とある人魚姫の末路【賢者様と小さな魔女 登場人物】
ルーナ:勤勉な気難しい10歳の大人びた少女。村人を助けようとした結果、魔女扱いされ処刑されそうになっていた所を、巡りあわせで賢者様と呼ばれている男の基に引き取られる。賢者様の助手のような存在だと本人は思っている。賢者様は飄々としていていけ好かないが、内心無自覚で好いている。
ステラ:ルーナの双子の妹。もとは病弱だったが、賢者様の基で療養するうちに今はすっかり元気になり本来の活発な性格が垣間見える。将来的にルーナと賢者様がくっつけばいいと思っている。
賢者様:違法の医者というか薬屋のようなもの。怪しい裏通りに店を構えているが、本人は飄々と表通りの街をよくだらだらと歩いているし素性をとくに隠していないため、周囲から受け入れられている。医学的に証明されないような魔法のような薬を処方するため「賢者(魔法使い)様」と呼ばれている。見た目はぼさぼさの長髪の小綺麗な顔の青年だが、本名も実年齢も不明。薬を売るのは、金銭ではなく、「薬を得て叶えたい願いとその経緯を聞いた後、面白そうだなと思った相手」にのみ話の対価として渡すという変わった薬屋。
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とある音楽ホールにて公演を終えた歌手を二人の姉妹が見ていた。
ステラ「あの歌姫、何年も前から居るらしいけど、全然老けてみえないよね。肌が綺麗で羨ましい…」
ルーナ「…そうかな?」
ステラ「ん?なに、お姉ちゃん。もしかして僻み?」
ルーナ「なっ、違う!確かに綺麗だけど、白すぎてちょっと心配になるレベルというか…」
ステラ「うんうん、わかるよ!まるで白魚のようだよね~」
賢者「白魚の肌かぁ…ああそうだ!そういえば昔、ここの講演で人魚姫の話がやっていたね」
ステラ「あっえ??けっ、賢者様、いったいどこから…!?」
ルーナ「はぁ、またどこからともなく現われては突拍子もなく話かけてくる…」
賢者と呼ばれた長髪の男がどこからともなく現れ、姉妹の前に現れた。
賢者「やあ、どうも二人とも。私も今日の講演を観たくて足を運んだんだ。」
ステラ「あ!それなら先に言ってくださいよ~!3人で一緒に観に来たのに」
賢者「ふふ、さすがに家族水入らずの場に入るのは悪いよ」
ステラ「そんな事ないですよ…お姉ちゃんと結婚すれば…」
ルーナ「ステラ」
ステラはルーナが本気で怒っているのを感じ、バツが悪そうな顔をした。
ステラ「…んもう、悪かったって。そういえばさっきの昔やってた人魚姫の話って最近は見なくなったけどここのメイン講演だったんですよね?賢者様」
賢者「そうだよ。どう、その物語の内容知りたい?」
ルーナ「ふん、人魚姫ですよね…もし人に恋して最終的に泡になって消える話なら私も知ってます。」
賢者「いやぁ~!さすがルーナ先生、博識だね。だけど、この物語では彼女は泡にはならなかったんだ…どう?少し、興味がわいたかな」
ルーナ「…まあ、少しは」
賢者「ふふ、…これは、ある海辺の街で出会った画家の男とその甥と人魚の話だ。」
気になるという返答に満足そうにしながら、賢者と呼ばれた見た目青年の男は話を語り出した。
賢者「あるところに海辺に1人で暮らす、しがない画家がいた。男は独創的で気難しく周囲から浮いていた。更に、もとは貴族の出なのに家督を継がずに画家という道に進んだ事も良く思われてなくて、身内から勘当されてしまっていた。
そうして自らの意志を貫き、画家になった男だが、上手くは行かなかった。
男の描いた絵は残念ながら、どれも人々の興味を惹ける代物ではなかった。
それでも気にせず黙々と絵を描き続けていた男だが、ある日ふと糸が切れたようにアイデアが浮かばなくなり、筆が止まってしまった。
…そんなとき、普段は聞こえないはずの潮騒がどこからか聴こえてきた。
普段から引きこもりの男だったが、気づけばその音に誘われるように海岸へと足を運んでいた。するとそこには、なんと岸に上げられた意識のない人魚がいた。
男は心底驚いたが、好奇心からか人魚に手を差し伸べ、声を掛けた。するとどうやらこの人魚は空腹なのではと察し、自分のカバンの中からデッサンで使う消し具用のパンを取り出し咄嗟に差し出した。
それを口にした人魚は生気を取り戻し、男に感謝の意を込めて、自ら頬を男の掌に摺り寄せたが、彼は恥ずかしさと持ち前の気難しさからか人魚を遠ざけて、そのまま海岸を走り去って行ってしまった。
しかし途中で思い止まり、再び海岸へ戻るが、その場所には既に人魚の姿はなかった。あの日の人魚を忘れられなかった男は、その後も何度も海岸へ向かうが再開することは無かった。
その後、男はあの時の人魚が忘れられずその姿を何年もかけて描き続け、描き終えたと同時にその生涯を終えた。」
スピカ「なるほど~!あじゃあ、次の展開わかったよ。ふふん…その人魚の絵がすごい評価されたって展開だ!」
スピカがドヤ顔をして指を指してくるが、賢者は待っていた反応のように「違うよ」と笑顔で応えた。
賢者「残念ながら、その長年かけた大作も人々から賞賛も評価もされる事はなかった。ただ男の甥だけは評価していた。
甥は画家に憧れていて彼の絵も生き様もとても好きだった。ゆえに見窄らしい生涯を終え、貧相な墓に埋葬されるのを見てとても哀れに思い、せめて叔父の願いを叶えてやろうと、メッセージボトルを用意した。
叔父が観たという人魚のもとへ届く事を願い、ボトルの中に叔父の描いた人魚の一枚絵と、彼の遺骨とパンを少しずつ入れ、海へと流した。
それから季節が巡り、一周忌に甥は再び叔父の墓の方へと向かうが、その時ふと忘れかけていたメッセージボトルの存在を思い出し海岸へと向かった。
正直、期待していなかったが、いざ海岸に着くとそこにはキラキラと輝く何かがあった。
近くで見るとそれはメッセージボトルだった。
拾い上げると、かつて自分が流したボトルの中に、真珠が大量に敷き詰められていたのだ。
甥はその真珠を人魚のお礼(哀悼の涙)だと思い、換金して叔父の墓を立派な物に建て替えた。…そんな物語だよ。」
ルーナ「なんか、人魚姫の話というより鶴の恩返しの方が近い感じのお話ですね」
賢者様「ふふ、確かによく聞くお話らしからぬ内容だよね。でも私的には…」
従業員「おーい!お客さん、午前の公演はもう終わったんだ。悪いがこれから午後の公演の準備をしなくちゃならないから立ち話は外でしておくれ」
「さあ、帰った帰った」と従業員にセリフを遮られるが、それを見越していたように賢者はにっこりと不敵な笑みを浮かべ、この会話を終わりにした。
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このお話には続きがある。
甥は大人になった後、叔父と同じく家督を継がず、叔父の墓を建て直しても余ったお金でレインパールという音楽ホールを立ち上げ、そこのオーナーになったのである。
彼は、演劇でこの画家と人魚の話を後世に伝えようと思い、劇団員と歌手を募ったのだ。
賢者「なるほど、それでその講演歌手のオーディションを受けたいから、脚を二本する薬が欲しい…と。ふふ、いいね。とても興味をそそられるお話だ。いいよ、調合してあげる。」
自走式の車椅子に乗り、足先まで隠れるひざ掛けをした依頼者と対面した賢者様は愉快そうに手を差し伸べた。
確かに、この結末は、人魚姫らしからぬストーリーだ。「…でも私的には、1人の人間の為に声もその命も差し出す人魚よりも、その綺麗な声を活かして生きる道を選んだ人魚の方がよっぽど面白くて続きが気になる」とあの時、そう思ったんだ。