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    amatuka_ok

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    amatuka_ok

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    スグリ視点を読まないと訳が分からない内容になっております。

    注意

    ・超捏造
    ・ソウリュウシティ氷漬けをツバが幼少期に経験している都合のいい時間軸の話です。
    ・PTSD、トラウマのような表現があります
    ・ツバの自己肯定感が低すぎる


    当方、小説というものを初めて書いたので、大変読みづらい怪文書となっております。

    融解(カキツバタ視点)カキツバタ視点

    𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄


    寒い。寒い寒い寒い。
    痛い、暗い、怖い、寂しい。

    カリッカリッ···パキン。冷ややかな音と共に、凍っていく室内。窓や外に出る扉等はすっかり氷で固められてしまい、子供の自分ではどうすることも出来なかった。
    白粉をはたいたようにキラキラと輝く氷の壁は、小さな少年に恐怖を植え付けるのには十分すぎて。
    手足の感覚が段々となくなり、意識が朦朧とする。腕の中のキバゴの体温が少しずつ冷たくなるのを感じた。
    オイラたち、ここで死んじゃうのかな。

    薄れゆく意識の中、ぼんやりと紫の髪を揺らす小さな少女の姿が浮かんだ。

    あの子のように強ければ。
    キバゴだけでも守れたのかな。

    ごめんなさい。オイラが弱くて、出来損ないで、頑張れないから。
    頬を伝う涙もしばらくすれば凍てつく氷の欠片となり、暗い記憶はそこで途切れていた。


    「······っ······すぐ、···り···?」


    目を覚ますと、視界には保健室の真っ白い天井が映り、気配を感じて視線を移せば、自分が横になっていたベッドの横には、なんとも形容しがたい、困ったような表情で座る元チャンピオン様の姿があった。自分の声を聞くなり、ハッと顔を上げ、オロオロした様子で近寄ってくる。

    これは、やったなぁオイラ···。

    記憶は、ある。
    忠告した瞬間に足を滑らせたスグリを庇って湖にぼちゃん。凍るような温度の中に急に投げ出された体は、忘れようとしていた記憶を呼び起こさせ、理性もなくして叫んだ。スグリに怒鳴り散らした。それはもう、しっかりと、覚えている。
    後輩であるスグリにあんな痴態を見せるとは、何たる失態。それに、さぞかし不気味で怖かったことだろう。わけも分からない理由で先輩の本気の咆哮を食らうなんて。
    とりあえず体を起こそうとすれば、水面に打ち付けた後頭部がズキンと刺すように痛み、思わず枕に頭を戻してしまう。それを見たスグリは更に焦りの表情を浮かべ、介護するように上体を抱えてきた。
    酷い態度を取った上にこんなことさせるなんて、さすがに申し訳ないし、何より正直恥ずかしい。
    まだ体が万全の状態じゃないのか力が上手く入らないが、やめるように促してみる。効果はいまひとつのようだ。それどころか彼の瞳には満足そうな色が混じっていた。


    「どう?体の調子」
    「んー、まぁ特に何も?沢山寝かせてもらったみたいだし、カワイイ子に囲まれてツバっさん幸せもんよ」


    幸い先程の件も蒸し返されないし、このまま忘れたことにしてしまおうか、なんて狡い考えが過ぎる。そんな事を思ってしまうくらい、自分にとっては受け入れ難い記憶なのである。あぁ、情けない。
    とりあえず、体の節々が痛くて、あまり気分も良くないが、スグリには安心してもらいたかった。無理やりヘラッと笑顔を貼り付ける。これは得意だ。
    布団の中でもぞもぞと動き回るアチャモは、きっと自分のことを温めてくれたのだろう。布団の中でもふもふと頭を撫でる。
    己の手は、確かに震えていた。
    そっか、オイラまだ怖いんだ。
    手の震えは止まらないが、幸い布団の中に隠れているので、出さなければスグリにはバレないだろう。
    自分は大丈夫。大したことないという態度をとって見せれば、彼に似合わぬ低く重い声で、名前を呼ばれた。ドキリとする。
    はいはい、元チャンピオン様は全てお見通しですか。
    林間学校から帰ってきた彼の目は少し変わった。目つきという点でもそうだが、視野が鋭くなった。
    バトル中、ポケモンの心の奥の奥まで見通すようなその金色の瞳は、ゾクリ···と嫌な快感を感じさせ、見透かすような視線に囚われれば、足の先まで冷たくなる。
    今自分に向けられている目は、それに似ていた。オイラは相手のポケモンかい。
    今の彼に誤魔化しは通用しないと確信し、ぽりぽりと頭をかいた。
    体の不調に関しては、彼が介抱してくれたのだろう。話しておく義務があるよな。
    しかし、溶けることの無い心の傷を打ち明ける勇気は、自分になかった。


    「手と足の指の先。あとは···背中?が痛むかねぃ。まぁ背中から落ちたみたいだったし?そんくらい」
    「頭は。頭も痛いんだろ。」
    「あー、そうだね、頭もですよ」
    「カキツバタ、ちゃんとこっちさ見て」
    「っ···」


    正直、これ以上弱々しい情けない自分を見られるのが嫌で、少し意地悪をして不貞腐れたように答えてみる。このままいくと、本当にトラウマのことまで知られてしまいそうで。それは嫌だった。

    あの最悪な関係から、やっとこうしてバトルをする仲にまで戻れたのだ。オイラとしても、スグリのことは1人のトレーナーとして気に入っていて、ここで変に自分語りをして、引かれて、また距離を取られるのは、苦しい。いや、本当に理由はそれだけか?

    オイラの冷たい返答にも、彼が怖気ずくことはなく、かえって逆効果だったようで、自分の煮え切らない態度はスグリの積極性に火をつけたようだ。
    ぐい、と自分より一回り小さな手が肩に乗せられ、優しくだが確実に力を込められた。反動で顔がスグリの方へ向く。ポーカーフェイスは得意であったが、どうも今は自信が無い。思わず逃げるように視線を外せば、ムッとしたような表情の彼が視界の隅に入る。

    あ、なんか変なスイッチはいったな。と直感的に感じたものの、気がつくのが遅すぎた。言い訳する間もなく、スグリは覆い被さるようにして、ベッドに乗り上げてきた。逆光になって影を被った彼が視界をめいっぱい占領するが、その目だけは一筋の輝きを放っていた。目を合わせたら全部バレてしまう。暴かれる。と、本能的に感じるが、それすらもお見通しなのか、肩に乗せられていた手はいつの間にか頬へと移動し、両手で顔を包み込むようにして、視線の逃げ場を塞がれる。

    まずい。これは。

    心臓の音がうるさい。怖いのか?まさか。
    じゃあなんで。
    本当に嫌だったら押しのけてしまえばいい。こんなガキ。しかし、嫌というのとはまた別のような···。
    というか、まだ手の震えは全く納まっておらず、押しのけるなんて不可能で、混乱しそうな頭を落ち着けるために、爪が食い込むような力で拳を握りしめた。痛みは思考を現実へと引き戻した。


    「お、おいおい元チャンピオン様?この体制はちょっとさぁ···」


    そうだ。こんな押し倒して、頬に手を添えるなんて。ちょっといかがわしいんじゃないか?そういうの良くないと思います。
    自分ならともかく、パーソナルスペースをしっかりと保つ印象のある彼が、こんなふうに距離を詰めてくるのは予想外であった。
    こんな怪我人放っておけばいいのに。いや、なんだかんだ正義感の強い優等生の彼は、自分のような人間でも弱っていれば気にかけてしまうのだろうか。まぁそもそも今回の原因は彼にあるし、無理もないか。
    しかし、この手を見られるのは、本心を見透かされるのは、嫌だ。怖い。


    「まだ何か隠してるだろ。言って」


    だって自分は、人に縋っていいような人間じゃない。努力も出来なくて、どうしようもなく弱い出来損ない。
    自分の弱さを見せることで、スグリに距離を取られることが嫌なのは本当だ。しかし、ここまで頑なに本心を隠してしまうのは、いつかのように、幻滅されるのが、諦められるのが何よりも怖いからだった。

    わかっている。トラウマを思い出してしまって手の震えが止まりません。と言ったところで、スグリがドン引きしてこの場を離れるなんて、そんな訳ないこと。
    でももし、なんだ、こんなものか、と諦められてしまったら?嫌だ。もう、見捨てられるのは。

    しかし、本当は、誰かに縋りたい。怖かった。自分はこんなに頑張ったのだ。認めて欲しい。
    助けて。
    そんな醜い望みを抱いているのもまた、真実であった。


    「······。···隠してな」
    「目ェ見ろ」


    お姉様のようなドスの効いた声に思わず体がびくりと跳ねる。あの姉にしてこの弟あり。ヤクザか?
    頭ではダメだと、ストップをかけていた。
    心配されて、頭を撫でられたいのか?
    ちがう。知られちゃいけない。こんな。
    わかってる。だめなのに。

    鋭く、それでいて優しさを秘めた瞳に吸い込まれる。あぁ···この目は、オイラを助けてくれるのかな。

    言うことを聞かない身体は、いつの間にか降参の白旗を上げ、怯える両手はついに重たい布団から救済を求め、抜け出した。


    「降参ですよぃ」


    震える手を見た彼は、驚くような表情を浮かべていた。
    じわじわと後悔が脳を埋め尽くす。やっぱりやめておけば良かった。
    かっこいい先輩で居たかったのに。3留してるけど。
    自分なんかとは比べ物にならない、優しい心を持った彼を利用して、慰めてもらおうと、縋ろうとするどこまでも醜い己に反吐が出た。


    「え、···さ、寒いの?」
    「いーや全然?むしろアチャモ達のおかげで暑いくらいだね」
    「だよな···もう寒くないよな···じゃあなんで震えて···」
    「···ほんとに、なんでだろうねぃ」


    何故なのだろう。
    氷の牢獄から助け出されたあとは、しばらく、ドリンクに入った氷を目にするだけで、嘔吐を繰り返すほどだった。フリージオやバニプッチ等のこおりタイプのポケモンたちを直視することが出来ず、毎日怯えていた。
    祖父も、あの子も、そんな自分に嫌な顔ひとつせず、気遣い、『大丈夫』と優しく声をかけてくれた。
    ずっとずっと自分だけが、弱かった。
    安心させるように笑いかける彼らが、嫌で嫌で仕方ない自分が、何よりも嫌いだった。いや、今だって大嫌いだ。
    学園に入学し、チャンピオンになって、これは与えられるべき罰だと、毎日ポーラエリアに通った。何度あの雪の中で、蹲ったことだろう。手持ちのポケモンに迷惑をかけたことだろう。
    特に夜は苦手で、暗く静かな世界は、あの悪夢を思い起こさせるには十分すぎるシチュエーションだった。

    ポーラエリアの光景に何も感じなくなる頃には、泣き方を忘れてしまっていた。吹雪の中半袖でいても、寒さを感じなくなってしまった。
    心は犠牲になったかもしれないけど、大丈夫。
    これで少しは、あの子に近づけたかな。
    はは、自惚れるなよ。屑め。
    こんな姿、もう見せられないなぁ。
    そうやって楽な方へ楽な方へ逃げ続け、気がつけば留年だ。


    「さっきは怒鳴って悪かったな。ビックリしただろ」


    聞かれていることには答えた。言いたいことは言った。はずだ。
    スグリ。ごめん。
    気持ち悪いよな。びっくりするよな。
    もう限界で、彼の手を払い、布団の中へと逃げ込む。

    また逃げるんだ

    ガキの頃のオイラの声がこだましたようだった。うるさいやめろ。

    スグリからしばらく返答はなかった。
    表情が見えないので分からないが、何か考えているのか、はたまた呆れたのか。
    あーあ、明日からどんな顔して会おうかな。
    なんでこんなことになったんだっけ。
    もうどっちでもよかった。どうでもいい。

    いつのまにか布団の中にアチャモはいなくて、急に体が寒くなったのは、胸がじくじく痛むのは、きっとそのせいだろう。

    ぎゅ、と目を閉じる。せっかくベッドなんだし、寝ちゃおうか。現実から目を逸らし、思考を2転3転させていれば、投げ出していた今だ小刻みに震える手に、あたたかな指が絡められた。
    優しくて、ぽかぽかする彼の手は、どこまでも希望を差し伸べてくる。ダメだ。振り払わなきゃ、···いけない、のに。


    「カキツバタ」


    やめてくれ。もう。
    見捨ててくれよ。


    「顔さ、見して。」


    放っておいてくれ。
    そんなふうに、問いかけるな。
    期待なんか、するな。


    「話そう」


    穏やかな声が、パネルに投影された夕焼けに色付けられた保険室に静かに響く。
    ぐらつく脳みそを無理やり動かし、どうにか言葉を紡いだ。


    「悪かったよぃ、驚かすようなこと言って。
    まぁでも?すっ転んだのはスグリだし」
    「うん。あんなわや焦った顔のカキツバタ初めて見たべ」
    「そりゃかわいい〜後輩がすっ転んで頭でも打ったら大変ですからねぃ」
    「···俺じゃあ頼りない?···ハルトみたいに強くないと、不安?」
    「なっ、んでそこでキョーダイが出てくんだよ···。そーゆーの···よくないとおもいまーす···」


    突如出たキョーダイの名前。何故そこで彼の名前が出るのか。
    違う。頼りない訳じゃない。
    現に彼は、バトルだって自分より強いし。
    心だって、きっとずっとずっと強かで。

    気づけば自分の視界は毛布の外に向けられていて、金色の瞳がパチリ合う。しばらく見とれていれば、片手から暖かい彼の手が離れていった。まだ、握っていたかったななんて、口が裂けても言えない。
    離れた手は、彼の後頭部へ伸びたかと思えば、しゅるりとヘアゴムが解かれ、紫がかった黒髪が重たげに重力に従って落ちる。
    いつも姉の後ろに隠れて怯えた表情を浮かべる、以前の彼の姿が過った。あれからそんなに時間は経っていないのに、本当に彼は変わった。もちろん良い意味で。


    「おー···久しぶりに見たねぃ。それ」
    「俺もな、怖くて怖くて仕方なかったんだ」


    ぽつりぽつりと語られたのは、彼の辛く苦しい思い出だった。林間学校でハルトと色々あったというのは何となくゼイユの口から聞いていたが、詳細を耳にするのは初めてで。

    ずっとずっと憧れていたポケモンが、ずっとずっと頼りにしていた姉が、何もかも持っている、特別な人間に奪われてしまい、残ったのは絶望が入り交じったぐちゃぐちゃな感情だけ。
    聞いているだけで辛くなるような話だ。
    それを彼は乗り越えたのだ。
    ずっとずっとトラウマを引き摺って、いつまでも怯え続ける自分とは違う。

    しかし彼も1人でそれに打ち勝った訳では無い、周りの人間に助けられ、支えられた。そしてその周りの人間には、どうやらオイラも含まれているらしい。
    与えられる覚えのない感謝の言葉をかけられ、もう既にボロボロに壊れていた本心を覆う鎧から、ついにバキッと壊れる音が聞こえた。
    SOSを求める心がそこからこぼれ落ちるが、それだけでは無かった。
    気が付かないふりをしようとしていたもうひとつの感情が溢れ出す。

    ぎゅ、と握られているもう片方の手に無意識に力が篭もる。
    あぁ、どうしよう。

    彼のことが、好きだ。

    酷く優しくて、強い、可愛い可愛い後輩。
    本当はずっと前から分かっていた。
    ずっと見ないふりをしていた気持ち。
    1度溢れ出してしまえば、それに歯止めをかける力なんて、オイラにはなくて。

    すこしだけなら、いいかな。なんて。
    どこまで自分の意思は、弱いのだろうか。
    ずっと絆されて、言い訳してばかりだ。
    自分はどうしようもない屑で、スグリとは違って人に縋っていい身分じゃない。だけど···。

    握っていた手を引き、力のまま引き寄せれば、一回り小さな体はぱたんとこちらに倒れてきた。
    そのまま被っていた毛布に引き込み、向かい合わせになるようにして、顔を近づける。
    ぶわっと真っ赤になった彼の体温がこちらまで伝わってくるようだった。愛おしくて仕方がない。
    慌てる彼の頬をふにふにと続きながら笑う。


    「ふはっ、顔真っ赤。先にオイラのこと押し倒したのは元チャンピオン様だろぃ?えっち」
    「え、えええ、っ···ち!?んなわけねぇべ!て、てか近ぇんだけど!」
    「えー?オイラの顔見たかったんだろ。ほら、間近で見れるぜ」
    「うっ······」


    あーあ。ずっとずっと今この瞬間が続けばいいのに。他に望むものなんて、ないなぁ。

    彼のことを好いている。その気持ちに気がついてしまった。
    スグリは、いつもキラキラしていて、壁にぶつかっても環境のせいにせず、努力が出来る人間だ。
    自分みたいな奴が、特別な好意を抱いていい人間ではない。
    ずっとずっと先延ばしにしていた卒業へ、踏み出す時が来たようだ。それもすぐにできる訳じゃない。自分は、この気持ちを卒業まで上手く押え込めるだろうか。だめなら、退学···。
    どちらにせよこの学校を出たら?地元···には戻りたくない···。いや、今はもうガキの頃の自分とは違うんだ、ポケモンたちがそばにいてくれるならどんな遠くだっていける。そうだ。遠くへ行こう。
    誰もオイラのことを知らない地で、この思いは忘れよう。

    だから、どうか、今だけは。

    ぎゅっと、未だ驚いている彼の首に手を回し、首元に顔を埋めるようにして抱きついた。
    密着した体からダイレクトに彼の鼓動が伝わってくる。ということは自分のどうしようもなくうるさい心臓の音も伝わっているわけで。まぁ、もう、いいか。
    抵抗はされていない。ということは、拒絶するほど嫌という訳では無いのだろうか。それともこちらが怪我人だから?


    「か、カキツ······」
    「オイラな、ソウリュウシティってとこで生まれたんだよ」


    誰にも言ったことなんてなかった。
    言ったって何も変わらないし、同情されるのはゴメンだ。
    でもスグリが聞いてくれるのなら、最後に少しだけ、オイラのことを知って欲しかった。
    怖かったこと、寂しかったこと、その思い出の一つ一つが未だに胸に鋭く突き刺さっていたが、彼にうちあけることで、それが和らいだような気がした。手の震えはもう、止まっている。
    多分オイラの言っていることはめちゃくちゃで、上手く整理出来ていないが、スグリは急かすことなく、ただゆっくりと手を握って聞いてくれていた。
    口の中が酸っぱくなる。目頭がじわ、と熱くなり、口から出る声が弱々しく震える。
    どうにか言葉を絞り出せば、ぽふ、と後頭部に彼の手の感触を感じ、それは撫でるようにわしゃわしゃと揺すられた。あたたかい。落ち着く。
    スグリのくせに。
    「生意気」
    と指摘すれば、くすりと笑い声が漏れる。


    「あーあ。話すつもり無かったのにねぃ。チャンピオンがしつこいからさぁ」
    「ん。しつこくしてよかった。手、震え収まったな」
    「もー!いいからそーゆーの言わなくて!ってゆーかほかのリーグ部員とかにこーゆー話すんなよ?ツバッさんのクールなイメージ崩れちゃうからねぃ」
    「言わない。言わないから、もっと俺の事さ頼って欲しい」


    どこまでも優しい彼の言葉に、素直に縋れる自分であったなら、どれほどよかっただろう。
    しかし、自分にはこれで、十分なのだ。好きな人に抱きついて、撫でてもらって、嫌な話を聞いてもらって、幸せだ。幸せすぎる。
    だからスグリにも、幸せになってほしい。
    自分に彼の横に立てる資格は無いけれど、未来を願う気持ちに嘘はなかった。
    好き。大好きだよ。スグリ。

    部屋を赤く照らす人工の夕焼けを学園で見たのは、この時が最後だった。




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