トラファルガー・ローはドンキホーテ・ロシナンテを世界で一番愛している。胸を張って、自信をもって断言できる。
たとえそれが13歳差という歳の差があったとしても、ローの年齢が13歳だとしても。ローの愛は未来永劫変わる事はないので問題ない。聡いローはきちんと法律を理解しているので、大きくなるまではロシナンテを犯罪者にしないよう、あんなことやこんなことをきちんと我慢できるのだ。
「俺、彼女できたんだよな~!ロー!会ってみるか?」
「は?」
できるはずだった。
天気の良い日だった。ロシナンテは子供のくせに散歩とか渋い趣味だなぁなんて笑っていた。二人で近くの公園でキッチンカーのアイスを買って、ドジのロシナンテが地面にアイスを落としたからローの分を分け合って、二人で笑いあって。それって、どう考えてもデートのはずで。
公園のブランコを漕ぎながら、ロシナンテはローと結婚の約束をしたというのにすっかりそれをなかったことにしてそんなことを言い出した。
その夜、ローは沢山泣いた。枕は涙でびしょびしょで両親に心配をされたが水をこぼしたと言い張り、真っ赤になった目はお気に入りの帽子を深く被ってごまかした。
そんな状態だったけれど、いつも通り学校に通った。学校に通うのはロシナンテを将来的に養う為、ちゃんとした仕事につく準備だと思っている。もちろん、尊敬する両親と同じ仕事につきたいからというのもあったが。
普段通りの生活をつづけながら、その脳内ではどうしたらロシナンテを手に入れられるかでいっぱいだった。ローはあきらめの悪い…というよりは、絶対にあきらめない子供だった。特にロシナンテに関することは。
だから一生懸命考えて、計画を立てたのだ。
①休日にコラさんの家に行く。
②一緒に昼寝をする。
③コラさんより先に起きて、寝てるうちにあんなことやこんなことをする。
④写真を撮る。
ローは過激派であった。
計画実行の日、前日はぐっすり寝て一緒に寝てしまわないように万全の状態でロシナンテの家に上がり込む。ロシナンテはいつも通りニコニコと出迎えてくれ、ちくりと胸が痛んだ。
何が食べたい?と聞くロシナンテに「コラさんの手料理」と答え、二人でチャーハンを作った。ロシナンテはいつも強火で料理をするので、中華が一番得意なのだ。
食後はいつも通りロシナンテの洗濯や掃除を手伝う。ロシナンテはそんなことしなくてもいいんだぞと言うけれど、二人で暮らしたときの予行演習なのでローはこの時間が嫌いではなかった。例えロシナンテにそのつもりがなかったとしても。
ひと段落がついたところで、眠そうな演技をする。ローが眠そうにしていると、ロシナンテは床に毛布を敷き、たくさんのクッションを持ってきてくれる。そこで二人でころりと寝転がり昼寝をするのだ。
ポンポンとおなかを優しく叩いてくれる大きな温かい手。子供扱いだと思うとほんの少し悔しいけれど、やめてほしくないと思う。ロシナンテの優しい手がローは大好きなのだ。
寝たふりをする…と決めていたけれど、一瞬寝てしまったようだ。こっそりと時計を確認すると、さほど時間はたっていないようでほっとする。
隣のロシナンテはというと、良く寝ているようでよだれまで垂らしていた。
ローはそろりと起き上がるとロシナンテの口元をぬぐってやり、スマホのカメラを起動する。シャッター音対策に無音のカメラアプリも入れてきた。用意も計画も万全だ。
どきどきとしながらロシナンテの唇に自身の唇を重ねる。ぷちゅりと小さなリップ音がして、ローはどうにかなってしまいそうな気持ちになる。胸がいっぱいになって、破裂しそうだ。
こんなにローはロシナンテの事を愛しているのに、どうして伝わらないんだろう?ツンと鼻の奥が痛み、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。
スマホのカメラを内側にして…あとはキスをしているところを写真に収めるだけ。だけなのだが…ローの手ではどうやってもスマホをシャッターを片手で押すのが難しい。ロシナンテが何気なく片手でツーショットを撮っていたので考えた事もなかったが、スマホが大きいのだ。
ロシナンテに口づけながらあたふたしていると、つるりとスマホが手から滑り落ちる。
滑り落ちたスマホはロシナンテの胸に落ち、びくりとロシナンテは目を覚ました。唇にはローが吸い付いている。なんだこれは、いったいどういう状況なんだ?混乱する頭でローを引きはがす。
「ろ、ロー!?何やってんだ!?」
ローの瞳から大きな涙があふれる。失敗した。ロシナンテは、顔も知らない女のところに行ってしまうんだろう。きっともう、ローは二度とこんなに人を愛することはできないのに。
「泣くなよロー…ローが泣いてると、俺も悲しいじゃねぇか。」
ロシナンテはこぼれる涙を服の袖で拭いてやる。今日一日、楽しい日だったはずだ。ローだってご機嫌で、こんな泣くような出来事なんてなかったはずなのに。
ロシナンテのそんな疑問を見透かしてローは更に涙が出る。こんなに心乱れているのは、ローだけなのだ。
「コラさんがっ…俺とっ………結婚するって言ったのに………。」
「えっ」
「俺っ……コラさんが好きなのに………でーと…だったのに………彼女いるって…。」
悲しくて、寂しくて、大泣きする自分がみっともなくて涙が止まらない。
「お、お前そんな約束覚えてたのか⁉確か三歳くらいだったのに。」
「一度だって忘れてない!」
「ごめんなぁ…勝手にローが忘れてると思っててよ。」
ロシナンテはローをぎゅっと抱きしめる。今も昔も恋愛的な意味ではないけれど、健気でいじらしいローにロシナンテはメロメロだった。
「コラさん…俺と結婚して…彼女と別れてよ…。」
「あー…結婚はまぁ置いといて、彼女とはもう別れたよ。」
「はぁ⁉彼女いるって聞いてからまだ一ヵ月たってないのに⁉」
「わはは…。」
ローには言っていないが、実はロシナンテは結構遊び人だったりする。歴代彼女の中には3日でお別れした子だっているくらいだ。
彼女の話をしたのは、ローだってそろそろそういう話もあるんじゃないかと思い言ってみただけでそこまで深い意味はなかった。とりあえず彼女の話についてはこのまま墓までもっていくことにする。
「お、おれ…コラさんが…俺の事忘れてどっかに行っちゃうんだって…。」
「行かないって。そんなに混乱するなんて思わなくてさ。」
「う…うう~…。コラさん…。」
「本当にごめん。」
首元にしがみつき「好き…こらしゃ…大好き……」というローに、ローが大きくなって黒歴史になるまでは責任取って独り身でいるかぁと考える。16歳くらいになったらきっと、一緒にいるのも恥ずかしいって言われるようになっちゃうんだろうな。
ローが18歳になった日。西日の差し込むロシナンテの家のリビング。きらきらと夕日を反射する、ロシナンテにとって世界一綺麗な金色の瞳に見つめられて。
プロポーズされる事をロシナンテはまだ知らない。