Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    さーす

    ぽいぽい

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 27

    さーす

    ☆quiet follow

    しおいと概念小説

    とある同級生のささめ同窓会というものを楽しめる人種は、存外多いものなのだろうか。

    賑わう同級生達の笑い声を居酒屋の端で聞きながら、しがないOLの私はため息をつく。中学時代の友達など少ないというのにやっぱり来るんじゃなかったか。……いやいや、それでもグループラインで断りを入れる方が勇気のいる行為だったので過去に戻っても私は同じ選択をするしかなかっただろう。
    真ん中ではメイクをバッチリ決めた可愛い女の子達とワックスでお洒落に髪を決めている男の子達が酒の席で盛り上がっている。確か彼らは俗に言う「カースト上位」だった集団だ。こうして見ると、うちの中学の学年は美男美女多かったよな……と改めて思う。せっかく来たのだから、せめて目の保養にしていこう。



    「ねえ…もしかして───さん?」
    イケメンとかわいこちゃんをツマミに薄い酒をかっぱらっていると、横から声をかけられる。そちらを見れば、そこには長髪ストレートの美女がいた。陶器のような白い肌と艶やかな黒髪、清楚系の服装に身を包んだ彼女はガヤガヤと騒がしい居酒屋に似つかわしくない。
    こんな綺麗な子、同級生にいたっけ……と記憶を掘り返していると、彼女が先に口を開いた。
    「わたし、調月……だよ。毎年同じクラスで図書委員一緒だった……」
    「あーーー!調月ちゃん!?嘘、あんまり綺麗で気付かなかった!」
    「え、えと……あの…ありがとう?」
    調月ちゃんといえば、記憶の中の彼女は黒縁眼鏡をかけたあまり目立たない静かな子だ。とにかく読書が好きなようで、休み時間はいつも本を読んでいたし放課後を潰される面倒な図書委員も率先して立候補していたのをよく覚えている。3年間クラスが一緒だったので、同じく目立たずぼっちだった私はよく体育でペアになることが多かった。
    「調月ちゃんが同窓会にいるなんて思わなかった!会えて嬉しいな」
    「……せっかくだから来た」
    口数が少ないところも相変わらずだ。中身は変わらないようで少し安心する。これで調月ちゃんがギャル口調とかになってたらちょっとショック受けてたかもしれない。



    悲しいことに気軽に話の続く相手もいなかったので、調月ちゃんと話が盛り上がり、彼女の近況なんかも教えてもらった。
    調月ちゃんは今、地方を転々としながら作家として活動しているらしい。転勤が必要な仕事でもないだろうに各地を移動している点は少し疑問だったが、同窓会をきっかけに地元であるこの町に落ち着けることも検討中なのだと話してくれた。
    仕事の方は、ペンネームは教えられないもののジャンルはミステリーだという。もしかしたら人気な作家さんだったりするんだろうか。自分で言うのもなんだが小説は結構読む方なので、調月ちゃんの本を気付かぬうちに読了してたりするのかもしれない。調月ちゃん、というと月モチーフのミステリ作品や著者が頭に浮かんでくる。『暁月の殺人』で有名な森先生?いやいやあの人は私が学生の時から有名だし。最近話題になっているのは『赤い象は蛙を潰す』が代表作の月詠先生だけど……なんて、そんな安直なわけはないか。



    「あ、そういえば調月ちゃんも飲む?何か食べたいものもあれば皿移動するよ」
    「飲むのは止められたから、ご飯だけもらおうかな。浅漬け食べたい……」
    「止められた?誰に……」
    とまで言いかけて、テーブルに置かれた調月ちゃんの手に目が止まる。ちょっと力を入れたら折れてしまいそうな細い左手の薬指には、少々武骨なシルバーリングが輝いていた。
    思わず、持ったきゅうりの浅漬けの皿を落としそうになる。落とさずに済んだのは、調月ちゃんがきゅうりを見つめるキラキラとした表情が目に入ったからだ。浅漬け、好きなんだろうか。
    「?突然固まってどうしたの」
    「い、いや、ええと……調月ちゃんって結婚してたの……!?」
    大声を出さないように気をつけながら声を絞り出す。私の目線に気付いたのか、ああ、と何でもないように彼女も自身の左手に視線を落とす。
    「まだしてないよ」
    「ま、まだ……」
    「これはね、お揃いのものを買って一緒につけてるの」
    ふ、と指輪を見つめる調月ちゃんが眩しい。さながら女神の微笑みのようである。というか調月ちゃんって笑うんだ……。
    「調月ちゃんの恋人さんの話、聞いてもいい?」
    野暮かもしれないが正直めちゃくちゃ気になる。そもそも彼女が恋愛をしていたというだけでもびっくりである。彼女は所謂本に恋をしている人種かと思っていたから。
    幸い本人はサラッと「いいよ」と答えてくれた。表情が全く変わらない調月ちゃんに恥じらいの感情はないのだろうか。助かるけれど。

    「男の人?女の人?歳は!?」
    「同い年の男の子だよ」
    「付き合ってどのくらいになるの?」
    「……きちんと告白されたのは1ヶ月前かな」
    「それまでは微妙な関係が続いてた感じ?両片思いみたいな」
    「微妙……というか。一緒には住んでたよ」
    「ん?付き合う前から同棲してたの…???そ、その人との出会いは?」
    「夜、わたしの家にやって来たのが始まり」
    「……ええと、出会う前から友達ではあったんだよね?」
    「ううん、ほとんど話したことがなかった子」


    あれ、雲行きが怪しくなってきた。これはもしかして危ない男に捕まってるやつじゃないだろうか。恋バナから人生相談にシフトチェンジした方がいいやつだろうか。


    「ちなみに彼氏くんの職業は……」
    「ええっと、ミュー

    「ハイハイハーイ!!!皆注目〜〜!!今から詩音が歌いまーす!!!」
    「だから歌わねえって、お前が歌えよチューリップとか」
    「なんでチューリップ!?」


    調月ちゃんの言葉は前方の美男達の会話に遮られてしまった。大声で遮った金髪の子(たしか佐藤くんだったっけ……)はすっかり出来上がっているような赤い顔をして周りに絡んでいるが、隣の黒髪の子が彼を上手く流しているようだ。あの席の周りにいる女の子達が「え〜歌ってよ〜」と話して盛り上がっているのが聞こえる。

    「……ミュージシャン目指してるの」
    調月ちゃんが騒いでいる席を眺めながら言い直してくれた。彼らを見つめる瞳はどこか楽しそうだ。
    「そっか〜ミュージシャンか〜いいね〜……

    ……ミュージシャン!?!?」

    「?うん」

    ここにいないであろう彼を想いながら言う調月ちゃんの微笑ましさに流されそうになってしまったが、教えてくれた事実に時間差で衝撃を受けてしまう。
    「えっと、ミュージシャン目指してるってことはまだミュージシャンではない、例えば今はフリーターとかなんだよね?」
    「うん。でもすごく素敵な歌なんだよ」
    「いや、そういう話じゃなくて……!!」
    思わず頭を抱えてしまう。調月ちゃん、完全に騙されていないか。ミュージシャン志望のフリーターで、ある日突然夜押しかけてくるなんてテンプレ通りの金に困っているやばい男じゃないか。もしかしたら詐欺の類もあるかもしれない。調月ちゃんの純粋さを利用して悪事を働いているんじゃないだろうか。
    友人……と言って良いのかわからないけれど、ここまで聞いたのだから少なくとも同級生として彼女を止める責任があるような気がする。

    「ええと、も、申し訳ないんだけど側から聞いてると、その人少し危ない気がするよ?」
    「……やっぱり?」
    どうやら自覚はあったようだ。良かった……とほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、「その人にも言われた」と呟いたのが聞こえたので自覚からではなかったらしい。危険な張本人から言われる始末って調月ちゃんの危機感がなさすぎるのか、その人にも良心はあるのか……。

    「あ、そうだ、その人との写真とかあったら見てみたいな!」
    より彼氏のことが気になってそう聞いてみると、「それはだめ」とバッサリ断られてしまった。あまりの即答ぶりに少しショックを受ける。踏み込みすぎちゃった?
    「……理由、聞いてもいい?」
    それでも気になっておずおずと聞いてみれば、調月ちゃんは少し困ったような顔をする。彼女もなんて説明すれば良いか迷っているような……。
    「……見たらびっくりするから?」
    「え、びっくりするような顔なの?有名人とか!?」
    「そうだけど、そうじゃない……?」
    返答が煮え切らない。本当にどんな人なんだ。
    私が脳内で調月ちゃんの彼氏のビジュアルを錬成していると、調月ちゃんが「でもかっこいいよ。すごく」と付け足してくれた。やっぱりイケメンなんだあ……。

    「調月ちゃんって、彼氏のどんなところが好きなの?かっこいいから好きなの?」
    思い切って聞いてみる。これで彼女が顔に惹かれているのなら、顔だけっぽい彼氏は諦めてもらってもっと超絶美形の芸能人を紹介したほうがいいと思った。今超絶人気のガチ恋製造アイドルここ様、一緒に推さないか布教してみようかな……なんて思っていた淡い考えは、調月ちゃんの返答と表情を見て早々に砕けちった。

    「かわいいところがすき」

    「か、かわいいところ?可愛いから好きなの?」
    「うん。それにとてもやさしいの」


    ああ、もう手遅れなのかも。

    恋人の好きなところをぽつぽつと語る調月ちゃんの顔は幸せそのもので、そんな彼女を見ていたら自分が勝手に想像していた彼氏がやばい男だとか推しの紹介だとか、全部余計なお世話なんじゃないかと思えてしまった。
    今目の前で微笑む彼女が、好きな人と共にいて幸せなのは真実なのだと感じたから。


    でも、一応私と知り合いの弁護士の連絡先は渡しておいた。





    店内で盛り上がっていた会話もそぞろとなり、そろそろお開きの雰囲気だ。参加金の収集と会計は主催してくれたカースト上位グループさん方がやってくれるそうなので、調月ちゃんと座って待機することにする。チューハイとはいえ肴が美味しすぎて結構飲んでしまったからか、酷く眠かった。
    ほどなくすれば、黒髪に鮮やかなピンクの瞳が映えるイケメンがやってきた。確か名前は、と記憶を掘り起こそうとすると、先に隣の調月ちゃんが口を開く。
    「あ、し……うやくん」
    「しうやくん?」
    「終夜、ね。はーい終夜詩音が回収しに来ましたー」
    「……しゅうやくん、はい」
    「俺は別にいつも通りでも良いけど」
    「…………な、にが」
    「とぼけるの下手すぎでしょ」
    くつくつと笑う終夜くんに、調月ちゃんが不満げに頬を膨らませている。可愛い。
    この2人、今日喋るのは初めて見たし学生時代の関わりなんて殆どなかったはずだけど、なんだか随分と親しげだ。調月ちゃんってあまり顔に感情が出ないと思っていたが、そんな顔もするんだな。

    「ねえ、大丈夫?起きてる?タクシー呼んだ方が良い?」
    ぽやぽやと2人を見ていたら終夜くんに心配されてしまった。
    「ああ、私は大丈夫。ここから家近いし眠気のピークは終夜くんが来る前だったので」
    「う〜んお酒入ってる人の言うことは信用ならないからな〜。ねえねえ、これわかる?」
    終夜くんがニコニコ笑いながらピースをしてくる。馬鹿にしてる?
    「2本でしょ、平気です」
    「これも大丈夫?笑」
    「4本……だから平気だって、」
    「これは〜?」
    「8本!!!……ん?」
    「え、もしかして6本とかに見える?」
    「いや、その指輪……」
    終夜くんの薬指に目が止まる。終夜くんも武骨なシルバーリングをしていた。調月ちゃんのしていたものとよく似ている。いや、似ているどころか全く同じように……


    「詩音!女子にウザ絡みしてんじゃねーぞ!!」
    「してねえから〜。ごめん、会計しに行ってくるね」


    終夜くんはパッと立ち上がって席に戻ってしまった。私は呆然として彼の背中を眺めていたが、彼の姿は部屋の角に消えすぐ見えなくなってしまう。
    追うもののなくなった視線はなんとなく、隣の調月ちゃんに向かう。


    頭の中で、一つの仮定が頭に浮かぶ。
    けれど、もしかしたら私の盛大な勘違いかもしれない。

    偶然。偶然とは大概に起こりうる事だ。

    どこかの町のとある調査によると、街中で同じ服を着ている人と出会う確率は6%だという。それならば、アクセサリーだって偶然被ってしまうことだってあるはずだ。

    だから調月ちゃんの彼氏が同い年の男の子なのも、写真を見せるのを渋ったのも、彼女が終夜くんの方を見て職業の話をしていたのも、彼とお揃いにしているはずの指輪を終夜くんがしているのも。
    全部ぜんぶ、出来すぎた偶然かもしれない。
    それでも妙な確信を感じてしまうのは、女の勘というやつなのかもしれない。



    悩ましい気持ちと共に、正解を求めてついに私は当の調月ちゃんを見れば、その青い瞳と目が合った。
    そうすると、彼女はイタズラが成功した子供のように笑って、桜色の唇に人差し指を当てたのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works