お題「悪僧」「自分、悪僧名乗る割にはエエ子やんなぁ。ウチ来て言うたらすぐ俺んとこ来るし。ちっさい身体好きに触らしてくれるし……勝手に冷蔵庫開けてメシ食うところ以外はお利口な坊さんやで」
時計の針が頂点を迎えようとも眩しい光につられた虫のように人々が集まる場所であれ、十五分少々車を走らせればプライベートな空間に隔離された安堵の出来る街へと景色が移ろうのだから、東都の住み心地も決して悪くはない。それに電話一本掛ければ、オオサカで一人暮らしていた頃とは違い抱き枕という名の人肌を無償で得られるのだ。抱き枕は「うぜえ」「調子乗んな」「煙草臭え」と常に悪態吐いているものの、今は大人しく家主である簓の腕に抱かれている。
「毎晩簓さんの呼び出しを期待してんねやろなぁ思たら微笑ましいわ」
「ッハ、こっちとしちゃタダでメシにありつけて泊まらせてくれるいいカモとしか思ってねンだわ。今はその対価を仕方ねぇから与えてやってるだけだ」
「ハァ〜……可愛くないやっちゃなあ。ちゅうかアホやろ。こういうんは素直に期待してました言うた方がもっとこの子にお金払おう思うのに」
「テメェ拙僧をナニかと勘違いしてやがんな」
ふざけた台詞と共に腕の中に収まった身体を慣れた手つきで触れる。その行為をもろともせず、空却の、幼いながらにして幾つもの修羅をくぐり抜けてきた意志の持つ瞳が簓を捉えた。背に指を這わせようが、白い首筋にわざと温い息を落とそうが動じることはない。
――毎度こうなのだ。夜更けに呼び出されてのこのこと男の部屋にやってきたくせに、コイツは簡単に敷布の波に飲まれてはくれない。エエ子言うたんは撤回。なんやねんホンマ、空気読めや。これやから世間知らずのガキは嫌いやねん。
簓は諦めて拘束をやめる。興醒めと言わんばかりに、ついでにシングルベットの真ん中で横になってやった。
「……なあ、お前なんなん? ガチで一晩ここに居座るためだけに来とん?」
「ァあ? だからそうだっつってンだろうが」
「あーそう。ホンマお前おもんな、こない生意気なクソガキにも片側貸して寝かしたる簓さんごっつ優しい〜」
少年の腕を引き、無理矢理隣へと誘う。二人の肩を覆う辺りまで布団を掛けてから、いつものように背中に腕を回した。
「やっぱ自分悪僧や。男の気持ち誑かすわるーいわるーいお坊さんや」
「ヒャハ、どーだかな。拙僧はテメェの前で悪さしたつもりも、これからもするつもりもねぇよ。大人しく腕ン中に抱かれてねぇと今後呼び出して拾ってくんねぇだろうからな」
「適当にカノジョでも作って泊まらしてもらえばええやん。俺の部屋みたいに酒と煙草臭くないで」
「…………」
「……、なぁ。なんでそうしねぇと思う?」
投げかけた問いに返答は無く、意を決した声音は虚しくも薄い部屋の壁に吸収されてしまった。簓の心地良さそうな寝息を聞きながら、長い睫毛を伏せ、憎らしい細身を抱き返す。
今夜も、この幾許もない時に名前は残らない。