いたずら「ハロウィンっていうイベントがあるらしい。知ってるか? 睡骨」
地獄に落ちて何日、何ヵ月、何年経っただろうか。時間がわからなくなるほど睡骨はここで過ごしている。問いかけてきた目の前の男、煉骨も大差ない。落ちてきたのは向こうが数日、後ではあったが。
「知ってるぜ。蛇骨から聞いた」
「なんだ、知ってんのか。つまらねぇな」
少しだけ口を尖らせて煉骨がそう言う。睡骨が知らないと思って話題をふったのだろうが、ちょうど数日前に蛇骨から話を聞いたばかりのところだった。
「まあいい。知ってるなら話は早い」
ふふん、と笑ってそう言うと煉骨は楽しそうな表情を浮かべる。なんだ、と睡骨が思った次の瞬間だった。
「trick or treat?」
知ってる男から発せられた流暢な外国語に睡骨は面食らった。言葉の単語とその意図は蛇骨から聞いて知ってはいるが、こんなに美しく発音されるとまるで違った言葉のように聞こえる。呪文のようだ。
「なかなかうまいじゃねぇか、外国語。話せるのか?」
「まさか。で、どうなんだ? 菓子と悪戯、選ばせてやる」
「ずいぶんな言い方だな」
苦笑しながら懐から包みを取り出す。開いた中には小さなおはぎが一つ入っていた。
「ほらよ、これでいいんだろ」
「お前、こんなもの持ち歩いてるのか?」
「蛇骨から聞いたって言っただろ。あいつに言われた時のために持ち歩いてたんだよ。てめえにやることになるとは思わなかったけどな」
「なるほどな……」
納得しながらその場で一口サイズのおはぎを口に放り込む煉骨。それを食べ終わったのを見て睡骨が口を開く。
「うまかったか?」
「ん? まあ、そうだな。悪くない」
「そうか」
にやりと睡骨が笑う。その笑みに煉骨が疑問を感じた時だった。
「トリック・オア・トリート」
睡骨がそう口にする。その言葉を聞いた煉骨は目を丸くした。
「え……」
「甘いものの類は持ってるか、煉骨」
睡骨の言葉にはっとする。何も持ち合わせてなどいない。つまり……
「持ってねぇなら、悪戯するしかねぇよな」
そう言って睡骨がぐい、と煉骨の手首を掴む。慌てて煉骨は逃れようとするがすでに遅い。腕ごと体を引き寄せられ睡骨との距離が近づく。
「ま、まて、睡骨! てめえ……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。先に仕掛けたのはそっちだろ」
「まっ……」
騒ぐ唇を自分のそれでふさぐ。おはぎの甘い味がする。
呪文を唱えた悪戯はまだ始まったばかり。菓子より甘い行為に耽って、この奇妙なイベントを楽しむとしよう。
そう思う睡骨であった。