お題「紅葉」、「片想い」 ――小倉山 峯の紅葉葉こころあらば 今ひとたびの みゆき待たなむ。
貞信公、『拾遺和歌集』
頭を相手の肩に預け、記憶の片隅へと押し込んでいた和歌を詠む。
夏は過ぎ、紅葉は黄にも赤にも色付く季節へと移った昨今。触れたいと願う心だけが日に日に増長し、だからといってこの距離は縮まず、いつかあの葉のように散るのではないかとすら思う。
「和歌ですか?」
「そ。小倉山の峰の紅葉に心があるなら、どうか、もう少しだけ散らずに待っていてほしいって意味のヤツ」
オレは不思議そうに小首をかしげる男の頭に腕を回し、そのまま引き寄せて、子どもが甘えるみたいにすり寄った。
「それはまた、風流ですね…?」
「何で疑問形なんだよ」
「いや、ずいぶんとサマになるなと思って」
目をぐるぐると動かして必死に言い繕う一つ年下の男――花垣武道は、口元を少しだけ引き攣らせている。おそらく、ただ単に和歌を覚えていたことに驚いているのだろう。相変わらず、お世辞にも嘘をつくのが上手いとはいえないようだ。
(そういうとこも好きだけど)
オレは喉を少しだけ震わせて、その言い訳に乗ってやることにした。
「オマエ、ホントにオレの顔が好きだよなぁ」
そのわりには全然振り向いてくれないけど。なんて格好悪い恨みごとだけは口内に留めながらも頭から耳へ、次いで肩へと手のひらを滑らす。
「す、好きなんだから仕方ないでしょ…!?」
「うん、知ってる♡」
「うう、ぜってぇ分かってないじゃん、この…っ」
人たらし、とかそんなのオマエのことじゃん。
そう言えたら、何かが変わるのかもしれない。このまま唇を奪うだけでも、好きだと告げるだけでもきっと大きく動き出す。そうは考えるくせに、進むのも立ち止まるのも怖くて動けずにいるのだ。
(ナヨってるなんてダセェよな)
友人のような、先輩と後輩のような曖昧な関係に甘んじているのもそのせいだろう。
「ハイハイ、タケミチクンはホントにオレが好きなんでちゅね〜」
「ば、バカにしてる…っ、もう!」
ぽかりと太ももに拳が下りる。軽く当てられたそれはくすぐったいだけで痛みなど毛ほどもない。
「ハハッ、スゲェ弱ぇ」
ただ、からかわないと好意を口にしてしまいそうで、おどけてもいないと追い縋るように抱きしめてしまいそうになる。
そうしたら、きっとこのヒーロー気質の男はオレの手を取ってしまうだろう。
でも、それではダメなんだ。
きっとそれはオレが欲しいものじゃない。
(だからこそ、いつか…なんてさ)
掃いても、掃いても積もる紅葉はいつまでも諦められぬ自分の恋心とよく似ている。
「なぁ、タケミチ…」
震える指を絡ませて、それからこつんと米神を触れ合わせた。
「もう少しだけ、待ってろよ」
いつか真っ直ぐなその瞳に向かい合う覚悟が決まるまでには、そのゼニスブルーを振り向かせてみせる。
――それまで散らずに待っていてくれよ。
そんなロマンチックな言葉の一つも口にできないまま、ぎゅうと握り返された温度に目を細める。
「か、一虎君って情熱的だったんすね、」
「…ハ、ア?」
タケミチの頬は紅葉のように染まっていた。