匂い3***
茨の体を洗って、あたらしい服を着せてやって、リビングに座らせた。互いに黙っていた。屋敷の向こうで鳥の羽ばたきが聞こえる。森が揺れるように震えた。
「記憶操作、していたんですね」
茨はうつむいたまま、ちいさく、はっきりいう。すべて思い出したのだろうか。茨の心の傷が心配だった。
「……うん、茨を守るために」
茨に触れたかった。けれどそれは躊躇われる。許されるかわからない、茨の記憶操作をしたのは私の勝手の押し付けだった。
「俺のために……閣下に迷惑をかけた」
「……迷惑だなんて」
「俺はあなたの傍にいるべきではない」
茨は顔を上げて私を見た。
「別れましょう、閣下。互いのために」
「……茨」
「一人で生きます。俺は最初から、孤独に生きる運命にあったんです」
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