一体なんなんだ。
最近やたらと、俺の事を知っているという人たちから声をかけられる。だが、その人たちの事を俺は一切知らない。
彼らは皆、俺を見ては口々に「夢藤らしくない」と言う。俺は今までと何も変わらない。俺は俺のまま生きてきただけだというのに、彼らは一体、俺を通して誰を見ているのか。
少し疲れた。公園のベンチに腰掛け、項垂れる。夜の静寂が心地いい。今、自分が一人である事を実感できる。
「……夢藤くん?」
頭上から声がする。顔を上げれば、見知らぬ若い男が立っていた。
「やっぱり!夢藤くんだ!久しぶりだね!」
人当たりの良い明るい笑顔を向けて男は続けた。口ぶりから、俺の事を知っているようだ。嫌な予感が頭の中を駆け巡る。もしかして、こいつも、
「……すみません、どちら様ですか…」
「え、あ!もしかして、記憶、ない…?」
不信感から警戒しながら言えば、目の前の男は笑顔から一転、悲しそうに眉を下げた。
今、こいつは「記憶」と言った。俺の事を知っていたヤツらも口々に「記憶」という単語を口にした。普通は「覚えてる?」など言うだろうに、わざわざ「記憶」と言うのがやけに引っかかっていたのだ。
「……どこかで、お会いしましたか…?」
そう言うと目の前の男は目に見えて狼狽え、困ったような笑顔を向け「いや、こちらこそ急にすみません、覚えてないなら大丈夫です!」と口早に言い、それじゃ!と踵を返す。
覚えていない俺を、気遣った…?
今までのヤツらは俺を見つけ次第、感情をぶつけて来たというのに。彼は何も押し付けてこなかった。それどころか俺を気遣って身を引いた。彼だけは、アイツらと違うのかもしれない。
「あ、あの!すみません!」
気付けば、彼を呼び止めてしまっていた。あの危ないヤツらの仲間かもしれないというのに。
「え…?夢藤くん?」
「あ、あの、いや…俺、何も覚えてないんだけど…」
何も話すことなど考えず呼び止めたために口ごもってしまう俺に、彼は何かを察したのか、最初に見せたような明るい笑顔を向けた。
「大丈夫!覚えてないなら、これからまた知っていけばいいんだよ!」
改めて、俺は大津!よろしくね、夢藤くん。と俺の肩に手を置き、自己紹介をした。彼は、アイツらと違う。何となくそう思った。
「うん、よろしく、大津。良かったら色々、話聞かせてくれないかな」
「俺でよければ、もちろん!!」
ベンチに座り直し、初対面なのも忘れて、夜が耽けるまで話し込んだ。
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公園から帰宅し、自宅のパソコンを開く。煙草に火をつけ眺めていると、動いていた赤い点が、とある場所で止まった。
「あの公園から割と近いな」
あの辺張っておいてよかった。
ふう、と煙草の煙を吐き、仲間に住所特定の連絡を送る。
ひと仕事を終え、椅子に深く腰掛けた。ギイ、と椅子の軋む音が部屋に響く。
「前世の恩返し、しなきゃいけないからね」
よろしくね、夢藤くん。
呟いた言葉は煙草の煙と共に、静かに空気に溶けた。