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    チンスキー淀川

    @ydgw94

    成人済前科なし。

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    チンスキー淀川

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    10/30新刊サンプル①です。現パロ軸寄りの金バニ。まだドラルクが出てこない冒頭部です。大丈夫そうでしたらR18サンプルありの②にどうぞ。

    #ロナドラ
    Rona x Dra

    10/30新刊ロナドラ小説「うさぎの添い寝屋さん」サンプル①うさぎの添い寝屋さん
    淀川

    ペン立ての中からボールペンを取り出して、端を人差し指と親指で挟む。目の高さまで持ち上げたボールペンを横にして小刻みに上下に揺らすと、真っ直ぐなボールペンがだんだんウニャウニャと歪んで見えてくる。
    会社に出入りしている保険屋のお姉さんが年金積立のパンフレットとポケットティッシュと一緒に置いていったそのボールペンは側面に保険会社の名前が印字されている以外、取り立てて変わったものじゃない。だいぶ前にもらったものだけど、ほとんど使っていないので芯にはまだたっぷり黒いインクが詰まっている。ゼロ、テン、ゴ、ジェルインク。小さな文字を目でなぞる。多分、日本で一番売れている油性ボールペン。一日に何本くらい売れるんだろうなぁ。一万本、いや、十万本くらいか? ボールペンって使い切る前に無くしたりするしいっぱい売れそう。カチカチと意味もなくペンの頭を数回ノックして、手元の書類には一文字も書かないまま俺はボールペンを元の場所に戻した。ペン立ての隣にある時計は、とっくに定時をまわっている。
    晩飯、何食べよう…… そう考えたら急に腹が空いてきて、胃が「グルルルルゥ!」と派手に唸った。隣に座る先輩は気付かないのか気付かないふりをしているのか、こっちには目もくれず目の前のモニターを見つめている。表示されているのは営業所個人売上の前年比対比グラフだった。成績順に並んでいるグラフの一番上は営業所長。二番目には俺の名前、ロナルド。横文字だけど日本人。そうか俺、先月の売上二位だったんだ。月初に担当した案件の追加発注が多くて思ったより数字が取れたんだっけ。来月持ってる売上、件数は多いけど一件あたりの数字が小さいから新規で取れるとこ取っていかないとな。
    そんなことを思いながら横目に見ていたら先輩の首がヌルッと動いて、今日初めて、もしかしたら今週初めてかもしれない、とにかく目が合った。
    「お疲れさまっす」
     無視。
    「俺、何か手伝えることないですか」
     無視。
    「ええと、俺、タバコ行ってきますね」
    無視。
    「そうだ。自販機寄りますけど、何かいりますか?」
     先輩からの返事はない。顔は再びモニターの方を向いている。
    もう俺がこのまま帰っても気付かないんじゃないか。もしかして隣に居るの邪魔かもな。鞄にファイルを詰めながら、チラッと先輩の様子を盗むように伺う。ところどころ跳ねた髪にこけた頬、顔色は薄っすら土気色。黒ぶち眼鏡の奥の落ち窪んだ目に光は無い。
    俺はそっと荷物をまとめかけた手を止めて、携帯とボトルガムを掴んで階下の休憩室に向かった。
    いやいや、先輩ちょっとおかしいだろ。あんな人置いて帰れるかよ。ひとりで家に帰っても絶対気になってしかたなくなっちまう。
    隣の席だからわかるけど、ここ最近いやに遅刻もミスも増えているんだ。周りはあいつは疲れているだけだとか、構わずほっといてやれとか言うけれど、今の先輩を一人にしておくのは危ない気しかしない。山育ちだからかもしれないがこういう時の俺の勘は嫌ってくらいよく当たるんだ。そういえば田舎の山、しばらく帰ってないな。地元の奴ら元気にやってるかな。
    誰もいない暗い休憩室で自販機の明かりを頼りにボトルから粒ガムを三個出して口に放りこむ。ジャリっとした糖衣の食感の後、ミントの香りが鼻を抜けた。
     先輩は前からあんな感じだったわけじゃない。俺が新人だった頃はいつも髪もスーツもビシッと決めて、エビデンスとかローンチとかビジネス用語を口癖みたいに使っていた。良い大学を出ていて都会生まれ都会育ち。仕事に対する意識もプライドも高い人だったから、田舎者で学のない俺に対してあたりがきつかったところもあったけど、山には山の決まり事があるみたいに都会には都会の作法があるんだからそういうもんだよなと納得している。実際、先輩に芋臭いと笑われた服や髪形を変えてみたら同僚だけじゃなくて他部署の人からも褒められたし、新規の営業先で歓迎されることも増えた。誰も教えてくれなかった都会人になる方法を教えてくれて感謝しているくらいだ。
     味の薄くなったガムをその辺にあったペーパーナフキンに包んで捨てて、自販機でカフェオレと、ちょっと迷ってホットの微糖も買った。腕時計型のデバイスをかざして決済する。いつも思うけどなんかこれ未来っぽくてかっこいいよな。ピピッ、ガシャンって一連の動作音も気持ちいい。都会に出て来るまでこんなに便利なものがあるなんて知らなかった。

    「先輩! カフェオレと微糖どっちがいいですかー!」
    戻ったと知らせるためにオフィスの入口で声を張り上げたが返事はない。
    「そろそろ終電大丈夫ですかー」
    終電が無くなったらタクシーで帰るのは知っていたが、もしかしたら寝ちゃったんじゃないかと思ってわざと大声を出しながらゆっくり席に戻る。後輩の俺にうっかり寝落ちているところなんか見られたくないだろう。
    「あのー、あ…… いない」
    書類棚の影になっている席だから気付かなかった。今回は返事が無いんじゃなくて、俺が誰もいないところに話しかけていただけだ。うわ、恥ずかしい。先に帰ったのかと思ったけどパソコンが付けっぱなしだからそれはないか。先輩の机に微糖を置き、肩透かしをくらった気分でカフェオレのプルタブを上げる。自席に戻って冷えた甘いカフェオレをひと口。ふう、と息をついて何気なくオフィスを見渡すと、あってはならないものが目に入った。
    「わ、ひえっ!」
     複合機の手前、並んだ事務机の向こうの床に革靴の両脚が横たわっている。
    「え、先輩……? ちょっと、先輩! 大丈夫ですか!」
    俺は震える手で一一九を押し、二十数年の人生で初めて救急車に乗った。
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    チンスキー淀川

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    淀川

    ペン立ての中からボールペンを取り出して、端を人差し指と親指で挟む。目の高さまで持ち上げたボールペンを横にして小刻みに上下に揺らすと、真っ直ぐなボールペンがだんだんウニャウニャと歪んで見えてくる。
    会社に出入りしている保険屋のお姉さんが年金積立のパンフレットとポケットティッシュと一緒に置いていったそのボールペンは側面に保険会社の名前が印字されている以外、取り立てて変わったものじゃない。だいぶ前にもらったものだけど、ほとんど使っていないので芯にはまだたっぷり黒いインクが詰まっている。ゼロ、テン、ゴ、ジェルインク。小さな文字を目でなぞる。多分、日本で一番売れている油性ボールペン。一日に何本くらい売れるんだろうなぁ。一万本、いや、十万本くらいか? ボールペンって使い切る前に無くしたりするしいっぱい売れそう。カチカチと意味もなくペンの頭を数回ノックして、手元の書類には一文字も書かないまま俺はボールペンを元の場所に戻した。ペン立ての隣にある時計は、とっくに定時をまわっている。
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