Cock Robin「お前、そんなこと言ったのか? 俺のマーヴに?」
「“俺のマーヴ”ね。あんた、その発言がどれだけ無責任かわかってんのか?」
ルースターに掴みかからんとするグースの言葉を「そうじゃなくて、」と正そうとしたのは、まさにグースの腕の中に庇われているマーヴェリックだった。けれど発されたはずの否定の言葉は誰に届くでもなく、眼前でマーヴェリックのやや上――グースを睨みつけるルースターの低く響く声に掻き消された。
ルースターが言及したグースの死に関する責任の所在。あの日、ルースターは誰に責められることもなかったマーヴェリックを断罪した。
悪びれる様子もなくそう話すわが子にグースは怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
戦闘機乗りに事故はつきものだが、同乗していたパイロットがどれだけ自身を責め続けるのかなど考えるまでもないのに。特に当時のマーヴェリックを取り巻く環境――グースへの想いも含めて――を想起すれば、いくら周囲から咎められずともきっと憔悴しきって罪の意識に苛まれ続けたに違いなかった。
マーヴェリックが生きている。まだ、空を飛んでいる。
その事実は数十年の時を隔てて転生してきたグースにとって、もっとも喜ばしいことだった。自惚れではなく、己を失ったマーヴェリックが果たして生きているのか。真っ先に浮かんだ恐怖は安堵に変わった。しかし辛うじて生きてきたマーヴェリックの危うさが、年齢を重ねた今もなお、あの頃守りたかった姿と重なる。
そんなマーヴェリックを、無神経に傷つけたというのか。
いまだに記憶の中では天使の輪を煌めかせたあどけない幼子が小さな飛行機のおもちゃを片手に満面の笑みを浮かべているのに、正面から睨みつける鋭い視線が同じ人物とは信じられなかった。それでもやはり見覚えのある顔が、愛する妻のものなのか、或いは己のものなのかわからずにグースを混乱させた。
だって、記憶の中のキャロルも俺も、こんなに老けてないだろ。冗談めかしてやり過ごそうとしたところで事実は何も変わらない。一目で親子だとわかるように姿を似せた男は、髪も瞳の色も何もかもが違うはずなのに鏡写しのようにそっくりで、どうしたって俺の息子だった。
「母さんにも、俺にも。それに、マーヴにだって。あんたの発言は、無責任すぎる」
お前に何がわかる、と怒鳴りつけそうになるのをマーヴェリックを抱きしめる力に変えて飲み込んだ。
昔からよく知った最愛の女性と契りを交わし、最愛の息子を儲けた。最も愛すべき存在であることは疑いようがなくて、偽りなく心から誓うことができるのに、もう一人、手放したくない存在がいる。
他の、何を引き換えにしたって。
言葉にはしない。生前から(とは言っても今も感覚としては生きているのだけれど)そのことに悩まなかったわけではなかったが、そもそも告げるつもりのない想いだった。傍で見守っていられれば良い。マーヴェリックの好意に気づいていながら何ら事を起こさなかったのは、彼が頑なに気づかれぬように隠していた健気な思いを優先しているだけではない。家族への責任と、己の保身。それから、どうしてもついて回る罪悪感。
ブラッドリーは、俺が何も感じなかったとでも思っているのか。何ひとつ、苦悩することがなかったとでも?
「あんたの優柔不断な態度が、マーヴを傷つけてる」
「優柔不断?」
「愛してるって言葉すら、伝えたことがないくせに」
腕の中のマーヴェリックが肩を震わせたのが分かった。ひとつも声を漏らすことなく俯いたままゆるく振られた頭が何を拒絶しているのか、どちらを拒絶しているのか。明確なところは判断がつかない。
ただひとつわかること。マーヴェリックは俺から愛の言葉を聞きたくて、同じくらい、聞きたくないのだ。
「俺は、いくらだってマーヴに愛を伝えられる。あんたは違うだろ」