無題厚い雲に覆われた夜空を眺めていた。
灰色の雲にぼんやりとした白い光が一つ、頼りなさげに光っているが、その光は一瞬にして再び雲に覆われてしまった。
「はぁ〜、今夜はもう無理かぁ…」
辛抱強く耐えていたシドもさすがに痺れを切らし、諦めたかのように煙草に火をつけた。
「何故、こんな曇り空の日に月を?」
シドの隣に立ち、共に空を眺めていたヴィンセントが尋ねた。
お互いに示し合わせて月見に来ていたわけではなく、シドの思い付きによって数時間前に呼び出され、こうして月が顔を見せるまで共に待ち続けていた。
呼び出された際も、「月を見るぞ」としか言われておらず、どんな理由があってそこまで月に執着するのか、ヴィンセントには分からなかった。
「よくぞ聞いてくれた!」
理由は分からなかったが、少年のように目を輝かせるシドの瞳を見て、これを見られただけでも来た甲斐はあったかと、くすりと微笑んだ。
「今日はな、月がこの星からいちばん近い所に来る日だ。つまり、今までと比べ物にならねえ、でっっっけえお月さんを拝めるってわけよ!」
そんなヴィンセントをよそに、身振り手振りで、本日拝めるはすだった天体ショーと、月について熱く語るシド。
一度は宇宙に行った身だが、それでも情熱は冷めることなく、逆に更に熱くなっていたようだった。
いずれ自らの手でロケットを製造し、再び宇宙に飛び出しかねない勢いだ。
「…でよ、オレは気になるんだよ。月にも生き物はいるのかとか、水や空気はあるのかとか…裏側はどうなってるのかとか…」
「ふむ」
「…オメェよぉ、分かってたけど反応悪りぃぞ!もうちっと驚けよ!いいか?月がこんなに近付くのなんてそう滅多にねえことだぞ!コスモキャニオンの学者さんの話によりゃ、今回逃したら次にまた星に近付くのはなんと50年後!さすがのオレ様も生きてるかどうか怪しいんだよな」
「アンタなら100歳を超えても達者な気はするがな」
「そりゃどういう意味だよ!」
「シド、冗談はさておき…どうしても月を見たいか?」
「…あぁ、見てえよ。船が無事なら、空飛んででも行きたかったが…」
そう呟いたシドの目線の先には、先のジェノバ戦役の際に破損した、飛空艇ハイウインドの残骸が鎮座していた。
あの後、何度か修理を試みてはみたが、共に空を駆けた愛機が空を飛ぶことは二度とないだろう。
「あいつはもう動かねえ…他に船もねえしな…」
「…ならば、別の手段を使えばいい」
「別の手段って…まさか」
ヴィンセントは、戦いに明け暮れていたあの時以来、抑えていた力を解放した。
漆黒の闇のように黒く逞しい身体に、血のように赤い翼を広げた悪魔のような姿、カオス。
「…マジで言ってんのかよ」
右手を差し出し、来いと促すヴィンセントに対して呟いたシドの表情は、イタズラを思いついた子供のように楽しげだった。