商品管理「んっ……?」
いつの間にか落ちていた意識が浮上した。
眠りに落ちる前は何をしていたのだったかを思い出そうとした時、自分の身体の違和感を感じた。
腕が動かせない。
それに気付いた瞬間、一気に意識が覚醒した。
それまで閉じられていた瞼を持ち上げたけれども、そこには白一色の世界。そして顔に感じる布の感触。
腕を無理矢理動かそうとしてみたら、手首が纏められている様子だった。これまた布の感触。
拘束されている。え、なんで?
「えっ?!は?!」
思わず出た声に乗る戸惑いの色。
当然だと思って欲しい。
だって、身に覚えの無い事態である。どうしてこうなった?と言いたい。
「だっ…んぐっ?!」
誰か助けてと言おうとした瞬間、何かを口の中に突っ込まれた。それから素早く別の布か何かを咬まされる。
猿轡までされるとは予想外。ホント何?俺、何かした?
「んぐっ、んんっ」
抵抗の術はほぼ奪われているけれど、出来る限りの抵抗をしてみる。まあ、頭を振ったり体を揺らしてみたりしか出来ないけれど。
無意味な抵抗を試みている間、自分の状況をある程度把握出来た。
まず、椅子に座らされている事。ご丁寧にクッション付き。
腕は椅子の後ろで組まされていて、手首には布が巻かれ、その上から縄か何かで縛られているっぽい事。
足も椅子に括り付けられていた。地味にコレが一番キツい。両足首だけじゃなくて、座面に太股ごと縛り付けられているとか……
「んっ……んんっ」
「そんなに動くと傷ついちゃうよ、衣更くん」
ガタガタ抵抗を続けていたら、不意に後ろから包まれる温もりを感じた。それが他人の体温だと理解したと同時に、聞き覚えのあるテノールが耳元で響く。
(真…?!)
同じTrickstarの仲間、遊木真。
俺の知る限り、こんな事をしでかす 方向には無縁なハズなのになぜ……いや、しでかされた事はあるけれど……
そこまで考えて、眠ってしまう前の記憶がおぼろげだけれど思い出せてきた。
そうだ、真と話していたんだ。
何日か前に過労と寝不足が祟って倒れたから、ちゃんと休まないと駄目だよー、なんて、真の優しいテノールで叱られた。
本当に反省はしていたんだ。
ただ、生徒会はいつも人手不足だし、あの人数なのにしないといけない仕事は多すぎるから休むに休めない。別に今すぐ片付けないといけない仕事では無いけれど、会長の確認がいる仕事が大半を占めているからやはり俺がいないと仕事にならない。
休める時に休みたい気持ちもあるけれど、休むに休めない。ジレンマ。
ごめんなー、ちゃんと休むようにするから許してくれよ、なんて言った記憶はあるが、いつ意識が落ちたのか分からない。
「んんっ、んっ」
「?……あぁ、何でこんな事したか、かな?
衣更くんが悪いんだよ?ちゃんと休んでって言ってるのに休まないから。だから、強制的に休んでもらおうと思って」
え、それで出た手段が監禁?
真お前……瀬名先輩の事言えないぞ……
「んーっ、んーっ!」
「ん?何か言いたい事でもあるの?」
聞き返されて、頷き返す。
さっき咬まされたばかりだけど、俺にとってはもうずっと咬まされていた気分だ。
漸く猿轡を外して貰えて、ちょっとほっとした。
「はい、お口開けてー」
「けほっ……まこ…」
「言っておくけど、これ、止める気無いからね」
「え……?」
「うわっ、唾液すごっ…まあ、口の中に入れてたし当たり前か」
なんだかとんでもない事を言われたが、外して貰えたのは猿轡だけで、目隠しは外して貰えていない。見えないのだから、視覚からの情報が何も無い。真がどんな表情であれを言ったのか、何を考えているのか、分からない。
「真、ごめんな」
「……」
「真は優しいから、俺がどんな無茶をしたって笑って許してくれるって、勝手に思ってたよ」
「ホント、勝手だよね、衣更くんは」
「ははっ……ズッ友とか言っておいてこれとか、情けないな」
自分で言っていて、本当に情けないと思う。反省はしているが、真の忠告を無視したようなモンだ。これで倒れてちゃ世話ねぇよな。
「衣更くん、口開けて」
「えっ…んぐっ」
「これからは夜はこうして僕が衣更くんをお世話してあげるからね」
再び猿轡を咬まされながら、真はとんでもない事を宣言してきた。
これからはって、もうずっと夜はこんな事を?
それに絶望していたら、口を塞がれた後、ふっと目元が緩んだ感覚に、目隠しを外されたのが分かった。
閉じていた目を開けば、目の前に亜麻色の髪に若葉色の瞳の彼。
普段は穏やかに凪いだ新緑の色をしている瞳は、今は濁った色をしていた。
「あぁ、こんなに濃い隈まで作っちゃって……やっぱり、僕が管理して護ってあげないと」
「んぅ……?」
「DDDの時に泉さんに監禁された時はこの人なんでこんなに僕の事管理したがるんだろうって思ったけど、今ならその気持ちも分かる気がするよ」
顔を両手で固定され、隈が出来ているだろう目元を親指で撫でられる。なんとなく、その手つきが、愛おしい対象を撫でる手つき、と言うより、好きで執着しているお気に入りの玩具を愛でる手つきに感じてしまう。
瀬名先輩からこんな感情を向け続けられれば、こうなってしまうのも当然なんだろうか?
「あっ、衣更くんってば、お肌荒れてる!アイドルなんだから、お手入れもしなきゃ!これからは僕がやってあげるから、安心してねっ」
「んぐっ……んんぅ……」
「ん?あぁ、もしかして遠慮してる?大丈夫だよ、衣更くん。僕、泉さんとかお母さんに仕込まれて、お手入れ凄く上手いって評判なんだよ!」
いや、そういう遠慮じゃなくて、お前にやらせるのを遠慮したいなって……いや、真、話聞く気ねぇな?
まあそれも猿轡で伝えられないのが難点なんだが……
それから本当に、仕事が無い日は生徒会の雑務が終わったら、仕事がある日は仕事が終わったら、真が用意したマンションで縛られる生活が始まってしまった。
真は一切の俺の行動を管理したいらしく、食事も入浴も肌の手入れも、自分でやらせてくれない。流石にトイレは行かせてくれるけれど。
「んんっ、んぐっ……」
「ちょっときつかったかな?ごめんね」
「んんっ……」
「さ、今日もお疲れ様でしたっ」
この夜もぎっちりと後ろ手に拘束される。可愛らしい口調とは裏腹に、やっている事はちっとも可愛く無い。正直止めて欲しいし、こうなって以降生徒会の仕事を持ち帰られなくなってしまった。まあ基本校外持ち出し禁止だったから、それで普通なんだが。
その所為か、夜はきちんと寝るようになったし、真のケアのおかげで肌つやも良くなった。これを良いことと言って良いのかは分からないけれど。
「衣更くんはいつも頑張っているよね。本当、偉いと思うよ。僕には真似出来ないや」
「んんっ……」
「あ、お世辞とかって思ってる?本当にそう思ってるんだよ?」
こうして監禁生活を送る様になって、毎日真は俺を褒めてくれるようになった。それが嫌だって話じゃなくて、褒められ慣れていないからか、なんだかむず痒い。
「ほら、僕の目を見て、衣更くん」
「ん……」
「嘘をついてる目に見える?」
今日は目隠しをされていないから、真の綺麗な顔も、若葉色の瞳もよく見えた。
真は嘘が巧いから、本当の事を言っているのか、嘘をついているのかは分からない。でも、嘘じゃないと思いたいから、俺は頭を振った。
そしたら安心したのか、俺の大好きな笑顔で、頭を撫でてくれた。
「ふふっ……計画どおり、かな?」
「?」
「なんでもないよ……さ、ご飯にしよっか。ちょっと待っててねー」
正直、真が何を呟いたのか、はっきり聞き取れなかったから分からないけど、もうどうでも良くなってきた。
寮にもたまには帰らないと不審がられそうだけど、北斗もスバルも何も言わない辺り(凄く何かを言いたそうな目はしている)、もしかしたら退寮手続きがとられているのかも知れない。
でも、こうして、歪な形だけれど、真といられるなら、それでもいいかと思う俺は、十分おかしいんだろうな。