字を書く話水差しを持ち硯に水を落とし、その上で墨を摩る。
水に濡れた硯の上で、先端が丸くなった墨を滑らせるのは容易だった。短くなっているところを見るとよく使っていることも分かる。
「もう少し力を抜いて、前後に動かすんだ」
「……わかってる。ちょっと久しぶりすぎて感覚が鈍っただけだ」
自然と力が入ってしまうのは硯をもつ自分の手を包むように握られて長い指先から伝わる熱が手に伝わって緊張が走るからだし、静かで穏やかな低音が耳を撫でるからであって……つまりは俺の手を握るこいつのせいだということだ。
事の発端は何となく、本当に何となく同僚と趣味の話になり、強いていえば字を書くのが割りと好きだと知りその流れでなぜかこうなった。まさか硬筆ではなく毛筆だったとは思わず、しかも墨汁ではなくわざわざ水で墨を摩ると言うもんだからわりとどころの話じゃないだろと突っ込んだのは間違っていない筈だ。
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