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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    欲しいものは書けってばっちゃが言ってたので麻痺の後遺症が残ってるユのアルユリ

    かがり火足先を擽る冷気を感じてふと目を覚ます。寝ぼけ眼をどうにか開けば、窓からうっすらとした曇天の日差しが漏れているのが見えた。次いで壁掛けの振り子時計を見やれば時刻はすっかり朝である。もう少し微睡んだって罰は当たらないような時間だが、隣で寝息を立てる男と食いしん坊の異形に朝食を拵えてやらなくてはならない。大して呆けることなく身体を起こそうとしたが、腹に力を入れた途端俄かな痺れが鋭い痛みをもってして全身を駆け巡っていく。
    「っ」
    思わず漏れそうになる悲鳴を、辛うじて嚙み殺した。情夜が齎す甘い痺れとは違う、純粋な不調の痛みである。結局身を起こすことは叶わず、ふわふわと軽い布団を幾度か揺らすにとどまった。
    吐いた息が真っ白く色づく季節。冷え込みが厳しくなると、上手く身体が動かなくなることがある。骨が軋むようにして強張り、筋肉が震え、脳の指令に四肢が従ってくれないのだ。医者曰く、これは死に瀕した傷の後遺症なのだという。特段の治療法はないとあっさり匙を投げられてしまったが、あれだけの怪我から助かってこの程度で済んだなら幸運と思うべきだと言われればそれもそうかと頷くことしかできなかった。
    「痛むか?」
    「……ふふ、起こしてしまったかい? 冷える季節になってきたからね。今日は煩わせそうだよ」
    「かまわない。……おはよう」
    私が藻掻いたので、起きてしまったのだろう。いつの間にか真っ赤な瞳が心配そうに私を見つめ、そっと頬に手を寄せてくる。この後遺症を理由にして、私はアルベールの私邸に長い間身を寄せているのだ。いつ何時動けなくなるかわからないからと押し切られる形で、二人暮らしも随分と長くなる。どれだけ一緒に過ごしても埋まらない寂寥は、想いの強さの表れなのだろうか。気づけば共に過ごす時間は格段に増え、時には身体を重ねることだってある。最初はベッドとソファで別れていた寝床も、今や狭苦しいベッドに二人寝が当たり前になっていた。
    乾燥と鍛錬で荒れた掌は、暖かいが感触が悪い。アルベールは屈強な男だが、思いのほか肌が弱く薄いのだ。手に限らずひじや足も、放っておくとすぐひび割れて血を流してしまう。しかし本人は見目の痛々しさにも、染みるであろう痛みにも全く頓着をしないものだから、口酸っぱく注意をしてやって、挙句ひっきりなしに面倒を見てやらなければならなかった。毎日手を入れてこの有様。離れていた時間が彼の身体をどれだけ痛めたかは、想像に易い。
    「アルベール。悪いが起こしてくれないか。少し動かしておかないと固まったままだ」
    「ん」
    素直にうなずいたアルベールが、先に身を起こす。金糸にはあちこち癖がついて跳ね放題だ。揶揄って梳いてやりたいところだが、指先の一本も今は反抗的だった。
    「よ、っと」
    慣れた手つきで私を抱えたアルベールは、枕を積んだ壁にそうっと背中を寄りかからせてくれた。唐突に起き上がったせいか少し視界が揺れたが、深く呼吸を繰り返していると徐々に収まっていく。
    「助かるよ。痺れも痛みも日ごとマシになっていると思っていたが、冷えるとやはり酷く出るね」
    「それでも、帰って来たばかりよりは随分よくなった。きっとそのうち気にならなくなるさ」
    自嘲を織り交ぜて感謝を送ると、アルベールは言いながら立ち上がりどこからかブランケットを持ち出して来た。肩を覆うように暖を羽織らせた雷迅卿は、柔らかな瞳をしながらどこか後ろめたそうに唇を噛んでいる。
    「ふ。……迷惑だなぁという顔かい?」
    「お前の実験に巻き込まれたときの顔と同じに見えるか?」
    「くはは、いいや。拒絶を示す君はもっと嫌そうな顔をする。……その顔は後悔をしている顔だね。何か、思うところがあるかい」
    身体が動かないのならどのみち朝食は拵えることができない。ならば今、あまりの時間ですべきことと言えば目の前で複雑に顔を歪ませている男を宥めることだ。痺れを制し、ぎこちなく両腕を広げて見せると、親友は神妙な面持ちでベッドの上に戻ってきた。
    「二度とお前を苦しませやしないと誓った心は、心配で染まっている。だが今、俺の中にある心は純真な一つじゃない」
    「ふぅん?」
    「……邪なのがもう一つある。こうしてお前が……」
    擦り寄ってきた友は、遠慮がちにこちらへ身を寄せると肩口に顔を埋めてしまった。重さが一切かかってこないのは気遣いだろう。止まってしまった吐露を促すように、広げていた腕で肌を撫でてやる。震えが勝ってつかっかるばかりだが、温度くらいは伝わるだろうと願って。
    「お前が、動けなければ……どこに行く心配だって、ないだろう。おいていかれることも、ない。そう思うと、安心してしまうんだ。このままでいいと思うことも、正直ある」
    散らばった長い髪を掬ったアルベールは、俯きながらその毛先を愛でた。目を合わせてくれないのは、抱える後ろめたさの大きさが故だろう。
    星を宿し、大罪人と成り果て、挙句死にかけた私をアルベールは傷物として扱う。それは決して軽蔑の意ではない。文字通り「傷ついたもの」として見ているのだ。英雄像を拒んだ親友は怒るかもしれないが、この男の性根は生まれついての英雄である。柔らかな心は決して傷を見逃さず、それを労わり、癒そうと試みて、精一杯に慈しむ。
    だが一連の事件で深い傷を負ったのは、アルベールとて然りだ。
    最も大切な命を守るための最善として、私は友を国に残した。今もその選択が間違っていたとは思わないが、少なくともアルベールが望む選択でなかったのは確かである。一人国に残った彼は、しばしの慟哭の後以前よりずっと働きものになったと聞く。まるで余計な思案を否定するかのように自由な時間を得ることなく、文字通り四六時中執務に没頭していたらしい。それが彼にとっての傷薬であることは、私と彼の絆を知る者たちからすると当たり前に理解できたという。
    健やかに生きてほしい。けれど、どこかへ行くくらいなら不自由であってほしい。
    二律背反として示されたふたつの心は、私が負わせた孤独への恐れそのものだ。アルベールと私を繋ぐ絆は、私が思うよりずっと強固で密だった。これは私の誤算としか言いようがない。――代わりなんてどれだけでもいると思ったのだ。選ばれた自覚が、まるでなかった。いや、親友という言葉が示す特別を、向けられる眩しい笑顔の意味を、分かっていながら受け取ろうとしなかったと言ったほうが正しい。己を辱めることなかれと鼓舞していた割に、私は己の命運を受け入れ切っていたのだ。この清らかで愛しい男に、私などが似合うはずもない、と。
    「大の男の世話を焼いているほうがいいと? 奇特な男だね」
    「……。お前が言うか?」
    真剣に悩む友を笑って、軽やかに揶揄う。恨めしそうな顔が反射的にこちらを見上げたのを狙って、手と同じく荒れた唇に柔く口づけを贈ってやった。驚きに見開かれた赤を、至近距離で悪戯に見つめる。
    「君の心は、最初から一つだ」
    「え?」
    「どこへも行くなと言うのは、君の手から離れるなと言うことだろう? その本意が甘えであれ、なんであれ、とかく君の傍に居れば何か、脅威に負けることはあるまい」
    「……それは……そうだ。俺がいる前で、お前に手出しなど何人にだってさせない」
    「そうだろう? それは、私に苦しむなと願う心とほとんど同じさ」
    「……、そう、だろうか」
    「私にはそう聞こえる。どちらも愛で、喜ばしいよ」
    ……本当は。身体が痺れていようとも、デストルクティオの力を借りればどうとだって動くことができるのだ。友の申し出を断って、一人で活動することなど容易である。アルベールもそれには気づいているだろう。それでも彼を頼る意味だって、然り。
    「なんだっていいさ。想われているのなら、なんだって幸せで――だから私は、君の傍が好きだ。それが言えるようになった今、どれだけ自由になろうとも、どこかへ消えたりしないから」
    あやす様に背を撫でる。血が巡ってきたのか、少し滑らかに動けるようになってきた。アルベールは迷うように目を彷徨わせて、それから嬉しそうに赤を細める。何にもくすんでいない、眩しく無垢な顔だった。
    「もう少し我儘を出しても許されるだろうか」
    「ふふ、場合による」
    「不調を理由に休暇を出して1日傍に居る、だとか」
    「陛下や部下たちに迷惑が掛からないのなら」
    「調整する。――食事を作ったら城に出てくるよ」
    子どものように笑ったアルベールは、丁重に布団をかけ直してぱっとベッドを飛び出していってしまった。すぐ近くの台所へかけて行く迅雷を眺めてほっと息を吐く。壊れかけた心を癒してくれた唯一無二を、今度は私が癒してやらねばならぬのだ。愛には殊更自信がないが、それでも言葉で、態度で、伝えていかなくてはならない。君のための命なのだと。君が居るから、生きていくのだと。
    窓の外の明かりは日が高く昇っても鈍く、曇天は寒空で相変わらず部屋も冷えている。だがしかし、外気の寒さを跳ね飛ばすほどに満ちた心は温かかった。
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