手紙「フロイドが好きだ」
そう自覚したのはいつのことだろうか。
タイミングなんてどうでも良くて、それより片割れ、家族としての好意だけではなく、それ以上であったことに衝撃を受け、それと同時に心の引っかかりが取れたような気がした。
だが、よかったと思ったのは少しことで、すぐに〝この気持ちがあの子を縛ってしまうのでは〟という感情が僕の心を埋め尽くした。
伝えなければ、隠せば大丈夫と思いながら過ごしてきたが、感情は膨れ上がるばかりだった。
このまま一緒にいれば自由を奪ってしまう、あの子から離れなければと思いはじめたのはその頃だ。
四年生になったある日「ねえ、ジェイド」と内緒をするかのように同じベッドの上に横になり、卒業後の進路について話してくれた。
フロイドが未来の話を楽しそうに話してくれている中、触れあう程近くにいるのに遥か遠くにいるような感覚になりながら僕はその話を聞いていた。
誰も僕のこと知らない何処を探しに行こう、とまだ未定だった進路を決めたのはその時だった気がする。
フロイドが隣にいない〝僕〟は、今の〝僕〟とは違うから。
この感情と一緒に新しい〝僕〟として生きていこうと。
そこから進路を聞かれる度に〝インターン先にそのまま行く〟とはぐらかし続け、フロイド本人には勿論、幼馴染みであるアズールにも一切気付かれないように準備するのは中々大変なことだった。
クラスメイトや寮生、インターン先の様々な方々に話を聞き、最初に行く場所を決めたのは卒業式の三ヶ月前のことで、そこからすぐに居住先を決めた。
〝山登りに行ってきます〟といえば、荷物が多くても不自然には思われず、少しずつ居住先に送っていった。
部屋の荷物が減っていくことも〝卒業も近いので実家に送っています〟といえば何も言われなくった。
そして、訪れた卒業式当日。
厳かな式も終わり、食堂で華やかな式典服に身を包み卒業生、在校生合同の立食パーティーが行われた。
あたりを見渡せば、様々なところから笑い声が聞こえる。
その中にフロイドの声もあった。
部活の方だろうか。僕の知らない人たちに僕のフロイドが笑いかける。
「(…嫌だ)」
気持ちに気付いてから何度、そう思っただろうか。
僕以外に笑顔で笑いかけないで。
蕩けるような声で他の人と話さないで。
僕の傍にずっといて。
あの子の自由を奪う、汚い感情が僕の中を渦巻く。
…それも今日まで。今日が終わる頃には、僕はあの子の傍にいない。
薄暗汚い感情を奥底に押しこめるように、小さく深呼吸をする。
そのまま、最後くらいは笑おうと偽物の笑顔を貼り付け、あの子のいる場所へと向かう。
フロイド、と名前を呼ぶと話していた内容を止め、こちらを向いてくれた。
それだけで嬉しくなる。
ずっとこのままでいられたらいいのに、なんて叶いもしない、叶わせようともしない願いを心に秘める。
「…もう少しこちらにいられますか。」
「うん、こいつの話、面白ぇし。ジェイドも一緒にどう?」
誘ってくれた、でも僕を優先してはくれないんだという事実に寂しくなる。
どんな内容なのかを話してくれる声は耳を通り過ぎるだけで内容なんて一切入ってこなかった。
頭の中は〝僕の気持ちに気付いて〟と今まで何度も思ったことが懲りもせず脳内をしめていた。
…いくら思っても伝わることなんてないのに。
バレないように小さく息を吐きだし、剥がれかけた仮面を再度つけ直し、先に部屋に戻っていることを告げる。
「……ねぇ、フロイド」
「ん?」
「…僕の、名前を呼んで頂けませんか」
急に両親からつけて貰った時から今まで何度も呼んでくれたこの名前を最後に、彼の声で聞きたくなった。
「ジェイド?」
戸惑いながらも呼んでくれた名前が僕の心を満たす。
奥底から込み上げる感情を抑えつつお礼をいえば、変なのと首を傾げながらも笑ってくれた。
「…フロイド。では」
ふわりと広がる式典服を尾鰭のように翻し、僕はその場を離れ自室へと向かった。
————
誰一人いない寮内の廊下を小走りで進む。
幼なじみに見られれば、きっと小言を言われるんだなと何処か遠くで思った。
やっとたどり着いた自室の扉をバタンを閉めると、堪えていた涙がゆっくりと頬を伝う。
そのまま扉に背中を預け、窓から照らす光だけの薄暗い部屋の中で疼くる。
好きです。大好きです。僕と出会ってくれてありがとうございました。
様々な感情と今までのフロイドと過ごした思い出が走馬灯のように駆け巡った。
しばらくし、落ち着いてきた涙を袖で拭きつつ、用意していた手紙とマジカルペンを机の上に置く。
お揃いのピアスも置いていこうかと思ったが、これだけは許してください、と追跡阻害の魔法をかけて一緒に連れていくことにした。
式典服から普段着へと着替え、一緒に過ごしたこの日々を思い返すようにくるりと部屋を見渡す。
そして少しだけ息を吐きつつポケットから今日の為に用意していた、お揃いの髪と同じ色の魔法石を取り出した。
そのままゆっくりと目を閉じ、小さく転移魔法の呪文唱えると光の粒が僕の身体を包み込んでいった。
『さよなら、僕のフロイド。愛していました』
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