かみさまとハグ 小さな体躯はいつだって周囲から舐められて、伸び悩む身長を馬鹿にされることにもいつの間にか慣れてしまっていた。それならと筋肉をつけようと鍛えてみたところで、理想としている筋骨隆々な男にはなれなかった。
むさ苦しい男共が集まる軍の中では、比較的小柄だったり線が細かったり童顔だったりする男を女代わりの慰み者にしようだなんて不届き者までいて、マーヴェリックは己の体格を呪ったことさえあった。あいにく腕っぷしにはそこそこの自信があったし、幸運にもそういった――性的な暴行の被害に遭うことはなかったけれど。それでもいつからか自分よりも大柄な男が近づくと無意識に眉間に皺が寄るようになった。女子供のように、あたかも弱者だと嫐られるのは真っ平ごめんだった。強くありたい。誰にも頼らずにすむように。ずっと、ひとりきりで生きていくんだから。
ぎゅう、と頭からすっぽりと覆われるように抱きすくめられて、ほぅと安堵の息を吐く。マーヴェリックは自分よりも頭一つ背の高い男の腕の中で心からの安らぎを感じていた。自分を抱きしめている男――ニック・“グース”・ブラッドショーは、その長身も相俟って一見細身に見えるが、実際にはしなやかな筋肉にしっかりと覆われた力強い体つきをしていた。しとりと弾力のある胸板に鼻を押し付けて息を吸い込むと、香水と煙草の残り香が混じるグースの匂いが鼻腔いっぱいに広がって、マーヴェリックの脳を犯した。すっかりと脳内にインプットされた大好きなグースのフェロモンに安心してスンスンと鼻を鳴らして堪能する。汗の匂いが一層グースの匂いを濃くして頭をぼうっとさせた。
子供体温と揶揄われる自分のものよりは幾分か低いはずの体温に包まれて、あたたかなぬくもりがじんわりとマーヴェリックの心を満たしていく。既にぽかぽかしているはずの体が一段と火照る。全身を巡る熱に自然と熱い涙が浮かんだ。
好き。好きだ。グースのことが、誰よりも、好き、だ。
こうして誰かの体温に安心することがあるなんて、それがまさか男相手だなんて、どうすれば想像できただろう。
だけどそんなことはマーヴェリックにはどうでもよかった。グースの腕に抱きしめられて、グースに全身を包まれているという感覚が、何よりも心地好い。手放したくないぬくもりだった。
何の因果か嫌われ者の自分をグースが選んでくれて、こうして共に空を飛ぶことができている。プライベートまで傍にいてくれるグースの意図はわからなかったけれど、これが万が一の奇跡だということは確かだった。
グースはおれの神様なのかもしれないと考えたことすらある。
信じていやしない神よりも、グースの存在の方がよっぽど信じられるし、縋ることができた。
グースによってマーヴェリックは救われ、世界のすべてはグースで構築されていると言っても過言ではなかった。グースを失ってどうして生きることができるというのか。そんなこと、考えたくない。グースの傍にいられなくなることは、何がなんでも回避しなければ。
マーヴェリックが胸の内でひた隠しにして抱える想いは、いつもそこで同じ結論を導き出す。
だから、グースのことが好きだ、なんて気持ちは、絶対に伝えたらいけないんだ。
「……っ、く、……ひっく……、ぅ、……っ、く……」
しゃくり上げる嗚咽を聞かれたくなくて、ぐしゃぐしゃの顔をグースの胸元に擦りつける。ず、と鼻水を啜ってしまって情けなさに余計に涙が溢れた。
戸惑いがちに触れるグースの大きな手のひらがそっと頭を撫でて、ぽんぽんと背中を叩いてマーヴェリックをあやした。
こうやって優しく慰めてくれるところも好きだ。もうずっとグースから与えられる何もかもが、好きで、大好きで、どうしようもなく尊くて、愛おしい全てだ。
グースから何かを与えられるたびに満たされる心地は抗いようがなくて、それでも、もっともっとと欲しがってしまう自分が浅ましくて、いつかグースに見放されてしまうんじゃないかと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
「マーヴ、大丈夫だからな」
何が大丈夫なんだろう。
ぎゅっとグースの背中に回している腕の力を強めると、つむじに柔らかくキスが落とされた。
グースの言う「大丈夫」は、だけど、大丈夫じゃないかもしれないんだ。おれは、グースに抱きしめられて、嬉しくて、それだけじゃ足りなくて。
もっと、グースのことを欲しいって思っているような、最低な奴、なのに。
「ん、いいこいいこ」
子供を相手にしているみたいな扱いだって他の奴にされれば憤慨するはずなのに、不思議とグースからのそれは歓びを感じこそすれ不快な思いは一度たりともしなかった。
グースに甘やかされることに、もうすっかり慣れてしまっている。グースが許してくれるから、ふわふわの真綿のような慈しみの愛から抜け出せない。
本当は、こんなにも大きな愛を与えられて、それはこれ以上にない幸福で、おれは、ちゃんと満足するべきなのに。
涙で濡れた頬を撫でる手の甲が、翻って柔らかくなぞる指の腹が、グースのものだというだけで体が熱を持ってその先を強請ろうとする。浅ましい体だった。グースの善意を、おれは、踏み躙っている。
「ぐーす、ごめん、なさい」
おれがわがままだから。
伝えられない想いが溢れて、いつだってグースを困らせてしまう。こうして時に不安定に泣きじゃくるのをずっと抱きしめてくれるグースの大きな包容力に、おれはただ子供みたいに泣き縋るしかできない。情けない姿なんて見せたくないのに。迷惑なんてかけたくないのに。
おれは、ひとりきりで生きられるように、強くならなきゃ駄目なのに。
「お前は何も悪くないだろ。ほら、いいこだから」
「……っ、おれは、わるいこ、だ、」
「でも、俺の腕の中でおとなしくできるいいこじゃねーか」
どれだけおれがおれ自身を否定しても、グースは適当な理由を見つけておれを許そうとする。いいこだって、たくさん褒めてくれる。おれはわるいこだから、叱られたって構わないのに。おれのことなんていらないって言われても、仕方がないのに。
それでも涙を流して縋ってしまうおれは、きっとどこかでわかってるんだ。こうして泣き腫らした目元をグースのやわらかな唇がなぞってくれて、沢山の慰めのキスを与えてくれるってことを。
グースはおれの神様なんだ。
喉が渇けばひとくちばかりの水を与えてくれて、欲しがるたびにどんどんと嵩を増すそれに、おれはいつの間にか溺れているのかもしれない。