「ほっといてもそのうち治るのになにをぎゃーぎゃー……は?跡になる?別にいいだろそんくらい」ネクタイを首に。ベルトを腰に。包帯を両腕に。職員イゴリーの制服でもある[紅の傷跡]は、とにかく巻くものが多い。もっとも本人はこうした服装の類は落ち着かないらしく、ネクタイは緩めているし包帯も綺麗に巻かないことのほうが多いが。そんな面倒な準備を済ませ、今日も自分の業務を開始する。[陰]への抑圧作業、[白昼の試練]の鎮圧、そしてまた作業に戻る……。いつもと変わらない作業の繰り返しだ。この日も、いつも通り[試練]の鎮圧から戻ったあとだった。
「……またですか」
開口一番、ニコルはもはや不満を隠さなかった。小さなかすり傷から、やや大き目の焦げ傷に齧られた跡。職員イゴリーは、とにかく傷が絶えない。
「しかしまあ今日も派手にやったな~。……うっわこれあれだろ!最近来た団子みてえな奴の」「笑う死体の山ですね」「そうそれ!」
オレあいつ無理なんだよな~臭いし可愛くないし!などとぼやきながらてきぱきと手当を続けるオノリオ。これが、福祉チームの日常風景である。
「……別にこんくらい、ほっといてもリアクターで勝手に治んだろ」
……そして、それにイゴリーがぶつくさ文句を言うのも、いつもの光景である。
実のところ、彼の怪我が絶えない理由は支給されている武器[黄金狂]と、本人の戦闘スタイルのせいである。それは二人とも理解している。だがそれは、二人が彼を見逃す理由にはならなかった。
「そういう問題じゃねえの!オレ達はお前がボロボロなのを隠して帰ってくるから起こってるの!」
「それにリアクターにも限度がありますから。今の状態で[何もない]とやりあったら貴方、確実に死にますよ」
「いやアイツとはいつやりあっても俺が死ぬだろ、アイツ確かREDダメージ無効だ痛っってぇ」
「……」
「オイ馬鹿野郎痛えっつってんだろ、無言の抵抗やめろそっちはもう散々消毒しただろうが」
「五月蠅いですよ、怪我人は黙ってください」
「オイ誰かコイツ止めろ」
正論に殴られたからか、あるいは日頃の仕返しか。痛いところを突かれたニコルは、消毒液の量を倍にする密かな反撃を始めた。オノリオも止めることはしない。それどころか持っていた包帯をギリギリ音がするぐらい思いっきりきつく巻く。
「オイ馬鹿きつく巻きすぎだろコレ、うっ血するだろうが」
「ニコル先生!患者がうるさいです!」
「黙らせなさい、怪我するほうが悪いです」
「はーい!」
「おっ…前らなぁ……」
なんてふざけながらも、治療はてきぱき進む。流石は福祉チーム。他人の治療には慣れている。
「……はい、これで終わりましたよ」
「ん」
「もう隠してねえな!?」
「隠さねえよ、てか隠せねえだろあんだけ待ち構えられたら」
「そう言って貴方こないだ返り血だ~とか言って大きな傷隠してましたよね」
「そうだそうだ!」
「めんどくせぇ……」
大きなため息をついた後、上着を脱いで両手を広げる
「……ほら、これで文句ねえだろ」
「よろしー!今日は隠してねえな!」
「……いいでしょう。ただしちゃんとした手当は明日もやらないとダメですからね」
いいですか!これはチーフ命令ですからね!と指をさしながら言う二コルに、「へーへー」と適当に返事をしながら業務に戻る。ノルマ達成まではあと僅かだ。
次の日。職員イゴリーはいつも通り制服に着替えている最中だった。黒いワイシャツを着て、ズボンを履き替えて、ベストを着たところで、ふと手元に目が行く。
「……あ」
昨日つけられた齧り跡が目に入った。次いで、あの五月蠅い同僚達も。
「はー……めんどくせぇ……」
ネクタイを首に。ベルトを腰に。包帯を両腕に。……そして、絆創膏を指に。いつも通りのルーティンに「巻くもの」がまた一つ増えてしまった。