ヴァルプルギスの夜（上）● 4月30日:20時

魔王と魔女の祭りが真っ最中だった。
山裾の太陽はかつて岸の向こうに沈んだ。 闇の中でもまるで一昨日咲いたように鮮やかな桜であり、ソル·カンファ、クロカスの間で軍人と魔術師は道に沿って前に進む。 一歩前で長い木の杖をついて反対側の手にはランプを持っている女性が彼らを率いた。 両側をすれ違う子供たちは、それぞれ華やかで怪奇な扮装をしている。 もちろん、軍人や魔術師も仮面で顔を覆った。 色紙を切り取って作ったヤギであり、カラスの仮面が軍人の腰にやっと来るか来ないかの高さで群れをなして流れていく中で、まるで見えない壁があるように人波の中の島になったまま3人は緩やかな山道を歩いた。 四方から子供たちが着たトラハトの裾がささやく音と彼らがささやく音がお互いを押しつぶして生じるざわめきが感じられる。 祭りの夜のために山道を走っていく子供たちは、この道の終わりに到着すれば、すなわち女性が軍人と魔術師を連れて出発した山道の入り口に到達すれば、すでに山のように積もった仮面と装飾の上に自分のものを脱ぎ捨て、そうして作られた巨大な山に火をつけることで、ブロッケン山から引きずり出された悪魔と魔女を追い出すだろう。 やがて五月の夜が明けると、春は灰の上にやってくる。 軍人が生まれ育ったところでもこの時期に似たような祭りが開かれたが、今この光景が見慣れていると思う理由がそれだけではなかった。 しかし、軍人と魔術師はあえてその事実を口にする必要はなかった。 お互いが同じ感想を抱いていたからだ。
さらに高く上がれば上がるほど、人の数は少なくなり、その代わり、奇異なほど生き生きとした花畑が四方に咲き乱れる。 軍人は花の種類などには最初から関心がないように見え、女性と魔術師は春と夏、秋に咲くべき花が一つになって満開した光景に特に付け加える言葉もないように淡々とした姿だった。 名前の分からない花がごちゃごちゃと育って、ついには道を侵犯し始めた頃、魔術師が微妙に先を歩いていた軍人に話しかけた。
"4月のリンゴの花、5月のチューリップ"。 6月の菜の花、8月のダリア···… 昨季から盗んだお花見ですから、私があなたに招待状をお渡しし、またあなたについて出た甲斐はありますね。 あなたが光を反射するすべての物質の前で、毎瞬間向き合う黄金の美しさに匹敵するものではないでしょうが、退屈な渦中の目の保養でもしたら幸いです。"
軍人は魔術師、カール·クラフトがその話をする途中、こっそりと道端のつぼみが頭を突き出してクラフトの皮の長靴に触れる姿をはっきりと見た。 同時に花全体が火に焼けたように退くことだった。 軍人の足首の近くまで来ていた紫色のバラも、さっと身を引いた。 それ以来，花は妙にしおれているように見えた。 軍人が再び視線を上げると、何も知らないように道の真ん中を歩く女性の背中があった。 その背中をしばらく見つめていた軍人は、すぐ興味を失ったように注意を向け、クラフトに問い返した。
「卿の女の前で朗読する新しいラブレターを構想中か？」
「あなたとの友情に奉献した言葉に向かって、これほど無心な曲解とは。 もちろん、私の真珠はこの世界に根を下ろしたどんな草木ともかけ離れたところで実を結び、その事実こそ真の美しさの源泉と言っても過言ではないでしょう。 彼女こそ永劫の間眺めても飽きない限り、震える花であり···」
言葉の内容にしては、ニコニコと笑みを浮かべたクラフトが次の単語を選ぶ間、軍人は適当に言葉を切った。 彼には道化師が並べる空虚なお世辞を聞く趣味もなく、だからといって山を登る間中、彼の愛を受ける運のない女性に向けた、熱烈で同時にその女性には決して届かない賛辞を聞いている気もなかった。
「ベベルスブルクから卿は私に招待状が来たと言ったが、私はまだそれが本当に私の前に来たのか疑わしい。 城の空き地の前まで自然に舞い込んだという手紙や四季折々に集まった花畑や、どう見てもキョンの同族が得意とするような秀作ではないか」クラフトの同族という軍人の口調の中で、少しでも友好的な語感とはせいぜい好奇心にとどまり、残りは決して自らになれない族属に向けた純粋な無理解で一杯だった。 むろん、一連の対話は、前を歩いていた案内役の女性にも聞こえただろうが、軍人とクラフトはその事実にあまり気を使う様子ではなかった。
「私はあなたの前であえてうそなどは申し出たことがありません、閣下。 あなたに初めてお会いしたその瞬間から今までずっと」
「そう、思い返してみると、卿がその招待状の宛名が私だとは言ったことがないということを思い出した」
クラフトはこれ以上返事をしなかった。 横目で見ることなく、軍人は彼の顔に浮かんだ意地悪混じりの微笑を頭の中にはっきりと描くことができた。
その頃には彼らと反対方向に向かう人を見ることができなかったのがかなり長く、時間を区別することもできず四方に舞い降りた夕闇の中にただ前で揺れる灯火に沿って歩いてからしばらく経ったようだった。 突然止まった案内役の女性について立ち止まると、彼らの前に立った小屋の輪郭が見えた。 内側からわいわいと騒ぐ声がかすかにもれた。 ドアの取っ手を握って半分ほど回した女性が尋ねた。
「招待状は一枚ですが、このようにお連れしたのを見て、ご存知のように私と姉妹はお二人とも招待したいです。 だから、今夜霊山の中で使う名前を教えてください。 まずあなたから···」
「メフィストフェレス」
女性は確かに軍人を指目して先に聞いたのに、クラフトが先手を打った。 軍人は、まったく理解できない人物であるかのように彼を横目で見たが、特に不満を表したりはせず、ただこう言っただけだった。 「それでは、卿はファウストだ」
軍人が書いた仮面の目の部分に重ねられた黒い布の下に金色の瞳が光った。



● 4月30日:22時

その後、小屋に入って、自分をウルドラと紹介した案内役の女性に席を案内されるまで、ずっと軍人は背後から感じられる、クラフトの恨みと正体不明の貞洞が入り混じった微妙な視線を受けなければならなかった。 心当たりの理由は、軍人がクラフトに戯曲の主人公の名前を付けてクラフト自身の舞台裏に隠れる癖を台無しにしたということだけだったが、軍人は当初、彼を舞台の前に引き出せば興味深いことが起こりそうだという予感をかなり以前から抱いていたので、気にしなかった。
ほのかな照明とテーブル、扮装した群衆がいっぱいの雰囲気は、祭りの露店や居酒屋を彷彿とさせた。 酔客同士が集まって仮面が半分ほど流れ落ちることも知らずに踊る踊りというのは、一方ではシュプラトラー、一方ではラントライゲン、それこそ全国各地から集まった遊び人たちが繰り広げる宴のような姿だった。 「ブロッケンの怪物たちが角の代わりに紙の王冠をかぶっているね。」小屋の中を見て回りながら面白がる軍人の声にクラフトはその時になってようやく視線を集めた。 そして冗談なのか本気なのか分からない口調で答えた。
二人の間に、結局はあまり差がないと分かったとしても、果たしてあなたが驚かれるかわかりませんね
その言葉を最後に、ぼんやりとした笑みが留まるクラフトの唇は、これ以上動かなかった。 そして彼ら一行の間に局所的な静寂が訪れると、機会に乗じて茶色の髪の女性が何かささやいた。 さっきからクラフトの向かいに座って彼を見つめていた女性だった。
騒ぎに埋もれて軍人によく聞こえなかったが、おそらくこのような話をしたようだ。
「あなたの仮面はどんな形をしているんですか？ 隠すためだけに仮面をかぶるのではないですね。 ある仮面は魂を解放するために必要だから」
いざその言葉に答えなければならないクラフトは対話に参加するつもりがないようで、丁寧を装ったまま軍人の方を見た。 まるであの女性が声をかけた相手が軍人だと確信するような憎たらしい態度だった。 独身らしく女性と会話するのがあまりにも照れくさくてそうなのかという嘲弄は、後のために大事にしておいたまま、軍人は自分の質問をした。 「そうか？それなら君は仮面を脱いだら誰になるの？」
「…….」
返事を避ける女性の口元に謎めいた笑みが広がる。 友人の顔からよく見てきたものと非常に似ていると思い、軍人は苦笑いを描いた。 魔術師たちとは、おそらく魔術の秘技とともにあんな微笑も伝承させるようだった。
その時、はつらつとした声がテーブルに割り込んできた。 「ベルダンディ、貴賓が来られたのに何をしているの？ 口をぎゅっと閉じているならビールでも持ってきて」椅子に座りながらベルダンディと呼んだ女性に肩を組むのは座高がクラフトより大きい女性だった。 軍人はおそらくこの女性がスクルドだと推測した。 運命の女神たちから名前を借りた3姉妹が今日彼らを、正確には軍人と魔術師のどちらかをここに招待したようだった。
ベルダンディは嫌がってスクルドを押しのけた。 素直に退いたスクルドの目が今回向かったところは軍人の金髪だった。 肩の上に自然に垂れ下がった長い金髪に引き込まれるように体を前に下げる姿は、まるで火を初めて見て魅了された少女のようだった。 一方、ベルダンディはしきりにクラフトの方をちらりと見て、未練を捨てられない様子だった。
すぐにウルドはテーブルに戻った。 軍人は彼らを招待した理由について尋ねたが、女性は「初めて祭りを主管するついでに、一度でも名前を聞いたすべての人に招待状を書いただけだ」とごまかした。 その曖昧な動機に照らしてみると、小屋の向こうで踊る人々の間にも招かれざる客がいるかもしれないことだった。 意味のない探索に過ぎない対話が続く間、次第に周辺を巡る騒ぎは静まったが、酔客が眠りに落ちたりダンスを止めて解散したためではなかった。 酒を飲んでいた彼らは皆目が解けて狂乱の隊列に合流した。 彼らはもはや小屋の外につながっていないかのように，死体のような顔を仮面で覆い、果てしなく踊っていた。 やがて靴が木の床を転がる音だけが残った。
酒場に集まった人々は皆魔女の客だ。 遅ればせながら、それほど驚くこともない悟りが軍人に訪れた。 3人の魔女は何かを企んで名前を知っているすべての魔女と魔術師に招待状を送り、少なくとも今までは仕事がかなりうまくいっているに違いなかった。 果たしてこの女性たちが望むことは何だろうか？ 3杯目の酒に口をつける前に、軍人は遊戯する気持ちで自問した。 おそらく彼の隣に座った魔術師はすべてを知っているだろうし、同時に非常におしゃべりだが、彼自らが口に出したくない内容は絶対に言わないという事実を長い交際の末に軍人は知っていた。 そして今はまだ答えを聞けるほど事件が熟していない、クラフトの劇作家のような考え方を真似して表現すれば軍人の考えはそうだった。
「ファウスト、あなたの胸の中に入っているのは何ですか」しばらくよそ見をした軍人の注意は3姉妹の中で誰なのか分からない声に再びテーブルの上に戻った。 ちょうどクラフトがコートの下からフラスコを取り出していた。 精巧な文様が細工されたフラスコだ。 中では半透明の何かが渦巻く。 どこか見慣れた気配が感じられると思った刹那、軍人はそのフラスコの中に入ったことに気づいた。 一時、彼が飲み込んだ魂を材料にクラフトが作ったホムンクルス、今彼が取り出したものの正体だった。
3人の女性もまた「フラスコの中の小人」を調べた。 貴重な物だと言って彼らの間に興奮が漂い、ウルドの口から「自分たち3人の魔女があのホムンクルスを完全な人間に作り出すのに役に立つ」という話が出るまで5分もかからなかった。 もちろん、クラフトは断らず、軍人はすぐにこれがカール·クラフトがここに来た目的であることに気づいた。



● 4月30日:23時

ウルドが要求したのは軍人の髪の毛一握りだった。
軍人はウルドが差し出した華麗に細工された銀色のはさみを受け取り、横髪を切って渡した。 一抹の躊躇もなく、ばっさり切られた髪は、髪の毛というより、魂の光のように輝いた。 ウルドはそれを白い布に包んでまとめた。
ベルダンディはカール·クラフトの方を眺めて、結局非常に残念に思い、軍人の血を一輪要求した。
血液、そして一輪って言ったっけ？ 軍人は自分がまともに聞いたのが正しいのか問い返した。 ベルダンディは答えず、腕から真っ白なバラとナイフを取り出した。 軍人は左手にはめていた手袋を外し、歯で親指を噛んで血を出した。 溶鉱炉に溶かした黄金のように輝く液体が白いバラの上に落ち、花一輪を完全に染めると、軍人は再び手袋をはめた。 ベルダンディは仮面の下の表情を隠したまま、黄金のバラをしばらく眺めていた。
スクルドに要求事項を聞くことには困難が伴った。 末っ子の魔女はしばらく忙しく悩んだ。 ベルダンディの「面責」やウルドの「勧告」も何の役にも立たなかった。 スクルドは順番に軍人のコート、骨片、眼球を要求し、一連の要求事項を全て取り消した。 結局、スクールドの最終要求事項は次のようだった。 「他の人には一度も話したことのないあなたの秘密を教えてください」
軍人は固く閉ざされた口元に微笑を描いた。 席に座ったまま彼が手招きすると、スクルドはわくわくしながらも緊張する気配が歴然としたまま軍人のそばに来た。 そして頭を下げたスクルドの耳元に、軍人は手で口元を隠してささやいた。 普段よく空気中に鳴り、四方に広がっていた威厳のある低音は、気の狂ったダンサーたちが足を踏み鳴らす音に埋もれて誰にも抜けなかった。 さらに、すぐ隣に立ったカール·クラフトも、軍人とスクルドの間で交わされた秘密を聞くことができなかった。 軍人が話したことが本当に「スクールドに初めて告白した秘密」なのかは誰も保証できなかったが、末っ子の魔女は軍人の高潔さだけが保証する約束を信じて幸せに席に戻った。
「午前0時にホムンクルスの儀式を行いましょう」
支払いが完了した後、「ファウスト」が取引の場を簡単に終えた。