天津と1670万色の呪い「ご足労感謝するよ、仮面ライダーの諸君」
まだまだ厳しい暑さの続く、8月半ばを過ぎた頃。
ライダー達が呼び寄せられたのは、サウザンインテリオン社屋。オフィスの中心で革張りの回転椅子に腰かけたまま、天津垓は重々しく告げる。
「さて、突然だが今の私は深刻なトラブルに悩まされていてね」
窓の外は曇りがちだというのに、照明はすべて切られていた。薄暗い部屋の中、彼はアンニュイな様子で目を伏せ、小さくため息をつく。
「数日前から、身体が発光するようになってしまったんだ」
天津が口にするや否や、その全身は眩い虹色の閃光に包まれた。いわゆる「ゲーミングカラー」と呼ばれるきわめて鮮やかな発色だ。
「……見ての通りだ。決して冗談ではない」
発光していたのはせいぜい1秒間にすぎなかったが、今しがたの出来事は超常現象としか言い様がない。天津に召集された一同は、視線を彼に固定させたまま呆然としていた。
「えぇぇーっ、なに今のっ!? 皆も見たよね? 俺だけに仕掛けられたドッキリとかじゃないよね?」
驚きを露に沈黙を破った飛電或人が、周囲の面々を見回しては騒がしく問いただす。
「随分凝った手品だな。……で、見せたいもんはそれだけか? 俺はもう帰るぞ」
また面倒な事に付き合わされそうだとばかりに、しかめっ面の不破諫が席を立つ。
「待ちたまえ、私の話はまだ終わっていない」
そんな彼を天津はやれやれと言いたげな様子で引き留めた。
「今のところ、詳しい原因は分かっていないんだ。しかも厄介なことに、発光は私の意思と関係なく行われる。就寝時だろうとお構い無しに光るせいで、ここ数日は睡眠不足だ。手短に言おう」
いちど欠伸を噛み殺して、彼は話し続ける。
「一緒にこの不可解な現象をどうにかしてほしくてね。勿論、礼は惜しまない」
「私からも、どうかお願いします」
来客用のカップへ丁寧に紅茶(ヒューマギアの彼らには冷却水)を注いでいた厘が、深々と頭を下げた。揺れる長い髪の奥に覗く表情は、真剣そのものだ。
「天津社長がこのままずっと戻らなかったらと思うと、私も心配で……」
彼女の足元では、ロボット犬のさうざー達が悲しげにクンクン鼻を鳴らしている。見る者に訴えかけるような彼らの瞳は、可愛らしくいじらしい。
「ちょっと待て。力を貸す貸さない以前に、まず理解が追い付かないんだが」
突飛な出来事を目の当たりにしたせいで頭が痛むのか、こめかみの辺りを押さえながら刃唯阿は言う。
「先に情報を整理させてくれ。そもそもどうして……その、身体が光るようになったんだ?」
「ああ、原因もなしに人体が発光するなど聞いた試しがない。何か妙なものを食べたり、怪しい物に触れたのなら話は別だが」
彼女の言葉に滅が続いた。心当たりはないかと眼差しで問われた天津は「ふむ」と首を傾げる。
「特にないな。ここ一週間は至っていつも通りだ。……いや待て、強いて言うならば」
そうして彼の回想が始まった。
先日天津は、厘と一緒に社内倉庫の片付けをしていたという。その時、片隅に見覚えのないゲーミングパソコンが放置されていることに気付いたのだ。
「おや? こんな型の古いPCなど持ち込んだ覚えはないが」
「前にここを使っていた方が、忘れていったのでしょうか」
「仕方ない、処分しておくか。汚れも酷いから使い物にならないだろう」
「……そのゲーミングPCを捨てた以外、変わったことはしていないな」
「いや、どう考えてもそいつが原因だろうが!!」
心底不思議でたまらないという顔をした天津に、場を同じくする全員の代弁として雷が鋭い突っ込みを入れた。
「天津様。処分したゲーミングPCとは、そちらに置いてあるようなものでしょうか」
そう言って、イズが部屋の隅を指す。その先にあったのは、埃を被った型落ちのゲーミングパソコン。ちょっとしたテレビくらいに大きな液晶画面は、何故か物々しいオーラを放っている……ようにも見えた。
「バカな! 1000%その日のうちに、回収所まで持って行った筈だ」
冷や汗を滲ませた天津の顔がさっと青ざめる。しかし、直後にはまた極彩色の発光が上書きしていった。何とも悪夢めいてシュールな光景だ。
「はい。私も確かにそう記憶していますが、廃棄したものと特徴が一致しています。これは一体……」
「ま、まさか、怪談ものでよくある『何度捨てても戻ってくる呪いのアイテム』的な? 怨念が本当におんねん!?」
不安げな厘につられてか、或人も言葉尻を僅かに震わせる。
「……っ!」
その一方、ホラーの気配漂う中で放たれた彼のギャグ(もとい駄洒落)は、不破の腹筋を密かに震わせていた。
「待て待て。ゲーミングPCの呪いなど前代未聞だ。1000%あり得ない」
慌てたように首を振った天津が異議を唱える。
「仮にそうだったとしても、私は所有地内の不要品を然るべき方法で捨てただけだ。呪いを受ける謂れなどあるものか」
寝不足で心身共に弱っているのか、語気は普段よりも弱々しい。
「それに関しては、私も同情します」
意外にも、彼の主張を最初に支持したのは亡だった。普段通りの冷静な声色で彼女は言う。
「前例がないため圧倒的にデータ不足ですが、ひとまず策を練ってみましょう」
「亡の言う通りかもしれない。僕もオカルト的なものは専門外だけど……放っておいても戻らないなら、多分何かする必要があるんだよ」
或人のギャグに悶絶する不破をやや引き気味に観察していた迅も、ようやく天津へ視線を戻した。
「あと、万が一それが僕らにも伝染ったら嫌だしね」
「なぁ社長。今まで飛電が造ったヒューマギアの中には、坊さんとかもいたんじゃねえか?」
こういう案件はスペシャリストに頼むのが筋ってもんだろ、と雷は訊く。
「ああ、そうしたいのは山々なんだけど……ほら、ついこの間までお盆だっただろ」
歯切れ悪く答える或人に代わって、イズが一歩前へ進み出た。
「現在わが社が派遣できる僧侶ヒューマギアは、全ての個体が一斉メンテナンス中です」
繁忙期を終えた社員に休養を取らせるのも企業の務め。さほど長期間でないとはいえ、天津にとっては死活問題のようだが。
「この発光現象と共に、あと何日も過ごせと? 気が狂いそうだ……」
「社長、しっかり!」
目眩を起こしたらしく、覚束ない足取りの彼を厘がなんとか支えていた。
「ねぇ、僕思ったんだけど」
突然はっとしたように口を開いた迅に、一同の注意が向けられる。
「サウザーがパソコンの怒りを買ってこうなったんだとしたら、逆に喜ばせたら許してもらえるんじゃないかな」
「どうだろう」と自信なさげな息子の肩を優しく叩いたのは、すぐ傍に立つ父親だ。その近くでは兄貴も力強く頷いている。
「成程、裏付けとしては充分だ。……ならば、ゲーミングパソコンの機嫌を取るということは」
「ええ。『沢山ゲームで遊んであげる』以外ないでしょう」
滅と視線交わした亡の言葉で、天津は何かを思い出したらしい。
「そうだ、ゲームといえば……! 私としたことがすっかり忘れていた」
彼はおもむろに椅子から立ち上がると、デスクの引き出しを探り始めた。
「先日、ゲンムコーポレーションの社長だという男に絡まれ……いや、知り合ったんだが」
「ゲンムって、あの有名なゲーム会社のか?」
「えっ! 俺子供の頃、マイティのゲームめちゃくちゃやりこんでたよ。すげーっ」
何故ZAIAとも繋がりのなかった大企業が、と訝しげな唯阿とは対象的に、或人は興奮した様子で身を乗り出す。
「彼が開発中だというゲームデータを幾つか置いていったんだ。テストプレイしたデータを寄越せとうるさくて困っていたが、まさかここで役に立つとは」
何度目かのゲーミング発光と共に天津が取り出したのは、データの入ったHDD。
「おい1000パー、急にチカチカ光るんじゃねぇ! 目がおかしくなる」
「仕方ないだろう、私の意思でコントロールできないんだ」
不破の抗議を受け流しながら、天津は尚も虹色の輝きを放ち続けている。
「何だかパレードの電飾に見えてきました。ほら、前に唯阿と行った遊園地の」
「ぷふっ、エレクトリカル天津……っ!」
亡の呟きを聞いた唯阿が、憚りもせず肩を震わせて笑う。
「笑いすぎだよ、バルキリー……」
(↑小説としてまとまったのはここまで)
(↓以下、ざっくりメモしただけのシーン集)
【レーシングゲーム編】
「今です或人社長、そこでインド人を右に!」
「オッケー、イズ……えっ待って、インド人って何!?」
【ゾンビサバイバルゲーム編】
「無駄に物音を立てるな、不破。ゾンビは音に反応するんだ、群れに見つかったらどうする」
「その時はまとめてぶっ潰せばいいだろ。俺はひとりでもこの先に行く」
「待て、勝手に進むな!」
厘「社長、見てくださいっ。あのお二人、先程からずっと言い争っているのに連携は完璧です……!」