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    tdn_nakami

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    tdn_nakami

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    類くんがセカイでネコのぬいぐるみになるはなし

    Wonderful World ――想いを持ち続けている限り、消えることのない不思議なセカイ。
     そのセカイの創造主は、類と一緒にショーをする仲間で、座長であり、友人でもある司だということは、最初にセカイに訪れたときにバーチャルシンガーたちから聞いていた。
     当の司本人にはその意識と自覚はなく、司自身も初めてこのセカイに訪れたときは現実だと信じられずに夢だと疑っていたと聞いたことがある。

     司の想いで出来たという不思議なセカイに、世間で知られている彼女たちとは違う、このセカイだけに存在する個性的なバーチャルシンガーたち。彼らと一緒にショーをする動いて喋るパペットにぬいぐるみたち、花壇に咲いている花までもが歌い出す。彼らが動く原動力は、その仕組みはどうなっているのかと、ぬいぐるみを解剖したいと考えたこともあったけれど、さすがに泣かれてしまっては、そこまで非道なことが出来るはずもなく。ぬいぐるみたちを撫でて、直接触らせてもらうことで、確認するようにしているけれど、どのぬいぐるみにも綿が詰まっている感触だけで、特別な仕掛けは見あたらなかった。

     ――カイト曰く、このセカイにあるものは全て、司の想いから生まれているらしい。
    ショーの観客が人ではなくオモチャや動物達なのも、彼の思いが影響しているのだろうとカイトは言った。このセカイのことを知りたいのなら、司本人に話を聞けばいいんじゃないかな、そう言って笑ったカイトに、いつか機会があればと、類は返したけれど。

     ――司を知るということがそのまま、このセカイを知るということにつながる。
     カイトから聞いたその言葉の意味が、類にはよくわからなかった。さりげなく司に聞いたところで、本人が知らんわからんと首を傾げるのだから。


    「いっそのこと、このセカイの住人になれば、なにかわかるかもしれないね」

     このセカイのことをきっと一番理解しているだろうカイトやミクたち、そしてたくさんのぬいぐるみやオモチャたち。彼らの仲間になれたのなら。類が知らない、知りたいと思うこのセカイのことも、もっとよくわかるのかもしれない、なんて。
     ほんの冗談のつもりで、ネコのぬいぐるみを撫でながら類が呟いた瞬間、真昼の空に、きらりと一瞬、星が瞬いた。


     その日もまた、類はいつものようにひとりでセカイを訪れていた。新しく使ってみたい舞台装置が思い浮かんだから、類の作る機械に興味のあるレンに、話ついでに一緒に買い物に行かないかと、誘うつもりだった、けれど。
     セカイに着くと同時に、白く染まった視界が晴れて、ふと、いつもと視界が違っていた。空が遠い、というよりは、近くに咲く花も、遊具も、その全てが巨大に見えた。
     どういうことだろうかと、瞳を瞬いて、歩き出した瞬間に、ぽてぽてと、足音にしては軽い音がした。ふと、自分の足元に視線を落とせば、見えたのは細くて丸い二本の足。思わず両手を見れば、そこにあるのも、細くて丸い二本の手。合わせてみれば、ぽふ、と触れた感触はあるけれど、まるで綿でも詰まっていそうなその手に、類はその手で体を探る。
     見つけた固い感触のするそれを、どうにか掴んで、指のない丸い手で、ぽんぽんと、画面を叩く。スマホのカメラ機能を開いて、手前を写すインカメにした瞬間、映った姿に、類は思わず固まった。

     ――画面に映っていたのは、紫色をしたネコのぬいぐるみだった。
     スマホを片手で押さえたまま、空いた手で頭に触れれば、そこにはぴこんと綿の詰まった三角の耳がある。画面の中のぬいぐるみも同じように耳を触っているのが見える。間違いなく、類は今、ネコのぬいぐるみになっている。

     人間のように五本の指がないせいで、画面を丸い手でぽんぽんと叩いて操作するしかない。メールを打つような細かい操作すら出来そうにない。再生リストを開いて、曲を停止する操作なら辛うじて出来そうだ。このセカイから出るために必須な作業はどうにかなりそうだと、ひとまずほっと息を吐く。

     まずはカイトやミクを探して、事情を説明した方がよさそうだと、ぽてぽてと軽快な足音を鳴らしながら類は歩く。目指すのは、カイト達がいつもショーをしているテントだが、いつもなら、ほんの数分でたどり着けるその距離でさえも、このぬいぐるみの足では倍以上の時間が掛かりそうだ。いつも風船でふわふわと浮いているうさぎのぬいぐるみのような移動手段があればいいのにと、思わず類が、小さくため息を吐いたときだった。

     チカチカと、目の前で光が瞬いた。眩しさに思わず手を翳せば、聞こえてきた耳馴染みのある曲に、類は手を下げて、顔を上げる。スマホを片手に持ったまま、類の目の前に突然現れたその相手は、類がよく知っている相手だった。


    『司くん』

     そう、類が彼の名前を呼ぼうとして、その声が、出ないことに驚いた。このセカイのぬいぐるみたちは、みんな動いて喋るのが当たり前だった。だから類も、ぬいぐるみの姿になっても喋れるものだと思っていたけれど、どうやらそこは、他のぬいぐるみたちとは違うらしい。足元にいる類に気づかずに、そのまま歩きだそうとした司に、類は近寄って、ぽんぽんと、司の足に手で触れた。
     それにようやく、司が足を止めて、その視線を足元へと落とす。髪と同じ、黄桃の瞳が類を見て、きょとんと、不思議そうに瞬かれた。


    「む? 見覚えのないぬいぐるみだな……どうした?」

     司が類を見て、こてんと首を傾ける。どうした、と聞かれても、類はそれに答えることが出来ない。気づいてくれないだろうかと、じっと司を見つめる類に、司が困ったように眉を寄せた。


    「……もしかして、喋れないのか?」

     そうして司に尋ねられたそれに、類は頷く。類の反応に、それは不便だなと、司がしゃがみ込んで、そのまま類を抱き上げた。


    「新入りのようだし、迷子かもしれんな。とりあえずカイトのところに連れて行くか」

     渡りに船、司がこのままカイトの元に連れて行ってくれるのなら、類にとっても好都合だった。ぬいぐるみとして、同級生の男子に抱えられているというのは些か不満があるけれど、ぬいぐるみの短い足で歩いて向かうよりは、このまま連れて行ってもらえた方が、断然早く着くだろう。抱えられたまま、じっと、司を見上げれば、視線に気づいたのか司が類を見て、いつものように自信満々に眉を上げて笑う。


    「安心しろ、お前のことはちゃんとオレからカイトに説明をしてやろう! ここには他にも、たくさんのぬいぐるみがいるからな。お前もすぐに仲良くなれるだろう」

     ここでは毎日のようにカイトとミクたちがショーをしているんだと、楽しそうに話す司に、知っているよと、類は思わず小さく笑った。司が誰に対しても気さくなことは知っていたけれど、どうやらそれはぬいぐるみ相手でも変わらないらしい。ここは素直に司の優しさに甘えてしまおうと、大人しく司に抱えられたまま、カイト達にどう説明するべきだろうかと、類は思考を巡らせた。


    「やあ司くん、いらっしゃい」

     ショーテントではいつものようにカイトとミクがぬいぐるみ達と一緒にショーをしていた。ぬいぐるみたちに指示を出していたカイトが司に気づいて、笑顔で出迎えた。


    「カイト、今からショーをするのか?」

    「うん、そうだよ。よかったら見ていってくれたら嬉しいな」

    「ああ、もちろんだ! よかったら、こいつも仲間に入れてやってくれないか?」

     司が尋ねたそれに、カイトが笑顔を浮かべたままそう返す。そんなカイトに、司が抱えていたネコのぬいぐるみ、類へと視線を向けながら告げたそれに、カイトが司と類を交互に見て、きょとんと瞳を瞬いた。


    「おや、その子は……」

    「ここに来る途中で会ったんだが、どうやら喋れないらしくてな。言葉は理解しているようだし、簡単な役なら出来ると思うんだが」

    「……なるほど。それなら少し、彼とふたりで話してみてもいいかな」

    「ああ、お前もそれでいいか?」

     司の言葉に、カイトがじっと類を見つめたまま、ふっと柔らかく微笑んだ。カイトの言葉に、司が類へと尋ねたそれに、類も頷く。司が抱えていた類を、カイトへと渡せば、司は持ってくる物があるからと、テントの奥へと行ってしまった。カイトに抱えられたまま、さてなにから話すべきだろうかと言葉を探していた類よりも、カイトが先に唇を開いた。


    「さて、君は……類くんで間違いないかな?」

     カイトの言葉に、類は思わず、ぱっと、顔を上げてカイトを見た。その反応に、やっぱりそうなんだねと類を見つめたままカイトが笑う。


    『もしかして、カイトさんには言葉もわかるのかい?』

    「うん、ちゃんと声も聞こえるよ。僕も君もこのセカイに作られた存在だからなかな?」

    『僕も? セカイに?』

    「類くんは違うけれど、その姿は、きっとこのセカイが作り出したものだろうから」

     なにか心当たりがあるんじゃないのかな?そう、カイトに尋ねられたそれに、類は思わず瞳を瞬いて、考える。心当たりなんてあるだろうか、そう、思い返して、ふと、前に同じようにカイトとこのセカイと司について話していたときのことが頭に浮かんだ。

     ――いっそのこと、このセカイの住人になれば、なにかわかるかもしれないね。
     そう、確かに類は口にした。このセカイには、わからないことが、知りたいことが多すぎるから。手っ取り早く知るにはそれしかないのではないだろうか、なんて。本当にただの思いつきの、独り言のつもりで。まさかそれが、こんな形で叶えられるとは、類は思ってもいなかった。思わず黙り込んでしまった類に、なにか思い出したみたいだねと、カイトが笑う。


    「今の姿はきっと、類くんの想いが、形になったものだろうから」

    『僕の想いが?』

    「うん、このセカイは司くんが作ったセカイだけど、今はもう君の、君たちのセカイでもあるからね」

     君の想いもセカイに反映されるんだ。そう、告げられたカイトの言葉に、類は少しだけ驚いた。類はこのセカイへ来ることは出来るけれど、それだけだと思っていた。このセカイを形作るのは司の想いで、それ以外の想いが、類の想いまで、セカイに関わるっているとは、想定していなかった。


    「司くんには僕から説明してもいいけど……類くんはどうしたい?」

    『僕は、』

     短い手足に、喋ることもできないこの姿は、決して便利とは言い難い。カイトを頼って、司にも説明をして、元に戻れるのなら、戻った方が、楽だろうとは頭では思う、けれど。もしこの姿が、本当にセカイが類の想いを、願いを叶えてくれたものだとしたのなら、きっと意味があるのだろう。


    「君が普段は聞けないことでも、ぬいぐるみとしてなら聞けるんじゃないかな」

     誰に、なんて、聞かなくても理解が出来た。無意識に視線を、彼が、司が向かったテントの奥へと向けた。類は司のことを、仲間で、友人だとも思っているけれど。それだけだ。その距離が心地よくて。彼と一緒にショーをするのが楽しくて。

     ――司を知るということがそのまま、このセカイを知るということにつながる。
     そう、カイトに言われたときには、そんな話をする間柄ではないからと。機会があれば聞いてみるよと、聞き流していたけれど。カイトの言うとおり、今の状況は、この姿は、チャンスでもあった。

     悩んだのは一瞬で、類は司には説明しないことを選んだ。だってきっと、こんな機会は滅多にない。この小さな姿は不便だけれど、それだけだ。この姿になることで、得られるものがあるのなら。このセカイのことを知ることが、出来るのならば。


    「む? なんだ、カイトと一緒にショーはしないのか?」

     カイトと別れて、テントの戻ってきた司に近付いた類に、司はそう、きょとんと首を傾けた。あのままカイトと一緒に、ぬいぐるみたちに混ざってショーをするのも面白そうではあったけれど、類の興味はそれよりもセカイにあった。
     不思議なセカイで、その不思議な力によって姿を変えられたなんて、まるでお伽噺のような出来事に、類は自然と高揚していた。他にどんなことが出来るのだろう。願えばなんでも叶えられるのだろうか。それとも条件や、ルールがあるのだろうか。類の疑問は尽きなかった。司を知ることがセカイを知るのにつながるのなら、司の傍にいることで、なにかわかることもあるかもしれない。

     司は手に布を持っていた。どうやら奥にそれを取りに行っていたらしい。一体何に使うつもりなのかと、類がそれを見ていれば、司は空いていた椅子に座って、裁縫道具を取り出した。司が裁縫を得意としているのは類も知っていた。類が前に穴だらけにした服を修繕して欲しいと、その恩恵に与ったこともある。新しい衣装でも作るのだろうかと眺めていたけれど、それにしては随分とサイズが小さかった。まるで人形用の服みたいだと、思わずつんつんと布をつついた類に、司が針を持つ手を止めた。


    「なんだ? 気になるのか?」

    『そうだね、何を作っているんだい?』

    「待ち針が刺さっているからな、あんまり触るんじゃないぞ」

     聞こえないとわかってはいても、尋ねられたら答えてしまう。司の言葉に頷いた類に、そう注意をしながらも、司が布を広げて類へと見せた。


    「ぬいぐるみの衣装を作っているんだ」

    『ぬいぐるみの衣装?』

     司が広げた布は、小さなサイズで、まるで絵本に出てくる王子様のような衣装だった。どうしてそんなものをと、首を傾げた類に、ミクに頼まれてなと、司が笑った。


    「オレたちが演じているショーの影像を見せたときに、ぬいぐるみたちも役に合った衣装を着てみたいと言い始めてな。ミクに、なんとかできないかと聞かれて、それならオレが作ってやろうと引き受けたんだ」

     どうせ作るのなら装飾にも拘って豪華にしてやろうと思ってなと、レースやボタンを衣装に縫いつけながら自慢げに言う司に、類は瞳を瞬いて、思わず呆れたように司を見る。


    『ぬいぐるみの衣装なら、探せば既製品が売っているんじゃないかな』

     それを買って持ってくるだけでも十分だったのではないだろうかと、類は思う。確かに司のよう、に細部まで拘るのなら手作りがいいだろうけれど、そこに労力を割く必要性が類にはわからない。ましてここにいるぬいぐるみたちの数を考えれば、非効率的だろうとすら思う。そんな類の考えなんて、読めるはずもないのに、ボタンを縫いつけながら司が言葉を続けた。


    「ぬいぐるみ達には、こどもの頃にショーを手伝ってもらったり、長い間、咲希と一緒にいてくれた恩もあるからな」

     だからぬいぐるみ達が喜んでくれるものを作ってやらんとな、そう、少しだけ瞳を細めて笑った司に、類は思わず黙り込む。類は司が幼い頃のことは知らない。彼の妹は体が弱くて、彼女に笑って欲しくて、喜んで欲しくて、ショーをしていた。いつの間にか、忘れてしまっていたけれど、それが、彼が口癖のように言っている、世界一のスターを目指すきっかけだった。その話は聞いたことがあるけれど。

     足りない役者を演じたのもぬいぐるみ達で、病室でひとりで眠る妹の、傍にいたのも、ぬいぐるみ達だった。彼に、司にとっては、このセカイのぬいぐるみ達は、友達のような、家族のような、そんな特別なものなのかもしれない。それを今更になって、類は知ったのだ。

     ――このセカイにあるものは、司くんの想いで出来ているのか。
     いつ訪れても、このセカイは明るくて、賑やかで。動かないはずのものが動いたり、あたりまえのように空に浮いていたり、見ているだけでわくわくするような、不思議なセカイは、いつの間にか、類にとっても特別な場所になっていた。

     ――どんな想いで、何を想って、司くんはこのセカイを作ったんだろう。
     司本人には、その意志はなく、記憶もないらしい、けれど。もし本人が忘れているだけなら、いつか思い出すかもしれない。たとえ思い出さなくても、司のことを理解することで、わかるかもしれない。このセカイのことを知りたい。それはずっと、初めてこのセカイを訪れたときから、類は思っていたけれど。その気持ちが、前よりももっと強くなっていた。

     ――まずは早急に、話す手段を考えないといけないね。
     司のことを知るには、こうして対話をするのが一番だろう。そのためには、話せないままだと不便だ。準備しなければいけない物を頭に思い浮かべていれば、よほど難しい顔をしていたのだろうか、司がぽんぽんと類の頭を撫でた。今度はお前の衣装も作ってやろと司は言う。類は他のぬいぐるみ達みたいに、司の幼い頃に、彼を助けたわけじゃない。司が恩返しをする相手には含まれていないのだけれど。
     たとえ初めて会ったぬいぐるみが相手でも、あたりまえのように与えられる、司の優しさが、好きだと思った。




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