リウグレムルの話燃え盛る建物を背に、リウ協会のフィクサー達がゆったりとした足取りでそれぞれの帰路に就く。
皆、ひと仕事終えたと言った表情だ。
私の前に居るグレゴールも同じだった。
自分は数人を軽くいなしてついでに燃やしただけだと言うのに、常に気怠そうに煙草を吸いながら他の誰よりも動いたかのような顔をしていた。
そんな彼を責めるつもりは無いが……ただ、強い疑問を抱いていた。
油断をすれば自分が死ぬかもしれないのに、何故手を抜いていられるのか。
目の前で大きな欠伸をしてみせたグレゴールに向かって大きく一歩を踏み出して、リウの装具を付けたままの拳を振るった。
「……っ⁉︎」
グレゴールが驚いて振り向きざまに私の拳を右腕で弾いてみせた。
私の火花と彼の火花がバチバチと瞬いた。
「お前っ、いきなり何すんだ‼︎危ないだろ‼︎」
私は尚も拳を振り抜いて、その拳を弾かれ続けた。
彼は確かに動揺していた。
だがその動揺が体の動きに一切現れていなかった。
防衛本能と言うよりかは身に染み付いた動きと言った様子だった。
彼は確実に熟練していた。
5課に居てもおかしくない程だと、少なくとも私にはそう感じられた。
だからこそ、余計に疑問は大きくなっていった。
火花が顔に掛かるか否か、その境地に至った時。
「くそっ……頭冷やせ‼︎」
ガツンッ、と額に鈍痛が走った。
彼に頭突きをされたのだと気付いたのは彼が額を押さえたのが見えた時だった。
「……私よりも貴方の方が痛がっているように見えますね。」
「こんの石頭が……」
頭突きをした側なのに私よりも悶えている彼に謝罪をして、酒場で話す事になった。
* * *
「……で?俺にいきなり殴りかかって来たのは何だったんだ?」
騒がしい酒場で、段差を一段下りた先に広がっているスペースの隅の席に腰を落ち着けた。
喧騒から離れた静かな空間である事から、ここが彼の気に入っている場所なのだろうと思った。
私は水を飲みながら彼の問いに答えた。
「貴方は充分実力があるように見受けられます。なのに何故前線に立たないのか……気になるのです。」
逆にそう問い返すと、彼は深い溜め息を吐いた。
「はぁ……お前さん、皆が皆人をぽこぽこ燃やすのが楽しいと思うなよ?」
「そう言う割に隙を見せた敵に火種を飛ばしているのが見えますが。」
「ん……気分だよ、気分。」
「気分。」
「そ、気分。やり始める時は気分が乗らないだけで……ちょっとしたきっかけがありゃあやる気になるのさ。ほら、丁度リウ協会の着火点みたいに。」
「……なるほど。理解出来ました。貴方のやる気に火を付けるようなきっかけがあれば良いのですね。」
「そうそう。だから〜……」
グレゴールはグラスの中の酒を見せつけるように揺らしながら言った。
「今は俺にまったり酒飲ませてくれよ。説教とか一番やる気が削がれるからさ。」
「……分かりました。」
彼の心に火を点けてみたいと一瞬だけ思ったが……彼の火花と、先程の彼の話と様子を思い返して考えを改めた。
彼はこうだから……燻っているからこそ、良いのかもしれないと思ったのだ。
時々予測不能な火花の散らし方をするような、爆発するのと同じような可能性を見せびらかさずに、内で燻らせているからこそ……彼の火花はいざと言う時に綺麗に輝くのかもしれないと、そう思った。