無題誰に似たのか俺の腹にいる赤ん坊はのんびりな性質のようで、予定日を過ぎてもちっとも出てくる様子はない。ネロの出産予定日からもうすぐ2週間になろうとしていた。
のんびり屋のようだが朝は早いらしい。赤ん坊はブラッドリーの隣でぐっすりと眠っているネロの腹の中からぽこぽこと蹴り、蹴られた衝撃でネロはすっかり目を覚ましてしまった。なかなか元気に動き回るものだからネロも二度寝を諦めて、寝室にブラッドリーを残しあくびをしながらキッチンへと向かった。
昨日の夕飯で余ったやつに何品かおかずを足して。寝ているブラッドリーには悪いがネロは1人で朝食を軽く済ませるとブラッドリーのための朝飯にラップを掛けて、着けていたエプロンを脱ぐ。軽く身支度を整えたあと、手にしたトートバッグの中には家の鍵に財布と携帯、ついでに出先で何かあったときの為に、ベインの姓に変わった名前が書かれた母子手帳を入れるとネロは出来るだけ静かにマンションを出たのだった。
ネロがマンションを出て向かった先は特になかった。何しろこれは散歩なのだ。産婦人科のじいさんに散歩をするよう言われてからネロは普段ブラッドリーがいない日中に家の買い物を兼ねて散歩をしていたが、今日はあのまま家にいてもブラッドリーが起きるまで特に何もすることが無かったし、一般人のくせになぜか人一倍物音に敏感なあいつを生活音で起こしてしまうのもなんだか可哀想な気がしたから、日々のルーティーンを変えて朝の散歩に繰り出してみたのだ。
朝の澄んだ空気の中だと普段通っている道でも少し変わった景色に見える。ブラッドリーと共に生まれ育った町のこと。学生時代の仲違いを原因に拗れていた関係性に終止符が打つきっかけになったネロの妊娠。ブラッドリーの隣にいる事が当たり前だった時にも、ましてや拗れていた時期なんて、いつかの自分があいつの子供を産むことになるなんて思いもしなかっただろう。
ネロは頭に浮かぶ思い出やら考え事に思考を浸しながら、気が済むまでマンションの周りを歩き続けた。体に些かの疲労を感じ始めた頃そろそろブラッドリーも起きるだろうし帰るかと決めて、時間を確認しようとトートバッグに入れたままだった携帯を見ると不在着信が数十件。
相手は全てブラッドリーだった。
ブラッドリーはこんなに掛けてきているようだし何かあったのかもしれない。掛け直すかなとネロが画面をタップする前に、今まさに電話をかけようとしていた相手からの着信が入った。
「もしもし」
「ネロ!てめぇ、どこいってたんだよ!?」
耳をつん裂くような音量に思わず、携帯を耳から離す。ついでに音量を下げておくのを忘れない。返事をしないネロに焦れて電話口から聞こえているのかと催促のように自分の名前を呼ぶ声がして、それに軽く謝罪をしながらネロは先ほどの質問に答えた。
「どこって言うか俺は散歩してただけだよ。それよりお前はどうしたんだよ」
「はぁ?どうしたんだよだぁ?!はぁ……本当にてめぇは呑気過ぎてこっちが力が抜けてくんだけど」
「えぇ…何キレてんだよ。もしかしておつかいして欲しいとか?コンビニなら帰りに寄るから買ってきてやるけど」
「…馬鹿だな、お前本当馬鹿」
「はぁ?」
そりゃあ頭は良くはないが、馬鹿馬鹿言われたら流石のネロだって腹が立ってくる。
「おいブラッド用がないなら切るぞ」
「用事の為に連絡したんじゃねぇよ。ただでさえ腹デカいのによ、てめぇが朝起きたら居なくなってたから心配したんだろうが」
「心配?馬鹿だな、ただの散歩だって大丈夫だよ」
「大丈夫かどうかはてめぇが決める事じゃねぇ、つーかそんなに散歩に行きたかったんなら俺様も叩き起こして連れてけばいいだろ」
ブラッドこそ、そんなに俺と散歩に行きたかったのか?それならまぁ今度からはそうするよ。なんてネロのちっとも分かってない返事が返ってきて、ブラッドリーは更に脱力するしかなかった。
コンビニを出たと連絡があってすぐ、ネロはブラッドリーと合流した。わざわざ迎えに来なくていいのにとネロは笑ったが実際は迎えにきたのではなくブラッドリーは、不在に気づいてから家を飛び出してネロを探し回っていたのだ。
妊娠してからネロの好物になったみかんのゼリーと似合わないからと本人は公言しないもののブラッドリーの好きな桃のゼリーが入ったコンビニ袋をブラッドリーはネロから奪い取ると2人は帰路へとついていった。
軽い運動をしたせいか、それとも妊娠している影響か。帰宅後暫くしてうとうとと微睡み始めたネロをベッドに運ぶと後ろから抱き締めるようにしてブラッドリーは二度寝についた。
それから数時間後、突然産気づいて青い顔をしたネロに叩き起こされたブラッドリーは大層慌てた。そのせいで逆にネロが冷静に慣れたほどである。
あいつと20年来共にいたけど、あんなに慌てたブラッドは初めて見たのだとお祝いとお見舞いを兼ねて訪ねてきた友人に対して、ネロは柔らかな表情で語った。