馬鹿の編成彼女が笑ってこう話す。
旧海軍には〈馬鹿の編成〉がありました、と。
昼下がりの軒下、古風な民家の薄い日陰が彼と彼女をそっと受け入れて。チリンと小さくなる風鈴に、森からの涼しい風を知る。彼女の柔らかな銀髪が木漏れ日に煌めき、絹糸の如くさらりと流れる。
温厚無害な彼女いわく。
海軍と言う組織には、戦力のほぼ過半数を占める本隊と、ニッチな分野を極めた特殊部隊、後方の支援組がいくつか存在し、その中に〈馬鹿〉がいたと言う。人数はたった数名。全員が前衛と言う、医者も支援も捨てたそれらはまさしく〈馬鹿の編成〉であり、ただただ相手を張り倒す事にのみ特化し執着した人達だとか。
しかし、アッティスは察する。
かの大戦についてはいまだに多くが不明なままだ。だがその中で〈馬鹿の編成〉は知名度が高く、様々な形でそれの気質や戦意、恐ろしさや狂気じみた勇ましさが伝わっている。伝わっていると言う事はつまり、それだけ活躍し、泥濘に沈むことなく戦場を渡り歩いて生きていた、と言うことだろう。
死んでしまっては何も伝わらない。
たまにアッティスは考えるのだ。無名戦士の墓に、かつての高名な将校や豪商までも埋もれてしまっているのではないか…と。戦火に抗うも適わず、後世に伝わらなかった者達が、言葉をなくして眠っているのではなかろうかと。
そんなアッティスを見て彼女は笑う。
どれだけ勇敢な人だろうとも、人命を助け出した人だろうとも、戦場を生きて出られなければ血溜まりの一個として終わる。場を変え形を変えて発生する戦場を渡り歩き、尚且つ戦意が失われることなく、狂気に蝕まれつつも敵を視認し齧り付いた者にのみ、戦後の歴史に残る権利が与えられる。それ以外は戦死者として数えられ、勇敢な無名戦士の一人として終わるだけ。
死せし者の名と武勇を口伝してやるほど、かの大戦は優しくない。
「まぁ生者よりも死者が優遇される現時代も、中々の悲惨っぷりだと思いますよ。」
「なぁそうかもね。その日暮らしの人々から莫大な税を取り立て、死者の送別会と墓を建てる…死者への敬意には理解を示すが、国が国民に強要してはならない。ましてや現代、そんな王政じみた葬儀は受け入れられないだろう。」
「政治家は一時代前に生きているものです。そう言う生き物なのですよ。」