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    らくがきとSSと進捗/R18含
    ゲーム8割/創作2割くらい
    ⚠️軽度の怪我・出血/子供化/ケモノ
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    2019/09/04 過去作投稿
    『燈火』収録
    ※幼少メレフ捏造あり
    ---
    web再録の機会がなかった話。500文字SSの「星を見る」が元になっています。

    ##SS
    ##Xb2
    ##Xenoblade

    燈火「……私と同調したドライバーについて知りたい――ですか?」
    「そうだ」
    少女の言葉に、カグツチは日記を綴る手を止めた。振り向いて見た先にいた少女――メレフは、何やら期待に満ちた目でカグツチを見つめていた。
    「前にも言ったろう、宝珠であるおまえにふさわしいドライバーになりたいとな。そう、おまえは『帝国の宝珠』……、そして、父上や我がスペルビア血族のブレイドだった」
    ハキハキとした子供の声が、二人のいる部屋の中で響く。
    「わたしは父上や陛下のように、この国の守り手となりたい。だからカグツチ、おまえと同調した者達についてわたしに教えてはくれないか?」
    蒼いブレイドは、使命感に溢れた緋色の丸い瞳に僅かに気圧された。カグツチは何も言わず、そう請うた主人をただ見つめ返していた。
    「……む、ああすまない。別におまえの日記を見せろなどと言っているのではないんだ。ただ、おまえがわたしに教えてもいいと思った事だけで構わない」
    何も言わずにいるカグツチの様子が気になったのか、メレフは訂正するように言葉を続ける。急な頼みに戸惑いを与えたのではないかと案じたのだろう、少女は少し申し訳なさそうに笑ってカグツチを見た。そのメレフの言葉に、カグツチも慌てて返答をする。
    「……はい、メレフ様のお望みならば。ですが私も、まだあの日記全てに目を通しているわけではありません。もうしばらくお時間を頂ければと思うのですが……」
    「本当か?」
    その時、心底嬉しそうな声と共に少女の瞳が僅かに輝きを増した――ように見えた。メレフはカグツチに向け、無邪気な笑顔を見せた。
    「ありがとう、カグツチ。ではおまえの都合の良い時でいい、また話を聞かせてくれるか」
    「承知致しました」
    カグツチはメレフに向けて恭しく頭を垂れる。少女はふと思い出したように部屋の隅にある時計を見やり、もうこんな時間かと呟いた。
    「……と、休憩中に時間をとらせてしまってすまない。もう行かなくては……ではカグツチ、またのちほど」
    彼女はそう告げると、今一度カグツチに向けて笑いかけた。まっすぐな、しかしまだ小さなその背が翻り、少女は分厚い扉を開いてカグツチの部屋を後にした。

    「……『宝珠であるおまえにふさわしいドライバーになりたい』……ね」
    しんと静まり返った部屋に、カグツチの呟きが響いた。重い音を立てて閉じられた扉は、その小さな呟きを外に漏らすはずもなかった。カグツチは一人きりになった部屋の中で、先程まで書きかけていた日記へと目を落とす。
    ——彼女は、自らが口にしていることの意味を真に理解できているのだろうか。
    国の守り手となる。そう言えば、聞こえは良い。だがその『国の守り手』となった誇り高きスペルビアの皇族達がどうなったか――全てではないとはいえ、既に数多の自身の日記を読み終えていたカグツチは、それをよく知っていた。
    「……メレフ様」
    主人の頼みに即座に反応できなかった自分に、僅かな自己嫌悪が湧いた。しかし、『誉れ高きブレイドを受け継いだ自分は戦いに身を置いても構わない』――まるでそう言いたげなメレフの姿を思い出し、カグツチは自身の胸の奥が沈むような心地を拭い去ることができなかった。

    ◆◆◆

    「――ふぅ、そろそろ休憩しようかしら」
    古い紙の匂いがする書庫。その日は任務の合間の休日で、カグツチは朝から書庫にこもって自身の日記を読み進めていた。主人の願いに戸惑いを覚えたとはいえ、受けたからには出来る限りのことを伝えたかった。それに言うまでもなく、カグツチ自身も己の過去をより深く理解したいと思っていたからだ。
    過去の自分が紡いできた様々な記録は、いくら読んでも興味深かった。見知らぬ国。宝珠としてなしてきた任務。出会ってきた人々。ドライバーと共にあった日々。今生のカグツチの身だけでは絶対に知り得ぬあらゆる事柄が、そこに記されていた。
    ……だが流石に昼過ぎともなれば、膨大な量の日記を読み進めるための集中力も落ちるというものだった。カグツチは読みかけていた日記に栞を挟むと、軽く伸びをして席を立った。
    「――カグツチ、いるかい?失礼するよ」
    とその時、呼びかける声と共に出入り口の扉が軽く叩かれる音が聞こえた。カグツチは声のする方へと顔を向ける。それと同時にゆっくりと扉が開かれ、声の主が顔を覗かせた。
    「ワダツミ」
    現れた者の名を口にする。この国の頂点に立つ者と同調した、真白のブレイド。カグツチと同じ肩書き――『帝国の宝珠』の異名を持つ者。
    「何か用かしら。火急の用件なら……」
    「いや、ただここにいると聞いたから来ただけさ。君とこうして話す時間はなかなか取れなかったからね。どうだろう、少し話でもしないか?」
    「話……?」
    カグツチはその提案に興味を惹かれた。
    「今」のカグツチはまだ同調して肉体を得てひと月程度だった。亜種生命体・ブレイドである故に、生まれ出たその時にはひと通りの「常識」が理解できている。その理由は誰も知らないが、ブレイドとはそういう生き物だ。とはいえ、「国家」や「歴史」、己の過去といった知識は肉体を得たのちに「学ぶ」ことをしなければ知り得ない。それもまた、この世の誰も――お伽話の『神』を除けば――分からない事だった。
    「……そうね、いいわ。どうぞ入って。私も貴方から聞きたいと思っていた話がたくさんあるの」
    カグツチは軽く微笑んで了承の意を伝えた。それを受け、ワダツミも彼女に頷き返す。
    「それじゃあ、お言葉に甘えるとしよう」

    カグツチはワダツミを招き入れ、窓際の椅子に案内した。ありがとうと一言告げて腰掛けた彼は、対面のカグツチの顔をまじまじと見つめた。
    「……しかし、懐かしい姿だ。まあ、君自身は私の事を覚えていないと思うのだが」
    「……そうね。『貴方』について、私の知っている事柄はまだ少ない。でも私と貴方は、ずっとこの国の重要なブレイドとして受け継がれてきた……それくらいは知っているわ」
    カグツチはまだ眼前のブレイドに対し、特に感情を抱かなかった。知っているのは、自身と同じ『帝国の宝珠』であること。同じく帝国の皇旗として数多くのスペルビア皇族と同調し、受け継がれてきたこと。そしてそれは、何百年という長い時間、続けられてきたということ――ただ、それだけの「知識」だ。共に過ごした時間の短いカグツチには、彼のブレイドとしての実力も人となりも、そして「記憶」のないこちらに向けられる、少しやるせない視線の意味も。まだ分からなかった。カグツチはその視線に、やや居心地の悪さを覚えた。
    「……そのようにじっと見られても困るのだけれど」
    「ああ……いやすまない。本人の記憶がないのに姿形だけはそっくりそのまま同じというのは、やはり不思議なものだと思ってね。気を悪くさせたなら謝ろう」
    カグツチの不満げな表情に、ワダツミはばつが悪そうに謝罪する。彼に悪気などないとは分かってはいたが、何も知り得ないカグツチと、かつての自分と過ごした時間を持っている彼との間に、言葉にしがたい隔たりがあることは確かだった。
    「……私は……、貴方の知っている『私』とどれくらい違うのかしら」
    「いや、同じさ。君は『前の君』とそう変わらない……少なくとも今はそう感じる」
    カグツチの問いに、ワダツミはごくあっさりとした回答をした。『同じ』。明快なようで曖昧な答えに思え、カグツチは僅かに眉をひそめた。
    「君はいつも堂々と立ち、帝国のブレイドとして恥じない振る舞いをしていた。それは私と『前の君』が初めて会った時からずっと……最後に顔を見た日までね」
    「――…………」
    淡々と告げられる言葉は、何故かずしりとした空気を纏っているように感じた。一体どれほどの時間が、絆が、信頼が、思い出が。そこに込められているのだろう。そう想像するだけで形容しがたい感情がカグツチの胸にも湧き立ったが、彼女は何も言うことができなかった。
    「……参ったな。そのような顔をされると何を話すべきなのか分からなくなってしまう」
    そうして黙り込んでいたカグツチに、ワダツミは苦笑する姿を見せた。
    「ごめんなさい。……ねえワダツミ、私達はこの国で受け継がれてきた長い時の中で、きっとこんなやりとりを何度もしてきたのでしょうね」
    「違いない。そうだね……『今の私』が同調したばかりの時も、このような事はあった気がする。君が新たに同調した時は私が、私が新たに同調した時は君が、お互いの事を教え合う。恐らく、この先もずっと」
    その光景を想像し、カグツチはふっと笑いを漏らした。普通のブレイドであれば、まずそのようなやりとりはできない。ドライバーが命を全うし、コアに戻ればそれまでだ。だが二人に与えられた特別な肩書きは、ブレイドの定めから切り離すことの出来ない悲しみを和らげることができる。自分達はそうしてずっと帝国に在り続けてきたのだと思うと、彼女の胸の内は少しだけ平穏さを取り戻した。
    「ところでカグツチ、君はもうここでの生活にも慣れたかい?君のドライバーとなった彼女については、どのような印象を持っているのかな」
    「メレフ様?」
    ワダツミの問いを受け、カグツチの脳裏にその者の姿が思い浮かべられる。ドライバー。そう、メレフだ。脳裏に浮かんだメレフの姿は、自然とカグツチを饒舌にさせた。
    「……そうね、とても聡明な方だと思うわ。戦いの才にも優れていらっしゃるし、かといってそれに胡座をかくことはせず、何事も熱心に打ち込まれる。きっと並の者達などすぐに追い抜いて素晴らしいドライバーとなるでしょう。先日だって、『この国の守り手となりたい』と――」
    まだ共に過ごした時間は短かったが、カグツチは既にメレフを信頼し、ブレイドとして彼女の傍にいられることを誇りに思っていた。だがそこまで口にしたところで、カグツチは先日抱いた胸の淀みを思い出し、言葉を途切れさせた。ワダツミはカグツチの熱心な称賛に、ふむと一つ声を上げた。
    「まるでヘンドリクス公のようだね。さすが彼の娘ということか」
    聞き覚えのある名前に、カグツチは僅かに反応した。ヘンドリクス。今生のドライバーの実父であり、「前の自分」のドライバーその人でもあった人物。やはり記憶こそないが、今までに読んだ日記には当然彼に関する記述が数多くあった。
    「……ヘンドリクス様に?」
    カグツチは問い返す。自身の記録と他者の記憶から見え隠れする影に、今の主の姿が一瞬だけ重なった。ワダツミは反応を見せたカグツチに頷く。
    「彼は善き『スペルビアの盾』であり続けていたと思う。国や民のために自身が果たすべきことは何か、帝国が良い未来を歩むには何をなすべきなのか……そういったことを、常に考えていた」
    ワダツミの言葉を聞きながら、カグツチは「前の主」の姿を想像した。良き武人。良きドライバー。そして今は自分のドライバーではない、かつての主人。
    「彼の子である彼女が君と同調したことは嬉しい。君と彼女は、かつてのヘンドリクス公と君のようになれるはずだ。だがそれが彼女の未来にどんな道をもたらすか……、君も分かるだろう」
    カグツチは黙ってその言葉を噛み締める。メレフは聡明な少女だ。才能に優れ、国を愛し、スペルビアを守りたいと願っている。だが彼女が今まで生きてきた年月は、帝都を走り回る少年少女とそう変わりはしない。ブレイドであり、帝国の宝珠――すなわち「戦において最も優れた戦力」という地位を与えられたカグツチが、ドライバーとなった少女を導く道など一つしかなかった。
    「……それでも」
    拳を握る。優美とは程遠い蒼の焼け野原が、カグツチの思考の片隅をよぎった。それを追いやるかのように、カグツチはより強く手のひらを握り締め、眼前の白いブレイドを見据えた。
    「それでも私は……、『メレフ様のブレイド』よ」
    断言した。ワダツミはそう言い切ったカグツチをただ黙って見つめ返していた。まるでカグツチがそう言う事を分かっていたかのようだった。

    「……ワダツミ」
    「何だい?」
    「教えてくれるかしら、『前の私』のこと。ヘンドリクス様のブレイドだった時の、私のことを」

    ◆◆◆

    それから数日後のことだった。遠方での任務を終えてようやく帝国に帰還したカグツチは、自室に戻るために深夜の皇宮内を歩いていた。多くの人々が行き交う昼間の宮殿とは打って変わり、ハーダシャルは暗く静かだった。見かけるのはせいぜい警備兵程度だ。カグツチは昇降機に乗り、自室のある階へと到着した。
    「……あら……?」
    そこで彼女はふとあることに気がついた。自室の横の部屋から、僅かに明かりが漏れている。隣の部屋といえば当然、自身のドライバーがいるはずの部屋だ。何かあればすぐ行動を共に取れるよう、そのような位置にあった。
    「……まだ起きていらっしゃるのかしら」
    既に時は真夜中で、普段であれば彼女の部屋から明かりが漏れていることはなかった。明かりを消し忘れてしまったのだろうか。いや真面目な彼女のことだ、もしかすると勉学や鍛錬の復習に集中しているのかもしれない。カグツチはドライバーの様子が気にかかり、明かりの漏れる扉をそっと叩いた。
    「…………メレフ様?カグツチです」
    すると中から、誰かが動いているような気配がした。やはり起きていたのか、と思いしばらく待つと、扉が僅かに開いてメレフがその顔を覗かせた。
    「……カグツチ、帰ったのか。よく戻ってきてくれた」
    メレフはカグツチに労いの言葉をかけた。寝衣を身につけているところから察するに、どうも勉学や鍛錬の復習をしていたわけではなさそうだ。彼女はどことなく浮かない表情を浮かべている。カグツチはメレフに視線を合わせようと膝を折り、なるべく穏やかな声で返答をした。
    「はい、ただ今戻りました。……しかし……まだ眠っておられなかったのですね。お身体に障ります、もうお休みになっては?」
    「それは……その」
    その言葉にメレフの表情が余計に曇った。
    「……なんでもないんだ。ただ……目が覚めてしまってな。もう一度眠ろうとは思ったのだが……」
    どうやらメレフは眠れないようだった。眠らねばならない時間に起きていることを叱られるのではないかと思ったのか、彼女はカグツチから視線を外し、気落ちした様子でぼそぼそと話す。カグツチは逡巡した。眠るよう促し自室へ帰るべきか。それとも彼女が眠れるまで彼女の傍にいるべきか。そもそも何故彼女は眠れないのか、その理由も分からない。いずれにせよ、メレフを放っておくわけにはいかなかった。カグツチは何か良い案はないかと思案し、はたとあることを思い出した。
    「……メレフ様。もしよろしければ、私と一緒に星見をしませんか?」
    「星?」
    カグツチは頷く。そういえば、今日の夜空は澄み渡っていた。スペルビアは年中砂嵐の吹き荒れる巨神獣だ。風が凪ぎ、砂粒が頬を打たない日の方が珍しい。きょとんとしているメレフを見つめ、カグツチは言葉を続けた。
    「はい。今日は雲も少ないですし、砂嵐もありません。星を見るには好都合かと。そうですね……今の時期でしたらレクソス座やアンセル座がよく見えるかもしれません」
    「星座か……」
    カグツチの言葉に、僅かに少女の瞳がきらめいた。どうやら興味を示したらしい。その様子にカグツチはもう一押しとばかりに言葉を続ける。
    「よろしければ星座図鑑もお持ちしましょうか?星座は他にもたくさんありますから、役に立つかもしれません」
    メレフはためらうようにしばらく黙っていたが、やがて少しだけ頬を緩ませてカグツチに頷いた。その様子にカグツチも笑顔を返し、そして立ち上がった。
    「ではメレフ様、こちらへ。すぐ支度して参ります、少しだけお待ちいただけますか」

    カグツチは用意を調えると、メレフを連れて静まり返ったハーダシャルの廊下を歩んでいった。メレフはカグツチの横をくっつくように歩いている。
    「……カグツチ……」
    「はい、いかがなさいましたか?」
    小さな呼び声に、カグツチはなるべく穏やかに答えた。声の主は少し心細げに肩掛けの裾を握り締めている。
    「このような事……良いのだろうか?眠らずに部屋の外へ出るなど、やはり誰かに知られたら……その、怒られたり、……しないか?」
    カグツチが手にしていたランプの灯りが、傍らのメレフの顔を照らした。彼女はまるで悪い事でもしてしまったかのように、不安げな表情を浮かべてカグツチを見ていた。別に彼女の心配が間違っているわけではない。真夜中と言っていい時間に子供が出歩くなど、普通は褒められたものではない。ましてや、彼女は「ただの子供」ではなかった。本来なら従者の一存でこのように軽々しい行動を取るべきではない。そんな事も、カグツチはよく分かっていた。だがカグツチは傍らの少女に向け、ただ優しく微笑み返した。
    「……お気になさることはありません、メレフ様。メレフ様が良いと思うまで、ゆっくり星を見て過ごしましょう。大丈夫、私がずっとお傍にいますから」
    その言葉を聞いたメレフの瞳が瞬く。少しだけ安心したのか、やや強張っていた彼女の表情が和らぐのが見えた。
    「そう、か。……おまえがそう言うのならば、そうしよう」

    ――彼女は、遠い。
    遠い、遠い場所にいる。
    同調して、たったひと月。まだカグツチは、メレフの事を全て知っているわけではない。彼女が求めるもの、望むもの、それらを必ずしも与えることができるわけではない。そして、主人と接触するたびに感じる隔たりを拭い去ることも、まだできないままだった。
    だが今はせめて、安らいでいてほしかった。何か不安があるのなら、それを少しでも和らげたかった。自分が共にいることで彼女の力となれるのならば、何だって良かった。それは幼い子供に対する庇護欲か。主人に対する忠誠心か。それとも、ドライバーに対する本能に似た愛情か。衝動と言ってもいいその想いの正体は、正直分からなかった。だがその正体について思考を割くのは、今のカグツチにとって限りなく「どうでもいい」ことだった。彼女は脳裏を掠めていったその「どうでもいい」事柄を無視し、渡り廊下へ続く大きな扉をゆっくりと開いた。
    「――――……」
    開かれた扉の向こうの景色が、二人の瞳に飛び込んできた。一面の星の海が視界いっぱいに広がる。
    「カグツチ……!すごい、こんなに星が見えるとは……。スペルビアでもこのような日があるのだな……!」
    静かなハーダシャルの片隅に、高揚した子供の声が小さく響いた。懸命に声を抑えようとはしつつも興奮は隠しきれないのか、彼女は星空を見上げて目を輝かせている。その嬉しげなメレフの姿に、カグツチはつい頬を綻ばせた。
    「はい、メレフ様。……今日は本当に見事な星空です」
    一緒に持ってきた星座図鑑をパラパラとめくり、炎を灯してページを照らす。それを見たメレフはカグツチの傍に寄り、照らされた図鑑を眺めた。
    「北の空をご覧ください。うねるように大きな星が並んでいますね、あれがレクソス座でしょう。それから……、もう少し南東に見える星々がアンセル座です。他の星座に比べ目立ちませんが……ほら」
    カグツチはそう言いながら夜空の星を指す。その星々と図鑑のページを、メレフは交互に見比べた。じっと星々を観察し、そして星座を見つけると嬉々としてカグツチにそれを伝える。それを聞いたカグツチは彼女と共に喜び、また別の星座を指す。そんなことを繰り返し始め、二人はいつの間にか夢中になって夜空を眺めていた。

    ――メレフはいつも気を張っている。
    帝国の宝珠のドライバー、そして皇帝候補という重責。彼女の肩にかけられた責務は、途方もなく重いものだ。
    だが、この夜はこうして素直な笑顔を見せる彼女の姿を見ることができた――ただそれだけのことが、カグツチには満天の星空より嬉しいものだった。

    そうして星々を眺めているうちに、夜はますます深まっていた。凍える程ではないものの、やや冷たい夜風が渡り廊下を吹き抜けてゆき、メレフは羽織っていた肩掛けをその身に引き寄せた。
    「……冷えますね。そろそろお部屋に戻られますか?」
    「いや、もう少しここにいたい。……良いだろうか」
    問うたカグツチに向け、少女は小さく首を振った。もとより彼女の気がすむまでここにいるつもりだった。カグツチはただ頷き、傍らの少女へと僅かにその身を寄せた。
    「……あたたかいのだな、おまえは」
    すると隣からぼんやりとした声が聞こえた。そういえば、身体と身体が触れ合う程近い距離で並んで座ったのは今日が初めてだった。そんな些細な発見が密かに嬉しくて、カグツチはクスリと笑ってメレフに答えた。
    「はい。私は炎のブレイドですからね」
    メレフの肩が、カグツチに触れる。寄せられた少女の体は、とても小さく、驚くほど軽かった。だがおずおずと預けられた身体の重みには、少しずつ生まれ始めた信頼を感じることができた。
    「…………まるで……、父上と共にいた時のような気分だ」
    ぽつり、と呟かれたその言葉に、カグツチは虚を突かれた。思わず傍らに座っている少女の顔へと視線を向ける。
    「お父上……ヘンドリクス様ですか?」
    「そうだ。確か……わたしがまだウクリイェにいた頃、父上ともこのように過ごした夜があったと思う。と言ってもあの頃のわたしは今よりもっと幼くて……すぐ眠ってしまったのだが」
    小さなドライバーは頷き、返答する。そして寂しそうに微笑むと、再びぼんやりと星々を眺め始めた。
    「……おまえといるからだろうかな。父上のブレイドだったおまえと。なぁカグツチ……、わたしはおまえと同調できて本当に嬉しいと思っているんだ」
    「……メレフ様」
    少し弾むような、懐かしむような、けれどもどこか、影を帯びたような声。性別も顔立ちも性格も、何もかもヘンドリクスとは異なっているはずなのに、メレフはかつてのカグツチが持っていた『繋がり』の中に、父の面影を見ていた。
    『父上のブレイド』という言葉に、カグツチの胸はつきりと小さな痛みを覚えた。だがカグツチの心の内を今のメレフが感じ取ることができないように、記憶を失いヘンドリクスのブレイドではなくなった今のカグツチが、彼の遺児であるメレフの心中を全て察することなど叶わないのだ。
    カグツチは何か言葉をかけるべきかとためらったが、何も思い浮かばなかった。慰めの言葉も、憐れみの抱擁も。今のメレフは望みはしないだろう。必要なものはもっと違う何かだ。カグツチは星座図鑑と一緒に書架から持ち出していた、ある物のことを思い出した。
    「……そうでした。メレフ様、今日は図鑑と一緒に私の日記も持ってきたんですよ。もしよろしければ、メレフ様にお読みいただこうかと思いまして」
    「日記を?」
    「はい。先日、私のドライバーであった方々について知りたいと仰っていましたから……」
    そう言うとカグツチは、持ってきていた日記をメレフに向けて差し出した。表紙に記されている日付はおよそ十年前――すなわち、「一つ前」のカグツチの日記だった。しかし、日記を差し出されたメレフはカグツチの提案にためらう様子を見せた。
    「い、いやしかし――、……それは」
    メレフがためらうのも無理はなかった。何しろ「日記」そのものなのだから。
    『日記』。それは日々を振り返ったり、単なる記録であったり、忘れてしまいたくない事を綴ったり——内容は人それぞれだが、普通他者に見せるために書くものではない。
    カグツチの日記も例外ではなく、表向きはスペルビアの「公式資料」として取り扱われてはいるものの、閲覧は非常に厳しく制限されていた。管理・保存されている場所も専用の書庫であり、ごく一部のスペルビア皇族とカグツチ本人を除いてはまず目にすることさえ叶わない。
    おいそれと手に取る事は許されないものを急に渡されても、規則や礼儀を重んじるメレフがすんなり受け入れるはすがなかった。
    「メレフ様」
    だがカグツチはそのメレフを諭すように、そっと彼女の手に触れた。
    「……私自身が日記を読み返し、内容をかいつまんでお伝えする。もしかしたら、それで充分なのかもしれません。ですが私は自分の過去について知っていく中で、こうも思いました。メレフ様には、かつての私が歩んだ道に、想いに……直接触れていただくべきではないかと」
    触れている小さな手のひらが、微かに反応した。僅かに呼吸の音が聞こえた気がした。
    「――それこそ、『今の私』が『貴女』のためになすべきことのはずだと」
    ひゅうと吹き抜けた夜風が、二人の羽織っていた肩掛けの裾をはためかせた。それと共に、カグツチの紫紺の長髪から淡いエーテルの光が霧散した。
    「――カグツチ」
    はっとしたような声が、ブレイドの名を呼んだ。メレフの緋色の瞳がカグツチの顔をまっすぐ捉えて瞬いた。言葉にして伝えたいことはたくさんあった。だが今は、想いをただ口にして数多く並べても意味がなかった。カグツチはただ彼女の答えを待った。重ねていた青い手を、小さな手のひらが握り返す。
    「……ありがとう」
    ぽつり、と呟くような言葉が聞こえた。だがそれはカグツチの耳にはっきりと届いた。たったそれだけの短い言葉が、カグツチの胸の緊張をゆっくり溶かしてゆく。握り返された手を見て、それから再び少女の顔を見た。メレフはどこか面映ゆそうに、カグツチに向けて微笑んでいた。
    「では……、ありがたく読ませてもらおう。……ふふ、まさか自分がこれを手に取るとは思わなかったな」
    差し出された分厚い日記に、ようやくメレフの手が触れる。自身の一部を託したような、不思議な感覚を覚え、カグツチの胸は少しだけ鼓動を早めた。

    気づけば辺りは闇が薄まろうとしていた。月は雲海の彼方へと去りつつあり、瞬く星々は徐々にその姿を白んだ空に溶かしていく。
    ……夜が明けてゆく。
    「……少し長居し過ぎてしまいましたね」
    カグツチは赤みを帯びてきた空を仰いで苦笑した。それを見たメレフも苦笑いで返す。
    「さすがに戻らなくてはならないな。すまなかった、任務帰りだったというのにこんなに長く付き合わせてしまって……」
    「いいえ、どうかお気になさらず」
    謝るメレフへカグツチは首を横に振る。メレフは渡された日記を抱え、立ち上がった。
    「今日はよく休んでくれ。ああ、日記はしばらく預かってもいいだろうか?またゆっくり読ませてもらいたい」
    「はい、もちろんです」
    カグツチはにっこりと微笑みを返す。嬉しげに日記を抱えているメレフの姿に、不思議な満足感を覚えた。空はいよいよ赤みを増していた。雲海に消えていった月と星々の代わりに姿を見せんとするのは、暁の光――太陽だ。
    「メレフ様」
    元来た扉へ向けて身を翻したメレフに、カグツチは呼びかけた。少女が振り向く。寂しさに陰りの色を帯びていた彼女の表情は、既に普段の気丈な顔に戻っていた。カグツチは彼女へと一歩歩み寄り、そして告げた。

    「どんな時も、何があろうとも、私はメレフ様のブレイドです。ですからどうか――いつまでも、私を貴女のお傍においてくださいね」
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