を向けて小走りで離れようとした。が、足に痛みが走り躓いてしまう。逃げるのを意識しすぎたせいで、足が擦れていたのをすっかり忘れていた。
転ぶ!そう思った瞬間には先ほどの彼が私を支えていた。
「大丈夫?」
「へ、あ…、大丈夫、です…」
「ごめんね、怖がらせちゃったね。でも、本当に何もしないよ」
「でも…」
「それに、こんな暗いところで女の子一人なんて、危ないでしょ」
だから君の彼氏さんが来るまで一緒に待たせてよ。そう彼は眉を下げて笑いかける。くそう、ナンパ男にうっかりときめいちゃったじゃないか。
もう一度、元いた位置に座りなおすと、彼がポケットを探り何かを手渡してきた。絆創膏だ。
「もしかして、足、痛いんじゃない?よかったらこれ使いなよ」
「あ…ありがとう、ございます」
気付いてたんだ、あの一瞬で。よく見ているんだなと感心していれば、彼が身体を反対側に向けた。
「…どうしました?」
「え?絆創膏、貼るんだよね?足出ちゃうだろうから、見ない方がいいだろうなって…」
なんてことだ。さっきからナンパ男へのときめきが止まらない。とんでもない優男に捕まってしまったものだ。
絆創膏を貼り終えたところでスマホが震えた。友人からの連絡だ。ナイスタイミング。
「か、彼氏から連絡きたので、合流しますね。絆創膏ありがとうございました」
「そっか、連絡ついてよかったね。気を付けて」
最後まで人のいい笑みを浮かべる彼に、今度こそ背を向けて歩き出す。絆創膏を貼った足は幾分痛みが引いて、歩きやすい。絆創膏を持っていた彼に感謝である。
友人と合流するまでの道のりを歩きながら、先ほどまでの彼との時間を思い返す。最初から最後まで良い人だった。かわいい笑顔と、気遣いと、抱きしめるように支えられたのを今更実感し、自然と顔に熱が集まった。
名前と連絡先くらい、聞いておけばよかったかな。
―――
『つっ平?今どこにいる?』
「あ、ごめんごめん!屋台に夢中になってて遅くなっちゃった」
『お前以外皆集まってんぞ、早く来いよ~』
「マジ?ごめん!これから向かうから待ってて~!」
友人と電話を交わした平助は、スマホをポケットへ仕舞う。
無事に友人と合流した彼女を遠くから目で追うと、安心したような笑みを浮かべて友人の元へ走った。