Talk to me goose.「マーヴ! 遅かったじゃないか!」
ふと気が付くと、グースが手招きして俺を呼んでいた。
「……グース?」
「何突っ立ってるんだよ、ほら、早く座れよ」
ざわざわと周囲が騒がしいのに、グースの声ははっきりと聞こえる。いつの間にかBARに来ていたようだ。ここまで来た記憶はないが、ぼうっとしている内にここに足が向かっていたのだろう。手招きされるまま、グースの所まで行くと。
「グースと一緒に来ないなんて珍しいわね」
「どこで道草食ってたんだ?」
グースの隣にキャロルとアイスも座っている。
「アイスにキャロルまで? ……ごめん、何か約束してたっけ?」
この4人で呑むのは珍しい。呑もうと約束した記憶もない。本格的に記憶障害を疑っているとグースが肩を組んできた。
「約束はしてないよ、アイスが呑もうって俺たちに声かけたんだ」
「……アイスから?」
思わずアイスに視線を送ると、そうだとアイスが頷いた。
「本当に珍しいな」
明日は雪でも降るのか? と言うと皆楽しそうに笑う。
「まぁいいじゃないか、今日は呑もう! ……今回が最後になるだろうしな」
「最後?」
「いや、こっちの話だ」
アイスが俺の肩を叩いて笑う。アイスと話してる間にグースがカウンターで人数分のビールを注文してくれたようで、テーブルにグラスが4つ置かれた。皆それぞれグラスを手に取る。
「ようし、呑もう!」
グラスのぶつかる、キィンという高い音が響いた。
───どれほど呑んでいたのだろうか。前後不覚にはなっていないが、程よく酔いが回った頃、3人は徐に立ち上がった。
「ん? どうしたんだ?」
お開きにするにはまだ早い。多分。正確な時間まではわからないが、そこまで時間は経っていない、と思う。
「マーヴ、俺たちはもう行かなきゃならないんだ」
「行くって、どこに?」
その問いには誰も答えず、ただ3人とも寂しそうに笑うだけだった。
そして、何も言わず歩き出す。
「ちょっ、どこに行くんだよ!」
慌てて追いかけるも、走っても追いつけない。3人は歩いているのに、だ。
「グース! アイス! キャロル!」
支払いもせず店を後にしたのに、俺たちを引き止める者は誰もいない。店の外は真っ白な空間で、ここは何処なんだろうと考えながら必死に3人を追いかける。
走っても走っても追いつかないどころか、少しずつ距離が開いていく。アイスとキャロルの姿が、徐々に年齢を重ねていく。グースの姿は変わらない。
「待って、行かないで!」
俺の叫びが聞こえたのか、3人は足を止め、こちらを振り返ると寂しそうに笑った。
「俺たちも君を置いていくのは心苦しいよ、マーヴ」
「でも貴方はまだこちらへ来るべきではないわ」
「君にはやり残した『任務』があるだろう」
白い光に包まれて、3人の姿が少しずつ見えなくなる。
「俺を、置いて行かないで……!」
───────────────────────────
───ハッ、と目が覚めた。心臓は早鐘を打ち、頬は涙に濡れている。
「夢か……」
外は夜明け前で、空は白んでいた。
昨日、空に還ったアイスを見送ったからだろうか、久しぶりに夢をみた。
「夢なら、せめて幸せなままでいさせてくれよ……」
最後に見た3人は、亡くなった時の姿だった。アイスは病に侵されていたが、そんなことを感じさせない、堂々とした姿だった。
「天国に行く前に、みんなで逢いに来てくれたのか?」
朝焼けに染まっていく空に尋ねるも、答えはない。だが、そう思うことにした。
今までずっと支えてくれたアイスが消えてしまったことの喪失感は無くならない。この胸の痛みは、グースを失った時と同様に消えることはないだろう。でも、皆が逢いに来てくれたと思うことで少しだけ痛みは和らぐ。
「……ありがとう。俺は……俺は、飛ぶよ」
呟いた声は、静かな朝の空気に溶けていった。