いつまでも 小さな悟飯の頭は、悟空の手にすっぽりおさまってしまう。全身ふにゃふにゃで柔らかなこどもに痛い思いをさせないように、最初はおっかなびっくり触れていた。悟飯が悟空に似て頑丈に生まれついたのだと気付くまでは、抱き上げるのにも慎重になりすぎてチチに笑われたこともあった。
よちよち歩きを始めた悟飯は、悟空やチチの後ろをついて回って、抱っこをおねだりしてくる。請われるままに応えてやっていたら、いつまでも甘えん坊のままになってしまうとチチに注意されたが、悟飯のおねだりを断るのはなかなか至難の業だった。
悟空が望みを叶えてくれないと分かると、目をうるうるさせて泣き出すのだ。焦った悟空が泣くな泣くなと抱っこして頭をワシャワシャしてやると、すんすん言いながらへらっと笑うから、結局望みを叶えてしまう。
頭を撫でると悟飯は喜ぶ。
柔らかな髪の感触と、ふにゃふにゃ笑う悟飯が可愛かったから、悟空もそうすることが好きだった。
精神と時の部屋は、正直言ってかなりきつい。どこまでも真っ白な世界は気が滅入るし、身体は重いし空気は薄いしで、肉体的にも精神的にも疲弊してしまう。
少し目がぼんやりしてきた息子は、きっと悟空以上にこの修業を辛く感じているだろう。
毎日厳しい修業をして、まずい食事をして。
悟空が一人でセルを倒せたなら、悟飯にこんな辛い思いをさせずにすんだ。
でも、修業をさせないわけにもいかない。悟空はおそらくセルには勝てないからだ。いつかは倒せるだろう。でもそのいつかはきっと間に合わない。
心臓病で生死を彷徨ってから、悟空は自分が死んだあとの地球のことを考えるようになった。仲間たちはなぜか、セルを倒し得る可能性を持つのは悟空だと信じているのだ。自分の方が、なんて考えているのはベジータくらいのもので、かつて雌雄を決したピッコロでさえ悟空ならと考えているようだった。
このままではダメだ。
悟空はすでに一度死んで生き返った身だ。不死身でも最強でもない。未来からきたトランクスの持ってきた薬によって病を治すことができたが、本来は再びあの世へ舞い戻る身だった。そんなやつに地球の命運をすべて委ねるなんて。
悟空よりも強い戦士が必要だ。強くて優しくて、悟空の大切なものがたくさんある地球を守ってくれるやつ。
そんなの、悟飯しか思い浮かばなかった。悟空の一等大切な悟飯が、今この地球で最もセルを倒し得る力を持っていた。
期待せずにはいられない。
悟空よりもずっと強くなれる可能性を秘めた息子の真の力を誰よりも見たいと願っているのも、悟空なのだから。
ベッドでぼんやり微睡む悟飯は、厳しい環境での修業のせいか険しい顔をすることが増えてきた。真面目で優しい子だから、セルを本当に倒すことができるのか不安なのかもしれない。
ナメック星で再会して以降、悟飯はあまり悟空に涙を見せなくなった。泣き虫の甘ったれだったのに、ピッコロに鍛えられて逞しくなったらしい。
それでも悟空が頭をワシャワシャっとしてやれば、かつて平和だった頃のようにキャアキャア喜ぶことを知っている。
強くなることは楽しい。しかし辛く厳しい修業が実るまでは、心が折れないようにしてやらなくては。
ピッコロに厳しく鍛えられたらしい悟飯の心が多少のことで折れるとは思わなかったが、つい手が伸びていた。髪に手を突っ込んでワシャワシャ撫でる。
「わっ!おとうさん、どうしたの?」
「んー?悟飯が頑張ってっからなあ」
「え?えへへ、そうかな?でももっと強くならないと……ボクも役に立ちたいから」
悟飯は悟空が撫でてやると、ふにゃりと笑って喜んだ。この顔が見たくて、昔からなんとなくワシャワシャしてやっていた。でもここ数年は色々なことがありすぎて、そんな機会も薄れていた。
そういえば、悟飯と二人きりでこんなに長い時間を過ごしたことはなかったな。
乱雑に撫でられてちょっとぐちゃぐちゃになった髪を、整えるように梳いてやる。
「おとうさん?」
「へへ、よし悟飯、そろそろ寝るか!明日も修業だかんな」
「はい……」
悟空が撫でるのをやめないから、不思議そうに見上げてくる。悟飯がねむりにつくまで撫で続けることにしたのだ。かつてこの子が赤ん坊だった頃のように。
この場において、悟飯に修業をつけることも、甘やかすことも制する人はいない。
悟飯を強くするために、地球を守るために、なんてことはただの建前で、ただ悟空がこうしていたいだけかもしれない。
その後もときどきこうして、悟飯が眠りにつくまで頭を撫でた。最初は不思議そうにしていた悟飯もそのうち慣れて、撫でてほしいと身を寄せるようになったから、たくさん修業をして、たくさん甘やかした。
※※※※※※※※※
親にとって子供とは、いつまでたっても子供らしい。
悟飯が大学に入学できたとか、卒業できたとか、結婚しただとか、子供が生まれたとか、論文が通ったとか、とにかくなにか良いことがあったと報告すると、父はまあまあの確率で悟飯の頭を乱雑に撫でる。
子供の頃はよくそうしてもらったが、大人になっても変わらないとは思わなかった。七年の時を経て生き返った父に撫でられたときはポカンとしてしまった。
しかし悪い気はしない。
悟飯は世間一般でいう反抗期というものがなかった。父が死んだのは悟飯のせいだと思っていたし、生まれたばかりの弟を母と育てながら、夢のために勉強もしなくちゃいけなかった。
反抗をしてる暇がなかった、というのが正しいかもしれない。相手がいなかったとも言える。
あのとき父がもし生きていたら、そういう時期も訪れていたんだろうか。
ここ最近、悟飯は大忙しだった。スーパーサイヤ人みたいな新種のアリの論文が完成して、世間に公表されてからメディアの取材やら、学会やら講義やらで息つく暇もなかったのだ。
それがようやく一段落したのと、父とベジータが遠い破壊神の星での修業から一時的に帰ってきたタイミングが重なったから、ちょうどいいと実家を訪れた。
「よっ!悟飯!久しぶりだなあ」
「おとうさん。今回は随分長かったですね」
「いやあ、はは。つい夢中になっちまって……畑を放置しすぎだってチチに怒られちまった。じき農繁期だしな。あ!チチに聞いたぞ!新種のアリを見つけてニュースに載ったんだって?すげえじゃねえか」
「わっ!ありがとうございます」
案の定ワシャワシャと髪をかき混ぜられる。こうされることを期待して、今日は髪にワックスもつけてこなかった。以前整えた髪に手を差し込まれたとき、手にワックスがついたらしく怪訝な顔をしていたからだ。子供の頃のような素のままの髪の感触が気に入ったのか、以前よりも長く撫でられている。
「悟飯はオラにこうされるの好きだよな?」
「ちょっと恥ずかしいですけど……嫌いではないです」
「だよな!?いや悟天がな、こうすると最近ちょっと嫌な顔すんだよなあ。昨日なんて手をバシッとはたかれちまって……もしかして、不良になっちまったんか!?」
「いやそれは……反抗期というやつなんじゃないかな……」
急に成長期がきて身体が大きくなった悟天は、肉体に引っ張られて幼かった精神が年齢に追いついてきたらしい。
息子にそっけなくされた父は戸惑っているようで、悟飯の頭からなかなか手を離さない。
「チチには放っておきすぎだからじゃねえか?って言われちまった。一緒に修業すればいいかな?」
「それは……どうでしょうね……」
今の悟天にそのコミュニケーションは良い手とは思えなかったが、父の思う楽しいこととは一に修業、二に修業、三に食事みたいな感じなのだ。
頭を揺さぶられながら、後日父に連れ回されるであろう弟に心のなかで合掌した。