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「ドリー」
そう発した声がいつもの調子ではなかった。慣れないことをしようとしているのだから自然なことなのかもしれないが、アルハイゼンは何せ過去にこのような経験が無かった。今日はお互い都合が良かったので、ドリーを自宅に招いてこれまでのように取り留めのない時間を過ごした。彼女がまだ、自分の好意を信じきっていないことは理解している。だから信じてもらえるように、彼女が傍にいてくれるだけで満たされていることを分かって欲しくて、好意を伝えた点だけを除けば友人と変わらないような時間を重ねていた。
「忘れ物があった」
「ああら、失礼」
「君じゃない。俺だ」
忘れるわけが無かった、渡す機会を理由をつけて流していただけだった。アルハイゼンは彼女が受け取らない可能性は十分にあると分かっていながらも、その状況を思い浮かべると向き合いたくはない恐れがあった。けれども、彼女とこの関係になるまで持ち込めたこと自体奇跡的なことだった。今後いつドリーから別れたいと言い出されてもおかしくは無い。彼女と少しずつ時間を重ねる中で、ドリーがいつもの仕事調子ではなく自然に笑ってくれることが多くなったのが嬉しかった。その笑顔がこのひとときかもしれない時間の中で、後悔したくは無いというアルハイゼンの想いを後押しした。
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