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    sushiwoyokose

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    正しいタイトルと纏め読み用2 アルユリ(今回の)

    熱源サントレザン城内に取り付けられた暖気の魔法器具が一斉に故障したようだ、という不穏な知らせがあったのが明け方のことだ。これが暖かな季節であればよかったが、不幸にも今は真冬。ノース・ヴァストに比べればどこの冬だって可愛いものであろうが、嵐の多いレヴィオンでは気温によって雨がみぞれ、ないし吹雪に変わることもある。要は、寒いのだ。一報が士気の低下を招くのは想像に容易く、俺は報せを持ってきた部下をひとまず褒めて、対策本部室に詰めているはずの親友殿の部屋へと向かった。
    「直りそうか?」
    「まぁ、仕組みは理解できる。魔晶に似た魔力の欠片を動力にしているのはわかるかい? それが力を吸い上げるためのパイプが力にやられて脆くなっているらしいよ。見たまえ、崩れて跡形もない」
    城の地下深くに位置する、倉庫のような部屋の中。器具の中枢があるというそこに親友と共に乗り込んだ俺は、もっぱらランタン掛けとして彼の手元を照らす仕事を担っていた。言われて覗き込めば、ユリウスの足元にはぐずぐずに先端が壊れてしまったパイプの残骸が一本、二本といくらも転がっている。
    「技師の正式な手配はいつになるんだったかな?」
    「3日後だ。それまでどうにか凌いでくれたら、来月の対策本部室予算のうち研究費に特別援助金を上乗せる。用途は問わない」
    「へぇ……。随分贅沢な報酬だ、いいのかい?」
    「王室各位の部屋も寒々しくなってしまっているからな。兵士たちも食堂に詰まって汁物をありがたがっている始末だ。士気の維持、王室の保護、これら全てをこなすと思えば足りないくらいだ」
    「ふふ。……いい時期に壊れてくれたな、君。丁度、温泉水で育つ植物の調査に新しい畑を作りたいと思っていたところなんだ。いただいた費用は開墾に使おう」
    「直せるんだな?」
    「その場凌ぎに過ぎないがね。1ヶ月も2ヶ月もとなれば話は別だが、3日ぐらいならどうにでもなる」
    満面の笑みを浮かべたユリウスは、ほのかに熱を発する機械を丁重な手つきでひと撫でし、次いで床に落ちたパイプの数を指折り折って数え始めた。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。頭の中に巡る仮説がうまく組み上がったようで、自信に満ちた瞳が爛々と俺の赤を覗く。
    「兵士に支給している対魔法装備の、壊れた奴があるだろう? あの残骸はまだ倉庫に残っているかな」
    「ああ、なまじ燃えにくいから処分に経費がかかると、放置されてそのままだったと思ったが……」
    「あれを捻じ曲げて加工しよう。今この状況では厄介だった【燃えにくい】というのが役にたつ。うまく脆くなってくれればその後の処分も容易になって一石二鳥だ」
    「おお……、流石だな親友殿……! だが、加工なんてできるのか? あちこち壊れているとはいえ鎧になっていたものだから、形はかなりバラバラで……」
    「捻じ曲げてしまえばいいのさ。力仕事は得意だよ、なぁ?」
    「〜♪」
    暗闇の中、ユリウスの背から口角を上げた触手が二、三匹飛び出してくる。じゃれつくように俺の手足を小突いたデストルクティオは、やがて楽しそうに体をくねらせながらマントの端に齧り付いて遊び始めてしまった。
    「こら、それは食べ物じゃないといつも言ってるだろ、齧るな、食べるな!」
    「〜♪」
    「ふふ。雷に焼けた香ばしさがなんとも言えず癖になるそうだ」
    「……美味くて齧ってるのか、これ……」
    ため息を吐きながら、どうにかこうにか異形を引き剥がす。齧られたマントは若干裾がほつれているが、無事といえば無事だ。彼らが本気を出して牙を突き刺していれば、今頃布地は穴だらけだろう。つまり、たった今この星晶獣は「手加減」をしたのだ。
    星晶獣との共存を決めたユリウスは、その身に宿るデストルクティオに「命令なくして人を傷つけない」という絶対の約束を取り付けているらしい。未熟ながらも自我を得たデストルクティオは、以前とは見違えるほど宿主に対して従順である。命に関わる咄嗟の出来事がない限りはこの約束を遵守し、外に体を晒すことすら滅多になかった。その利口っぷりはさながら番犬と言っていい。
    だがその正体は変わらず「破壊の星晶獣」であり、その圧倒的な力は健在だ。確かにこの牙に本気を命じて任せれば、鋼の加工など容易だろう。
    「ありがたいことに、ここは人が行き交わないからね。一応、見張りを頼んでも?」
    「勿論だ。……働いてくれるな?」
    「~♪」
    上機嫌に頷いたデストルクティオは、陽気に頷くと親友の背中へと戻っていった。国中に混乱を齎した力だ。しかし、友から引きはがすことのできない力でもある。ひいては、友が抱える孤独の最大の理解者とも。それが自我を得て、空と――友と寄り添う姿勢を見せてくれてよかったと思う。力が齎すものは破壊だけではない。使いようによっては祖国に貢献し、贖罪とすることもできる。そう気づいたこの頃のユリウスは、ようやく己の命を肯定的に捉えるようになってきた。
    「よし、そうと決まれば資材を運ぶか。力仕事も久しぶりだな」
    「最近は復興も落ち着いて専ら書類処理ばかりだったからね。腰をやるなよ、ビリビリおじさん」
    「そっくりそのまま返すぞ。俺は訓練に出ているがお前は相も変わらず研究室に籠りきりで……、その前にまだ病み上がりなんだ、無茶をするなよ」
    「冗談に本気を返すんじゃないよ。癒えて一年以上も経つ傷を病み上がりと言うのは君だけだ、心配性」
    からからと喉を鳴らす友に連れ添い、外に出る。息が白く出そうなほど冷え切った城のなかにあっても、朗らかに笑うユリウスの顔を見ると胸の内がほんのりと熱を帯びていって、不思議と寒さを感じなかった。

    異形による工事は驚くほどスムーズに進み、日が暮れる頃には城中に暖かな空気が戻ることになった。陛下のみならず殿下までもがユリウスに礼を述べていたあたり、この寒さには皆参っていたらしい。
    「大活躍だったな。偉いぞ」
    「~♪♪」
    俺の私室に備え付けられた器具も、ほかほかと暖気を吐き出している。今朝がたはうんともすんとも言っていなかったのが嘘のようだ。ユリウスの背から伸びたデストルクティオは、暖かな風を浴びながら白い牙の生える物騒な口を、平和にもにゃもにゃと動かして俺の称賛を受け取っている。恐らくは、喜んでいる顔だ。床に転がるのもどうかと思って適当なクッションを置いてやると、赤黒い身体が見事なとぐろを巻いてすっぽりと上へ収まってしまう。
    「寒いところよりは暖かいところのほうが好きだからね。ご満悦だ」
    「そうなのか。どうりでせっせと働いていると……、うぉあッ!」
    感心しながら異形を眺めていたところ、首筋に唐突な寒気が走った。驚きのまま大声を上げて振り返ると、悪戯な笑みを浮かべたユリウスと目が合う。
    「くはは、良い反応だ。揶揄い甲斐があって何より」
    「なんだ今の冷やっこいのは……。さながら氷のような……」
    「私の手だよ。一度冷えると温まるまで時間がかかるからねぇ」
    ユリウスは触手が堪能している暖気……ではなく、改めて俺の首筋にそっと手を差し込んで温もりを奪っていこうとする。触れる肌の冷たさたるや、過言ではなく氷のようだ。思わず眉を寄せて顔を顰めるが、振りほどく気にはなれない。
    ユリウスの手足が良く冷えるのは、自決騒動で負った深い傷の後遺症だった。酷い貧血から血の巡り方が狂ったらしく、一度冷えてしまうと温まるまでに時間がかかる。何をせずとも冷えてしまうというから、寒い地下で長時間作業すれば凍てついて当然だ。気を使いきれなかった後悔を苦い顔に籠めて冷えた掌を受け入れれば、ユリウスはくんと眦を上げて俺の赤を覗き込む。
    「冷えるから作業をやめろ、とでも言えばよかったという顔かな?」
    「すっかり頭から抜けていた。すまない、やめろと言わないまでも……途中で温めてやるべきだった」
    「くふふ、律儀な奴。……本当に耐えきれなければ自分から言うとも」
    「お前の我慢は底がないだろう」
    「君の心配性を考慮して改善している最中さ。触れずに温めて、何食わぬ顔をすることだってできたんだ」
    冷えた手がべたべたと頬を触る。魔力が満ちる俺の身体は、友に反して子どものように体温が高い。俺の温もりを吸いこんだユリウスの掌は、少しずつ、少しずつ、人らしい体温を取り戻している。確かに友の言う通りだ。かつてのユリウスなら冷えたという事実すら隠して、独りでどうとでもしただろう。彼は、俺の悲しむ顔を嫌うから。だが今の親友殿は、「痛みの秘匿」こそが一層俺を傷つけることをよく知っている。悲しませたくないというなら、まず痛みを見せて、俺に分けてほしい。少しでいいから頼ってほしい、と、伏せる友に向かって矢継ぎ早に注いだ我儘を、どうやら叶えてくれるつもりらしい。
    「……そうか、そうだな。ふふ、お前の悪戯は甘えでもある。覚えたぞ」
    「酒でも入っていればねぇ。もう少し可愛げも出せるというものだが」
    「どうだかな、酔ったって大して饒舌にならないじゃないか」
    友の手を取り、両手でぎゅうと握りこむ。くすぐったそうに笑う友をそのままに、肌を擦って、温度を分けて、やがて掌どころか身体を力一杯に抱きしめた。
    「冷たいな」
    「ふふ。君は暖かいね、湯たんぽのようだ」
    「……なるほど、湯たんぽ……。抱きかかえられておけば警備もできて一石二鳥だな……」
    「おっと、いらないことを言ったかな」
    楽し気に笑う友を腕の中に閉じ込めて、俺もくすくすと喉を鳴らす。冷えた身体が熱いくらいに火照るまで、そう長い時間はかからなかった。
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