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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    療養中めちゃくちゃ吐血するユのアルユリ with名前のあるモブ

    泡沫の祈祷「ごほっ、ごほっ……え、ふ、っ、ぅ……ぐ、お、っぇ」
    「……っ」
    激しく咳き込む音にハッと意識が浮上する。友の怪我の具合を見るついでに雑談をしていたはずが、いつの間にか寝入ってしまったようだ。目に飛び込んできたのは背を丸めて蹲る友の痛々しい姿。反射的に体を跳ね起こし、慌ててその背に手を乗せる。座っていた簡易椅子が音を立てて石畳に転んだが、気に留める余裕はなかった。
    「ユリウス……?」
    「っ……、すまない、平気だよ……。……っ」
    こちらを振り向いたユリウスは、緩やかに微笑んだのち数秒とたたずに再び表情を歪ませる。口元を押さえつけた手のひらの隙間から、鮮やかな鮮血が漏れていくのを見てひゅうと嫌に喉が鳴った。血を、吐いている。
    「っ……あ……」
    「大丈夫、大丈夫だ。いつもの、っ……ことだろう、最近は」
    ユリウスの背に乗せた手は硬直したまま動かず、喉から溢れるのは意味のない音の破片ばかりだ。赤に動揺するなど騎士として言語道断だが、ユリウスはそんな俺を気遣うように再び笑顔を作ろうとする。
    ユリウスの言葉の通り、友が血を吐き出すのはこれが初めてではなかった。彼が既のところで生きると決めてくれてからというものの、もう何度同じ姿に肝を冷やしているか知れない。その度俺は青ざめて固まり、友を宥めるどころか困らせている。
    爆弾を取り出すために触手で腹を抉った際、ユリウスの体は一瞬多くの臓器を欠いた。それらは理外の力……星の生命力でどうにか再生を果たしたものの、失われた一瞬で溜まった血や臓器の破片が意図しない箇所に留まりつづけているらしい。医師によると頻繁な吐血は、これらの異物によって再び体が傷つけられるのを防ぐために、発作的な排出活動として起こっているものではないかとのことだった。心身の回復と共に収まっていくだろうから心配はいらないと言われているものの、この発作に見舞われる友はいつでも酷く苦しそうでもどかしい。
    「っ……す、まない、いつも……俺は、何もできなくて……」
    「いい……、一人でないだけ、救われているよ。……っ、ひ、っぅ、っ……」
    三度、疲れの色濃い顔が歪んだ。溢れ出した血が滝のように流れ、白いシーツを凄惨に汚していく。どうにか手に力を入れ直し、ようやくその背を摩り始めたと同時。俺を気遣って起き上がりかけていたユリウスの体は、ぐらりと傾いで血の海の中へ倒れ込んでしまった。
    「ユリウス?」
    「はっ……、はぁっ……ッ……! っひゅ……っ」
    「おい、どうした? ユリウス、ユリウス……!」
    嘔吐の止まらぬまま倒れこめば窒息しかねない。沈み込んだ体を咄嗟に抱え上げ、顔を横にして頬を叩く。名を呼ぶと微かに指先が反応を返すが、苦しげに閉じられた瞼は上がらなかった。ぜぇ、ぜぇ、と痰が絡まるような音を立てて、呼吸は荒さを増しているような気がする。
    「っ、医者を呼んでくる、すまない、一人にするぞ」
    手繰り寄せた枕の上に、友の頭をそっと下ろした。血色のまるでない肌に、血の汚れは嫌に目立つ。心臓が早鐘を打ち、最悪のもしもを想像してがたがたと手が震えだした。
    (くそ、恐れている場合じゃないだろう……!)
    己を叱咤してベッドを飛び降り、二、三度友を振り返ってから医務室を飛び出す。サントレザン城には騎士団と王室双方の面倒を見る泊まり込みの医師がいるのだ。夜間は仮眠室に戻ってしまうが、緊急時に限りその部屋を訪ねて良いことになっている。日によって滞在している医師は異なるものの、誰もが城に勤めて長い。そのためか、大罪人という肩書きを背負ったユリウスの診察を拒む者はいなかった。いずれも若い頃から彼の苦労はよく見てきたと、柔らかな同情を添えてくれている。
    これは本当にありがたいことだった。ユリウスが戻ってきて初めの数日、友を守ろうとするあまり疑心暗鬼が加速して、医師すら彼に近づけたくないとあらぬ警戒心をむき出しにしていた時期がある。俺は医学に明るくない。もし診察と偽ってよからぬ謀を企てられたとして、気づくことはおろか止めることなどできないだろう。そう思うと誰の手をもはたき落としたくなってしまって、団長や皆を困惑させたのは言うまでもない。死に瀕するほどの怪我を医師に見せないという愚手とわかっていてもなお、弱りきった彼を悪意に晒す方が怖かった。もしあの時、医師が口を揃えて「人命が第一」と強く頷いてくれなければ、友の体にはもっと酷い後遺症が残ったかもしれない。俺にも、消えない後悔がまた一つ増えたことだろう。
    「っ夜分に、すまない。誰かいるだろうか」
    廊下は夜の空気に凍てついている。肺いっぱいに冷気が広がってもなお、動転した頭は冷えることがない。淡い電気を纏いながら廊下を駆け、そう遠くない仮眠室に辿りつくとすっかり息が切れていた。震える手で叩いた乱雑なノックに、扉の奥からはすぐに人の動く気配がする。
    「ええ、ここに。おや……? これはこれは、雷迅卿」
    「……! ……見ない、顔だな」
    キィ、と音を立てて開いた扉から現れたのは老齢の男だった。城に勤める医師の顔は全て記憶しているはずだが、目の前に立っている男性には何度考え直しても見覚えがない。肌身離さず身に着けている護身用の短剣に思わず手が伸びるのと、老人が困ったように微笑むのが同時だった。
    「ああ、これは失礼。お初にお目にかかります。私ブノワと申すもの。平時城に詰めているエルネストという医師の師にあたります」
    「エルネスト……。若い茶髪の男だな? いつも薬師の女性を連れている……」
    「左様。あの薬師は彼の家内なのですがね、どうも懐妊したようで具合が優れぬと。災厄を抜けたこの国で新たな命が生まれようというならこれほどめでたいこともありませんから、無理をしないよう夜間の職務だけでも交代しようということになって、私めが代わりを務めることと相成りました。陛下の許諾もこちらに」
    扉を開けたまま部屋に戻った老人は、紙きれを一枚手にして戻ってきた。受け取って目を通せば、書類には先ほど聞いた事情の説明と共にオードリック陛下の力強いサインが添えられている。かの方の筆致が自信に満ちたのはつい最近のこと。この変化を知る者はまだ少なく、偽造を疑うのは難しいだろう。
    「承知した。疑うような無礼をお許しいただきたい。すまないがすぐに看てもらいたい者が居るんだ。ただ、そいつは……」
    「ユリウス卿。違いますかな」
    「……!」
    サントレザン城の医務室にユリウスが匿われているというのは、城内でもごく一部の者だけが知る極秘事項だった。一応は説明をするべきだろうと言葉を選んでいるうちに、ブノワは淀みなく友の名前を口にする。驚いて老いた顔を見つめれば、優し気な瞳がさらに眦を下げて微笑んだ。
    「ご心配なさらず、きちんと引き継いでおります故、存じておりますとも。その血、ただごとではございませんな。すぐ向かいましょう、さぁ」
    老医者の言葉にはたと我に返り、己を見下ろせば身体のあちらこちらに鮮血がべったりと張り付いている。ユリウスを抱えた時についたものだろう。若い見回りに姿を見られずに済んでよかった。もし事情を知らぬものが鬼の形相で走る血みどろの俺を見れば、有事だなんだと騒ぎ立てたに違いない。まったく動揺を見せなかったブノワはただ者ではないのだろう。
    「すまない、酷い有様だったな」
    「いえ、いえ。医者ですから、慣れたものです。医務室でお間違いないでしょうか」
    「ああ、頼む」
    扉を潜り、廊下へ出てきたブノワを先導するべく速足に戻る。医務室までの、決して遠くない道のりが果てしない山道のように感じるのは、まだ心が急いているせいに違いなかった。

    ◇◇◇

    「ユリウス!」
    大声で名を呼びながら医務室のドアを開け放つ。ユリウスはベッドの上に頽れたまま、しかしゆっくりと赤を増した瞳でこちらを振り向いてくれた。少し落ち着きを取り戻したのだろう、吐き通した痕はあるが呼吸の荒さが少し緩やかになっている。
    「すまない、一人にして。少し落ち着いたか?」
    「どう、にかね……、収まってはきた、な」
    「よかった。だがことがことだ、一度看てもらおう。こちらは……」
    大罪人と罵られる当人であるユリウスもまた、見知らぬ人間に対して必要以上の警戒を抱く状態にあった。落ち着いているのなら猶更安堵が先だろうと医師を振り返ると、追って視線を投げたユリウスが驚きの声を上げる。
    「……! 先生……?」
    「おお……。わたくしめを、覚えておいでですか。坊ちゃん」
    ブノワは俺に律儀な会釈をして前に出ると、ユリウスのベッドに寄り添うようにして恭しく膝を折った。皺の深い手が薄桃色の頭を撫ぜると、友はあどけない顔で老人を見、見たことのない幼い微笑みを浮かべる。
    「当然……。どうして城に? 王室付きになったとのお話は聞きません」
    「弟子の代わりに急遽参じました。この機に貴方に逢えればと考えていたところです、お身体が優れないのはいただけませんが縁があってよかった。……ああ……、ご立派になられて」
    しみじみとした感嘆を纏ったブノワの言葉に、ユリウスは複雑そうな顔を隠さず視線を迷わせた。純なる誉め言葉を受け止めるのに咎と罪が邪魔をしたのだろう。うまい否定を探そうとしている顔だ。
    「顔見知りだったのか」
    助け舟を出すつもりで後ろから声をかける。ユリウスははっとして俺の顔を見つめると、少し顔つきを引き締めて大人の微笑みを浮かべた。
    「ブノワ先生は公爵家お抱えのお医者様でね。私が幼い頃……とてもお世話になった御仁なんだ」
    「なるほど。それですぐにユリウスの名を……」
    「ええ、説明を省いて申し訳ない。最後にお会いしたのはまだ十代も半ばの頃、押しつけがましく知り合いを名乗るのも気が引けましてな」
    老医者は楽し気に喉を鳴らすと、すっと姿勢よく立ちあがった。その視線はベッドの上の凄惨な赤を俄かに睨み、次いで俺のほうへ向く。
    「ひとまず落ち着いておられる、汚れを落とすのを先にしましょう。雷迅卿、坊ちゃんをお願いしても?」
    「勿論です。ユリウス、動けるか? 洗面台までいけるならそうしよう、難しい用ならたらいでも持ってくるが……」
    「大丈夫、少しなら歩けそうだよ。……ふふ、手間をかけるね」
    弱弱しく手を伸ばしてくる友に肩を貸し、億劫そうな身体が立ち上がるのを助けてやる。老医者は手際よくシーツや布団をまとめあげながら、横目で俺達の姿をどこまでも追いかけているようだった。

    ◇◇◇

    「呼吸音に多少の雑音が混ざっていました、熱も多少上がってきている。恐らくは理外の力で身体を再生した時の異物か、それを吐き出すための吐血が絡まって肺に雪崩れて悪さをしているのでしょう。幸い体力は戻っておいでだ、薬と診察を怠らなければ治るものです、ご心配には及びません」
    「そう、ですか。よかった……」
    ブノワの診察を受け、薬を飲みこんだユリウスは綺麗なベッドの上で静かに瞼を閉じている。吐き通して体力を奪われたのか、眠ってしまったらしい。呼吸はまだやや荒さを残し、気まぐれに触れてみた頬も熱を帯びて火照っているが、表情が和らいでいるあたり苦しさはないのだろう。
    「ありがとうございました、ブノワ医師。様々失礼があったことをどうぞお許しいただきたい。友に何かあったらと思うと、動転してばかりで……」
    「ふふ……、お気になさらず。むしろ私は、そのお姿を見てほうっとしたのですよ雷迅卿」
    「……? ほっと……?」
    道具や薬を丁寧に片付けながら、ブノワは潜めた声で続ける。
    「私は……ユリウス坊ちゃんが公爵家の嫡男として引き取られる前から、かの家の付き医者としてお屋敷に出入りをさせていただいておりましてね。ユリウス様と初めて出会ったのも、彼がまだ片手で年を数えられる頃だった」
    「そんな昔から……」
    「ええ。王家から越して来た坊ちゃんは、聞き分けもよく、我儘も言わず……。どこから見ても、手のかからなそうなお子でね。しかしどうにも、お身体だけが弱かった。思えば心労の類が幼子を蝕んでいたのでしょう。公爵夫妻は最初こそ、哀れな子を引き取ったのだからと献身的でいらっしゃったが……そのうち世間の心無い声に折れ始めて、周りと同じく忌み子とユリウス様を罵るようになってしまった」
    「……」
    「ただの子供です。訳も分からず、なぜどうしてと泣き喚いたっておかしくはない。けれど、次第に冷たくなっていくご両親にユリウス様は一度だって縋りつくことはなかった。わかった顔をして、迷惑にならぬようにとじっと息を潜めておられる。お身体の具合を損ねても、一人でじっと布団を抱き込んでいて……それが本当に……、ほんとうに、不憫でならなかった」
    薬瓶がカタカタと揺れる音がする。ふとブノワの手元を見ると、老齢の手は怒りを滲ませるように震えていた。
    「彼を看に行くときは、絵本だのぬいぐるみだの、菓子だのと……子をあやすものを持っていったものです。彼は目を輝かせて喜んでくれましたが……今となっては、もっと勇気を出すべきだったと思います。哀れと思うばかりでなく、彼を抱えてでも連れ出してやっていれば大罪などとは無縁に……あるいはこの国も、王を喪わず済んだかもしれない」
    一つ、息を吐いたブノワは力なく首を左右に振った。脱力した肩からは途方もない無念が伝わってくる。
    「……私も同じです、ブノワ医師。一番の友なのだと信頼と愛情を寄せながら、私は彼と先王の間にある確執が互いの死を願うまでに増幅していると気づかなかった。彼が抱えてきた痛みに、真の意味で寄り添えるようになったのも最近のこと。それだって、自己満足に過ぎないのかもしれない。もっとできることが……できたことが、あったと思います。だからこれからは、なんだって余るくらいにやってやりたい。心配も……、気遣いも……」
    「……ふふ、よくわかりますとも。仮眠室に飛び込んできた貴方の顔は尋常でなく必死だった。私はそれで、安心したのです。ユリウス様には、その御身を愛してくださる方が……きちんと傍にいるのだと」
    ブノワは薬箱をぱたんと閉じると、友の枕元に寄り添う俺を眺めて微笑んだ。幾重の皺をくしゃくしゃと縮めたその顔は、眩い光を見るように細っている。
    「王城への出入りが許される機会など、そうありません。私はこの機に……己の抱える後悔を、昇華するつもりでいたのです。もしもまだ彼が苦悶に満ちた顔でここにいるのなら。定期に出立する交易の騎空艇のチケットでも握らせて、外へ逃がしてやろうと考えていました。……だが……貴方がいるのなら大丈夫だ。坊ちゃんを……血相を変えるほどに想ってくれる、貴方が傍に居るのなら。雷迅卿、いや、アルベール殿。どうか……坊ちゃんの手を、離さないでやってください。どうか……」
    「無論です。俺は、俺は……友を幸せに生かすと決めて、今ここに居ます」
    口をついて出たのは、災厄を乗り越えてからずっと胸に抱いて来た新たなる決意そのものだった。ブノワは満足そうに宣誓を受け止めると、俺に向かって小さな包みを差しだしてくる。二、三歩歩み寄ってそれを受け取ると、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
    「これは……?」
    「ふふ、お薬ですよ。坊ちゃんに渡せばわかるでしょう、お目覚めの時に渡してください」
    老人の顔は悪戯っぽく微笑んでいる。なにか訳のある薬なのだろうと踏んで、ひとまず大人しく頷きを返した。
    「それ以外の薬はあちらの棚の上に、薬草の在庫が足りていなかったので一日分しかありませんが、夕刻煎じたものを改めてお持ちします」
    「恩に着ます」
    「こちらこそ……お声がけいただけて、本当に良かった。明け方までは辛うじて時間があります、雷迅卿もどうぞ、少し身体をお休めください」
    背を正し、ひとつ礼をした医師はそのまま真っすぐに医務室を出ていく。俺も深く頭を下げ、その後ろ姿を見送った。
    「先生は……ああいうけれどね。……たった一人でも、分け隔てなく声をかけてくれる大人がいるというのは、随分な救いだったんだよ」
    医師の靴音がすっかり聞こえなくなった頃。ベッドの上から微かな声が上がった。頭を上げると、寝入っていたはずのユリウスが遠い目をして扉の向こうを追っている。
    「……今度、直接お伝えしてみたらどうだ。きっとお喜びになるだろう」
    「そうだね……、そうするよ」
    ユリウスは淡く笑うと、ちょいちょいと手招きをして俺を傍に呼び寄せる。何かと思って近づくと、気怠そうな腕は掌に載せた包みをひょいと奪い去って行ってしまった。
    「……お前に渡せばわかると言われたが、本当に薬か?」
    「ふふ、ああ、とっておきのね。随分沢山入っている、一つ君にも分けてあげよう」
    包帯が巻き付いたままのユリウスの手が、少々難儀しながら包みの口をこじ開ける。甘い香りが更に強く広がったかと思えば、透明な粒がころころと傷だらけの掌に転がっていった。
    「ブノワ医師の奥方は、街で小さな菓子屋を営んでいるんだ。これは特製の薬……、と言う名の、飴玉だよ。懐かしい味でほうっとするから、ある種正しく薬ともいえるかもしれない」
    差し出された飴玉を一つ抓んで、口の中に放り入れる。少し癖のある味だが、確かにどこか懐かしくて美味い。蜜芋のようなしっかりとした甘さがあり、噛むとさくさくと小気味よく崩れていくのが面白い飴玉だ。
    「……、美味い」
    「そうだろう? ……。……私はもう少し、元気になってから味わうとするかな。……懐かしくなるあまり、下手をして格好の悪いところを見せてもいけない」
    からころと飴玉を袋に戻したユリウスは、小さな包みを大事そうに枕元へ戻すと、再び俺を手招いた。今度はもっと近くへ寄れという。ベッドの縁に腰かけてみるが、それでも足りないとぐいと腕を引かれてしまった。
    「お、い」
    「……懐かしい御仁に会ったからからな、どうも心が幼稚になっている。昔の願い事を思い出してしまったのさ」
    「願い事……?」
    「遠い昔……子供の頃にね。具合が優れぬ夜くらい、誰かに抱きしめられて眠りたいと。星に……願ったことがあったんだ。星そのものになってしまったのだから、いっそ自分で適えてしまおうと。……多少我儘をねだったところで、君は離れていかなそうだ」
    眉を下げ、照れくさそうに笑うユリウスに唇を噛む。子であればだれでも叶えて貰えそうな、そんないじらしい願い事を。この男は二十年余り、胸に押し殺して生きてきたというのだろうか。
    「……、当たり前だ、もっと言え。俺のほうがよほど我儘を言っている、見習ってほしいくらいに」
    傷に触らない様に、そっとベッドの上に乗り上げる。真っ白に戻ったシーツと布団は、少し硬いが寝心地は悪くない。よく知る体温よりずっと熱いユリウスの身体が、じわじわと肌を温めてくれる。
    「ふふ……、狭い。……狭くて、嬉しい」
    「……そうか」
    胸元に縮こまった友を、柔くそうっと抱きしめてみる。深く息を吸い込むと、薬と血の匂いに甘い飴の香りが混ざった。その匂いは、後悔と憤りを少し軽くしてくれるような気がする。「……なんでも、どうでも、全部大事だ。だから……ユリウス。どうか俺の前でだけは、いい子にも、従順な贖罪者にもならないでくれ。どうか、お前はお前のままで」
    「……。……、うん」
    小さく帰ってきた返事に、潜められた嗚咽が続く。微かに震える背を抱きしめる俺の手が、遠くに置き去りにされてしまった幼い子供の背をも慰めることができていればいい。祈りを抱え目を閉じると、降りた帳はどこか暖かく優しい黒であるような気がした。
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