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    verte_tyy

    @verte_tyy
    だいたい劣情置き場

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    verte_tyy

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    ※千夢に近いモブ視点です!!
    石ネ申くんに恋していたモブが失恋するまでの話。
    注意!!
    ・🍉夢みたいな要素がゼロとは言えない
    ・千ゲの要素がゼロとは言えない
    ・モブ女が主人公

    星は再び生まれる これは、なすすべもなく消え去った恋の話。よくある、本当によくある、同級生への淡い恋と、失恋のお話。


     いつも通り、グラウンドでランニングをしている時間帯だった。ストレッチと簡単なボレーラリーで体を慣らしたら、二列に並んで声を出しながらランニング。中学から続けて入ったテニス部で、エースというわけでもとりわけ熱心というわけでもなかったけれど、それなりに頑張りたいとは思っていた。さぼるのは性分が許さなかったしランニングが嫌いってわけじゃない、少し退屈なだけだ。それに。

     ――窓から外を眺める、逆立った髪の毛。その視線の先にはクラスメートの大木くんと杠。幼馴染の一世一代の告白、を眺めているのだろうか。

     今日は彼を見ることができたから、ただのランニングが少しだけ、いつもより楽しい時間になった。恋する乙女、こんなもんだ。
     周りが大木くんと杠に視線を奪われる中、私は彼がエナジードリンクを飲むのを見ていた。そして、次の瞬間。


     ――緑の光に包まれ、世界は真っ暗になった。


    ***


     ああ、私はここで死ぬのだろうか。それならば想いを伝えてもよかったのかもしれない。でも、彼との間にさしたる思い出なんてない。
     私にとっては宝物だった。化学の実験の時に、とっくに知ってると言いながら、それでも楽しそうに器具を見ている姿とか。道具の使い方に戸惑っていた私を、後ろから手を添えて教えてくれて、その妙な近さと低い声にやたらとドキドキした、だとか。その程度だけれど。
     本当にこれが死なら、彼に想いを伝えるよりも両親に感謝を伝えたかったかもしれない。私にとってもその程度の話だ。そういえば家のレコーダーにまだ観てない録画があったな。明日は大好きな漫画の発売日だったのに。
     でも「最後に見たのが好きな人の顔だった」というのは、女子高生人生としては最高の終わり方だったかもしれない。女子高生人生、って何だろう。なんて、とりとめもなく考える。

     真っ暗で、心細い。暑さも寒さも飢えすら感じない。

     思い出す光景は、木漏れ日の中に佇む緑の逆立った髪。

     ぶっきらぼうで口は悪いけど、友達を大切に思っているところ、いいよなあ。認めないだろうけど、見てればわかる。私にはあんなふうに大切な友達なんていない。
     彼の優しさを知ったのは、私に器具の使い方を教えてくれたように他の子にも優しくしているところを見たからだ。
     とんでもなく頭がいい、と言うのは知っているけれど、同じ高校で同じ授業を受けてるとそんな感じはぜんぜんしなかった。でも、さりげない全国レベルの模試結果とか、たまに調子に乗ってクラスに向けて科学の解説してくれる時とか、すごいなって思った。私にはそんなふうに誇れるものなんてない。
     科学を前にしたときのキラキラした少年のような目。親である石神百夜の放送を見ている彼は誇らしそうで、仲の良い親子なんだろうなと思った。
     いいなあ、私もあんなふうに生きてみたかった。とてもカッコいい。頭が良くて、きっと将来凄い功績を残すんだ。私はそんな人と同じクラスだったんだって、彼を好きだったんだよって、有名になった頃には自慢してやる。

     ああ、でも、もう。

     死んじゃったんだっけ。


    ***


     ぱき、ぱき、と音がする。なんだかひどく長い時間ぶりに目を覚ましたような気がする。「彼女は長い間思考を保っていたのかもしれない」だかなんだか声がする。
     ここは――

    「驚くのも無理はないが、落ち着いて聞いて欲しい。かつて人類は皆石化した。そして今は、五七六二年。人類は順番に復活させている、真っ只中だ」
     そう告げたのは医者のような格好のおじさん。天井には白くて、でもなんだか古めかしい感じの蛍光灯。
     なにやらわけがわからないまま。体がきちんと動くことを確認され、簡単な質問に答えて、書類に記名をする。それから、ナンバープレートとそれに対応する部屋をあてがわれる。荷物はひとつもない。
     無意識にスマホを探して、ないんだっけ、と思う。詳しくは後で説明されるらしい。
     まるで自分が番号で管理されているような感覚を覚えながら、ベッドを後にして、教室のような場所に集められる。そこで、プロジェクターで投影される古めかしい画質のビデオを見せられる。

     ――血の気が引いた。

     ようやくこの世界になにが起きたのかを理解した。そして、それ以上に私を恐怖に突き落としたのが。

     『石神 千空』

     ビデオで紹介された名前と、見覚えはあるのにずっと大人になってしまった、かつての片想い相手の映像だった。

     しゃべって、動いている。彼は、私が意識を失っている間にも起きて考え、そして目覚めて、動いて、世界で。
     同じクラスで、たまに会話をすることがあって、また明日にも会えたはずの彼はもう――


     このビデオ――石化復活時のオリエンテーションで情緒を乱す人間は結構な数いるらしく、顔色を悪くしている同じ講習者の面々には丁寧なカウンセリングが設けられていた。
     私は、できるだけ平静を装った。聞かれたくなかった。話したくなかった。
     将来有名になったら自慢したいと思っていた相手が――遠くなるのを寂しがりながらその過程を楽しむのだと思っていた相手が、知らないうちに世界の英雄になっていたことの喪失感を。彼を想っていたこの気持ちを。誰にも知られたくなかった。誰にも損なわれたくなかった。私だけのものにしたかった。私だけのものでなければならなかった。

     ここは簡単な寄宿舎だ。この世界――現実に慣れるまで、衣食住が保障される。期間は事前の診断の結果を考慮されながら、最短で一週間から一年まで。すでに外に生活基盤を築いている家族がいて、受け入れられるパターンが一番早い。悲しいことに受け入れられないこともあるが、もはや消え去ってしまった戸籍は、ここで新しく発行されることができる。
     人生をリセットできる。なにせ誰にも富はない。
     幸いにして私の家族は一か月前に目覚めていたらしく、すでに仕事をしながら家を持っていると言う。すぐに面会ができて、余裕を持って一週間後にはここを出られることとなった。
     仕事は、出てから探すこともできる。そして私たちのような子供には、学校に通うことができる。

     幸せだと思う。こんな世界で、家族も欠けることなく会えて。友達にも会うことができた。でも、学校に行くのは憂鬱だった。だってそこにはもう、彼はいないのだから。


    ***


     失恋、したのだろうか。

     なんだかんだ押し寄せる毎日。石化前より家事が必要で少し忙しいけど、人間っていうのは生活環境に慣れてしまうんだなと実感した。
     もちろん一定数どうしても適応できない人たちだっていて、彼らには丁寧なカウンセリングや、環境を変える選択肢も用意されている。私は結構図太かったのかな、と思う。
     石化前の世界に帰ることはできない。けれど、世界は驚くべき勢いで復興している。私が目覚めてからの数ヶ月の間でも、ビルが立ち見上げる夜空の面積は少し減った。それでもかつての東京より眩い星空だったけど。

     なんとなく、私の中に残った彼の声を忘れたくなくて、化学の授業に一番熱心に取り組んでいた。
     大きく変わったのは石化復活液のレシピとその研究過程が掲載されたということだ。
     はじめはこんなに広く公開されていいのか、と思ったけれど、「危機は去ったが、何かの間違いで、もしまた人類が石化しないとも限らない、その時に石化復活液の情報を持ってる人間は出来る限り多い方がいい」と、いうことらしい。
     記憶の中にある石神千空に語らせてみた。言いそうだな、とは思ったけど、今の彼がそれをどんなふうに語るかは想像できなかった。

     日々は驚くほどに早い。心なしか社会は、石化前の閉塞してだんだん首を絞められるみたいな未来の見えなさよりも活発で明るいように感じられた。
     高校過程を卒業して、大学に入る。石化前とは全く違うけれど、大学でやること自体は変わらない。一に研究、二にモラトリアム製造。しかし食うものも揃っていないこの世の中で、モラトリアムに耽る余裕はあまりないらしく、大学ではやれ食用カビの研究だの、やれ日本米の研究だの、食ばかりというわけではないがやたらと実学的なものが多かった。
     そして、ふらふらと化学の道に迷い込んだ私は、なんだかんだと石化復活液の研究に関わっていた。

     石化復活液。石神千空の、科学の、始めの一歩。

     皮肉なものだと思う。淡く散り無くなるはずだった想いは昇華する機会を失っていつまでも私に付き纏う。自慢の種になるはずだったのに、誰にも話せずずうっと胸に突き刺さったまま。
     私の中ではこんなに大きいのに、彼にとってはもう高校時代なんて遥か昔の話。しかもひと学期も過ごしてない。そもそも初めから覚えてなんかいなかったかもしれない。
     私のことなんて彼は知らない。
     同じクラスで毎日顔を合わせていたなんて、彼は知らない。

     私は研究に没頭していた。いやそう見えていただろう。だって、そうでもなきゃどうしようもない気持ちに襲われる。強迫観念のように研究に打ち込むけれど、やればやるほど彼に近付いていってしまう。
     石化復活の研究とは、すなわち石化それ自体の研究と表裏一体であった。知らずのうちに私は、機密の世界に足を踏み入れていた。

     途中から嫌な予感はしていたのだ。何の気なしに踏み込んだこの世界は、予想外に深くてそして石神千空に近いものなのではないか。そう感じながらも突き進んだ。進むしかなかった。

     私はまだ、石神千空を追い続けていたから。


    ***


     ここのところ、サインをしなければいけない書類がやたらと多い。それは機密保持に関するもので、復興政府の名前のものもあった。石化から目覚めたばかりの頃を思い出した。あのときも、わけがわからないうちに周りを固められているような感じがした。
     仕事は忙しい。今は石化時に生じる体組織の変化が、遺伝子に影響を及ぼしていないか、将来的になんの問題もないのかを研究している。時折スイカと名乗る女性研究者と議論を交わす。彼女は、噂に聞く石化回避人類の末裔であるらしい。
     研究は順調とは言い難かったが充実していた。ある日、討論会が開催された。やたらとセキュリティが厳重で、聴衆は少ない。石化に関する研究は概ねそうだ。日本が最先端だと言われているが、国の垣根はあまりない。ここには好奇心に身を差し出した者ばかりが集まる。私が差し出したのは、好奇心ももちろんあるけれど、忘れられない思い出だったりする。

     スイカの発表が終わり、私も予定通りの発表を行うべく壇上に登る。そこに立ってようやく認識できたものがある。
     会場、中断の上手側。
     やたらと目立つ、いまやあらゆるニュースや冊子で見かける特徴的な髪型。

     ひやりと寒気がして後頭部を汗が滴る。おち、つけ、いまは私は壇上にいる。なにかに縋りたくて視線を泳がせると、左手に先ほどまで発表したスイカが小声で「頑張れ」と言っているのが見えた。
     彼女に注目をして、他のものは見ないようにして、大きく息を吐いて数秒止め、それからまたゆっくりと吸い込む。

     落ち着け、落ち着け。

     まだ心臓はバクバク言っている。けれど、あっちを見なければ行けるはず。予定通りに話し始める。手元には原稿がある。
     原稿とスイカしかほとんど見ないで、なんとか話をする。上司にあたる教授が訝しげな顔をしているのがチラリと目に入り、教授も加えてトライアングルの視線移動にする。
     なんとか、なんとか最後まで話し切る。
     幸いに質疑はあとでまとめて討論で行うことになっているため、終われば壇上を去ることができる。息も絶え絶えに降段する。スイカに大丈夫かと心配される。笑顔を浮かべたつもりだったが、うまく笑えていただろうか。

     ――しかし、幸いなんてものではなかった。どうして私は、討論会で直に会話をしなければならない可能性を見ないふりできていたのだろう。

     その後の討論会。ほとんど記憶はない。いや話した内容については覚えているけれど、感情的な記憶が一切抜けている。
     多分すごく事務的に話していたような気がする。余計なことを一切考えず研究内容のみに集中していたので、ある意味で過去最高に冴えていたかもしれない。

     この討論会には懇親会がセッティングされていた。正直もうヘロヘロだしわけがわからないし、帰りたくて仕方なかった。けれどここでいきなり帰るのは不自然だし、あまり不自然な行動を起こすと監視されるという噂もある。
     私は後悔していた。どうしてこの道に入ってしまったのか。どうして何も考えずこの場にノコノコと出てきてしまったのか。スイカから話を聞くたびに知らないふりをしていたけれどアレは多分石神千空の話だ。

     今をときめく龍水財閥がセッティングしたこの場は、研究者というものをよく理解している会場だった。
     大学の食堂のような広くて飾り気のない、けれど安物ではない長机と椅子。それから立食というコミュニケーションには戸惑ってしまうため選択肢のあるコース形式。

     私は長机の向かい、少し遠くに座る彼のことをつい、盗み見た。

     変わらず興味に光る赤い瞳。少し目線は鋭くなったと思う。肌にはまだツヤはあるけれど、随分落ち着いた雰囲気が出ている。
     背格好は記憶にあるよりがっしりしているように感じる。あ、宇宙に行ったんだっけ。学校でも行くって公言してたもんな。
     周囲の人間と気安げに話していて、周りの人間は楽しそうだ。科学の話をしているのだろうか。なぜか昔テレビで見たあさぎりゲンもいるから、違うかもしれない。女の子とも普通に話して。

     ――ああ、変わらないなあ。ここに、彼は普通に生きていたんだなあ。

     そう思った瞬間、私の瞳から涙が溢れた。

     目の前に座っていたスイカが焦って声をかけてくれる。のに、言葉にならない。やばい、すごい変な子。どうしよう、口を開くと涙が入ってきて、しょっぱい。「千空、どうしようなんだよ」なんて、呼ばないで、注目させないで、やめて。

    「?」

     少し首を前に倒して傾げて、皮肉げだけど優しい顔で、発音は濁っているのに酷く澄んだ声で。

     私を、みないで――

    「オイ大丈夫か? アレルギーとかじゃねえか?」
    「千空ちゃん」
    「スイカ、ちょっと行ってくるんだよ」

     酷く居た堪れないのに、涙が止められないでいると、スイカがやってきて手をとってトイレに連れて行ってくれる。
     顔を洗ったらだいぶ落ち着いて、やっと息を整える。酷く心配をかけてしまった。申し訳なくて、謝るけれど気にしないでと言う。
     スイカは優しい。きっと石神くんと、色んなことを乗り越えて来たのだろう。
     彼の作り上げたもの。取り戻した世界。
     私はここに、生きている。

    「あのね、実は――」

     私はスイカに、石神くんと昔同級生だったのだ、と話した。さすがに片想いとかは恥ずかしいし、そんな綺麗な感情はもうどこにも残ってない気がして、「学生時代が懐かしくなっちゃって」とだけ言い訳して。
     落ち着いた私を連れて、スイカは一緒に戻ってくれた。優しさに、心が温かくなった。
     戻ると記憶より優しい顔をしたあさぎりゲンが「大丈夫?」と心配してくれた。周りのみんなも気遣わしげに、でも優しい目でこちらを見ている。もう大人なのに、情けない。
     その横から石神くんが顔を出して、目を細めてこっちを見る。

     な、なんだろう……

    「つーかテメー……言おう言おうと思ってたが。高一ン時一緒だったろ、クラス。確か――」

     そして出てきた名前が、私よりひとつ若い出席番号の子の名前だったから、惜しい!と言ってニ度目の自己紹介をした。ついでに、懐かしくなって泣いちゃったのだと伝える。
     ほーん?と彼は理解できなそうな顔をしていたが、彼には理解できないだろう。まあ、私だって本当のところは違うのだし。

     高校生のころの石神くんの話は、彼の仲間や同僚たちにとてもウケがよくて、せっせと席を移動して話す。石神くんは中々嫌そうな顔をしていた。

     ――ああ、楽しいな。

     不思議な気持ちだった。今まで一度だって石神くんとこんな距離で話したことはなかった。今まで勝手に片想いして拗らせていたのに、私は彼のことを何一つ知らなかった。

     そんなことにも、気づいていなかった。


    ***


     帰路。姿を消したオリオンの右肩を眺めながら思う。

     ――覚えてて、くれたんだな。

     オリオンの右肩、ペテルギウスについてクラスで語っていた石神くんのことを思い出した。もう爆発しているかもしれない星。ずっと離れているから、まだ過去の光が見えているらしい。爆発した星は、また新たな星の元となる。
     なんでか、今まですっかり忘れていた思い出だった。

     彼は変わっていた。けれど、変わっていなかった。
     彼のまま、優しいまま、強いままで。
     何もない世界でひとりで、一から。
     仲間を増やして、人を助けて。

     そして私も、変わっていないつもりで、変わってしまっていた。

     星が弾けて、また新たな星が生まれるように。
     私の、恋心のようだった何かも、知らないうちに別の何かに生まれ変わっていたのかもしれない。

     明日からは、もっと楽しく仕事に取り組めそうな気がした。
     ついでに好きな人でも作ってみようかな、なんて思った。
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