南方ザドガド区のシャル基地から、馬車で十五分の宿舎設営地にカザグルマ達の宿舎がある。
宿舎と言うよりは余った倉庫に近い建物で、広さは平屋二軒分の広々住まいだ。どことなぁく厩舎を思わせる内部構造は、隊員達の個室として丁度良かった。またこの建物は設営地の一番外側にあり、裏手の空き地は庭も同然。カザグルマがベンチを置いたのを始まりに、今ではテーブルやら花壇やら、趣味程度の畑まで勝手に作られている。
「結局郵便物の中身について、食い破りからの返答はもらえました?」
「おう。一週間ちょい待ってみて、また王都行きの切符を貰ったのなら、スルブ公爵から王子に宛てた私通だろうとさ。」
「はぁ…本当に呑気なもんで…。」
机仕事中のカザグルマは『なんだよ…』と副隊長のあからさまな意思表示に苦笑いを返しつつ、話を聞こうと席を勧める。ドロワの懸念はカザグルマも何となく察していた。ジェシカからミシュヤ指揮官に関するそれとない噂を聞いているし、もしただの噂だったとしても、目をつけられている点は否定できない。
「そんなため息つかなくても分かってるっての。ミシュヤ指揮官の動きは妙だ。スルブ公爵も少し怪しいし、食い破りが手懐けられたとは思えない。そうなると彼ら彼女らは何かの仲間ってわけだろ。」
「なーんで他人行儀でいられるんですか。あんたもその仲間の一人だっての。」
「…たしかに。」
「まったく!まぁですけど今回の王都行きで、最悪は回避できましたよ。ミシュヤ指揮官が貴方を先に利用していなければ、北の伝令役に引き抜かれてたでしょうね。」
「あぁ、伝令兵の何とかってのはハインから聞いた。なんなんだあれ。」
「便利屋は南方が所有している、と牽制した形です。スルブ公爵も関わっているあたり、相手が誰かは分かるでしょ。」
「そりゃもう。次男坊に会ったし。気になるのは北が何を運びたがってるのかだな。」
西部ツェツェルレグの主が消えて、次はどこの貴族が出てくるのか。国王がどう対応するのかは、今のところ明確になっていない。しかし軍内部では既に動きが出始めていた。
トントンッとカザグルマは書類をまとめ、やや曇り気味の空を見上げる。
磨かれた窓に張り付いていたてんとう虫が、雨風を察して飛び立つ。木の根元で山盛りに育っているミントはモサモサと揺れ、雑草を押しのけてまだまだ増殖中だ。木には手作りのブランコが吊り下げられ、丁度ルフナとエルダーが遊んでいるところだ。キャッキャと楽しそうに笑うルフナと、言われるがまま背を押してやるエルダー。よく見る光景ではあるが、いつまでも続く光景だと保証してやることはできない。
「フォーゲル家の後継者はまだ決まってないんだろ。なら当分は近寄らない方がいいな。貴族連中大争いだ。俺らは俺らの仕事すっかねぇ。」
離れたところから他の部隊の掛け声が聞こえ、出撃を知らせるラッパも鳴っている。宿舎設営地は基本的に賑やかな場で、部隊の出撃と帰還が繰り返される。テントの合間を軍馬が歩き、支給品の山が簡易倉庫に送られていく。ちょっとした集落に近い設営地での暮らしは、恐らくだが北方キャフタ猟区のそれよりも恵まれているだろう。風呂もあり、食事も嗜好品も揃えられ、丘陵地帯ながら敵の攻撃を受けることはない。
「今夜、王都から物資が届く。それの搬入と整理、分配をしたら一旦休暇が貰えそうだ。」
「ならその休暇を使って、羽を伸ばしてきたらどうです。来週末から忙しくなる前に。」
「そうするわ。なんかあったらよろしく。」
「何かあるんですか?」
急に割り込んできたハインは、腰の刀に手を掛けて笑っている。
「何かあるならお手伝いしますよ。お任せください。フォーゲル家には用事があるのです。ついでに片付けて参りましょうとも。」
「いやその前にお前さんどうしてここに?祖国の淵はどうしたんだ。」
「あそこはいつも通りですよ。最近は水仙も旺盛でして、踏んでも散らしても生えてくる。敵もようやく学んだようで、藪をガサガサからの堂々入場!ってことはしてこなくなりました。ひっそり隠れて抜けようとするんですよ。」
「失礼ハイン殿、カザグルマ隊長に代わって俺がご用件をお聞きします。」
「…ドロワ副官でしたっけ。」
一瞬真顔に戻った喰い破りの主は、あぁそうだそうだと思い出したかのように肩にかけていたバッグから手紙を一通取り出した。
「スルブ侯爵から貴方へ、頼みごとがあるとか。一週間ちょい待たずとも、王都行きの切符くらい差し上げますよ。王子によろしくお伝えください。カザさんはスルブ侯爵邸に参上いただければと思います。お話したいことがあるんですって。」
「えぇ…気乗りしないな…。」
「ご安心を、そうかなと思って別の仕事も持ってきました。マシな方を選んでもらって、残り物はゴミ箱行きです。さ、マフィア残党相手の実戦か、侯爵相手に論戦か、好きに選んでください。」