無題ーー何故、槍を手放したのか。
銃剣のシンプルなシルバーに掘り込まれた獅子に視線を落としながら言われる。そういえば整備が終わったタイミングでの突然の来訪だったため片付けそびれたことに思い至った。
オールド・シャーレアンに所在するバルデシオン分館、冒険者向けとして割り当てられた一室。夜更けに交わした酒の席での問いに、即答は出来なかった。
その僅かな沈黙を不審に思ったのか、銀糸の隙間からアルコールのせいかより鋭くなった眼光が、こちらを睨みつけている。いや、気の知れた"相棒"のことなので実際は心配されているのだと理解しているのだが。
「んー、キャラ被り?」
「俺の方を見るな。それと誤魔化そうとふざけるんじゃない。……そうは言ってもその銃剣はサンクレッドと被るだろう」
「エレゼン成人男性で竜騎士って二重に被るじゃん」
と返しはするものの。蒸留酒を舌で転がしながら盗み見ると、腕を前にして組み腑に落ちぬ、と言った表情をしていた。きっとこれは納得いっていないやつだ。仕方ない、少しだけ素直に答えるとするか。
「ひとつ、より確実に護る為に」
「主語は」
「現実的に言うと手の届く範囲はね。暁のみんなとか、いまだとイルサバード派遣団とか?特にアルフィノアリゼーのことはお母様に頼まれたからね」
「英雄殿の業務は保護者代行も請け負ってるのか」
「でも悪い気はしないよ、なんだかんだ長いこと見守ってたんだ。過度に世話焼くつもりはないけど、折れないよう支えてやりたい」
まあ解らんでもないがな、と向かいの元蒼の竜騎士も蒸留酒を口に含む。つまみが要るだろうとファイアシャードを鞄から取り出し、それを媒介に指先に炎を宿す。皿の上の白い身を数度撫でるとソイソースの芳ばしい香りを纏ってイカ刺しがきゅうっと身を躍らせる。スルメも良いが、これはこれで進むのだ。
「同じ守護職でもお前は剣と盾で護り抜く手段を選ぶと思ったが。腕前も十分だろう」
「何か含みがあるね、得物が違えど忠義の在り方は剣盾の師匠の教え通り、フォルタン式さ」
「得物がそれだと護る対象にお前自身が含まれていないだろう」
「やっぱり解っちゃう?」
「止めろとは言わないが、過ぎるとお前の周りを悲しませることになるぞ」
炙りイカで黙らせる前に先制パンチを喰らってしまったが、まあ状況打開のために突破口が必要になる時が来るから、とだけ言って皿を目の前に差し出す。勝手に無茶するの間違いだろう、とだけボヤいて黙って箸を伸ばす相棒。一緒に炙ってしまったツマだけ避けていく辺りいつの間に箸使いが上手くなったのやら。
「もうひとつは、お前を信じているからだよ」
「なんだそれは」
「その槍で縦横無尽に暴れてくれると信じてる」
「俺は好き勝手やるだけだぞ」
「だから安心して遊撃を任せられるんだよ。それでこっちが前線で窮地に陥ったらゼノスん時みたいに回収してくれ」
これはその前貸、と言いながらも炙りイカをひと刺しだけ頂戴する。ついでに避けられたツマ達も。
「ああ。背中は任せておけ」
そう言って相棒はこれ以上報酬は減らされまい、とイカの乗った皿をそっと手元に寄せた。