Cathy何日かに一度、見る夢があったの。
髪も肌も焦げたような色をして、紫色の目を持っている子供と遊ぶ夢。
夢の中では私も子供で、ある時は楽しそうに遊んでいて……ある時は彼と引き剥がされて、泣いているの。
夢を見始めた時、少しずつ成長して行く夢の中の私と彼が、少しだけ不気味に思えてしまったの。
だって、夢が繋がっている事なんて滅多に無い筈でしょう?
でもね……現実で、彼と出会って分かったの。
夢の中の出来事は、別の世界で起きた出来事。
私は……彼と、恋に落ちる筈の人間だったの。
でも、その時既に私はグレゴールさんと結婚していたから……最初は悪魔の彼を利用しようとしていたの。
……悪い言い方かもしれないけど、それは向こうも一緒だっただろうから。
でも、夢の中の私が彼に逃げられて……泣いて喚いて後悔したのを見て、少しずつ不安になったの。
もしかしたら、私も同じ道を辿るんじゃないかしら。
そもそも彼は悪魔なのだから、グレゴールさんやバトラー達に知られてしまったらどうなるか……
彼が目の前で殺されてしまったら。
私も、グレゴールさんに憎悪の目を向けられて、焼かれたら。
「……」
そんな事を考えていたら、夢を見たの。
彼が、狂っている私のもとに帰って来て……あの金髪の人はきっと別の世界のグレゴールさんなのね。あの人と一緒になって必死に私を宥めて……私は結局死んで。
その時、彼も狂ったの。
そしてそれを見て、幽霊の私が泣いて……
狂って行く彼を見るのは苦しかった。
夢の中の彼はあくまでも人間だから、だからより凄惨に狂って行ったの。
私は何も出来なかった。
それが怖かった。
夢から覚めると、グレゴールさんが心配そうに私を見ていた。
「体が弱いとその分気も滅入る。何か……気分転換が出来たら良いんだが。」
一番体が弱かった筈のグレゴールさんよりも、私は弱くなっていた。
彼に願いを叶えてもらう代わりに、決して少なくない代償を払ったから。
「……私……死ぬのかしら……?」
気付いたら、そんな事を口走っていた。
よりにもよって、少しの刺激で死にそうなくらいの咳が出るグレゴールさんの前で。
私、どうして兄の神経症を治してもらったのにグレゴールさんの気管支は治してもらわなかったのかしら?
それはきっと……彼を支える自分で居たかったから、彼に必要とされていたかったから、なんでしょうね。
私……なんて自分勝手なのかしら。
「君は……、死なないよ……死なせるものか。いや……きっと、じきに良くなるさ……」
『私が付いているから』って、グレゴールさんはよく言っていたのに……その時は言わなかった。
私が、グレゴールさんが付いているのにこんな弱音を口走ったから。
一番不安に苛まれているのはグレゴールさんだったのに。
グレゴールさんが一番手を尽くしてくれていたのに。
「……ごめんなさい。こんな事、言って……」
「良いんだよ。……俺だって、昔はピリピリしていたから。今までバトラー達に当たって来たんだ。それと同じ分、私にぶつけてくれ。」
グレゴールさんが、私に必要とされる手段を変えたような気がした。
「……ごめんなさい。」
せっかくだからグレゴールさんの言葉に甘えて何かを頼もうと思った時に、夢の中で見たあの紫色の花が浮かんだ。
そして、彼の名前も。
「……あのね、私……庭に、紫色の花を植えてみたいの。ヒースって言う花。」
彼の、名前。
彼の目の色と、同じ色の花。
もしかしたら、彼も別の世界の記憶を夢に見ているのかもしれないと思ったから。
でも、実際彼は何も知らないようだった。
どうして私は彼と記憶を共有したかったのだろう。
それを考えた時に、初めて知った。
私が……夢の中の私と同じように、彼に恋をしていた事を。
必死に気を引こうとしていた。
彼に気付いてもらおうとしていた。
「……」
一人、天井を見上げながら思った。
一度心に芽生えたこの思いが、期待が、願いなら。
叶えてくれるんじゃないかって。
きっと、どうせ彼は苦しまないから。
だから……だから、苦しんでほしくなってしまった。
私の心を、知ってほしかった。
そんな私の願いの匂いを嗅ぎ付けたのか、彼は窓から入って来た。
「はぁ……もう死にそうだな。」
呆れたような、雑草を見るような目でそんな事を呟いた。
……死んでやろうと思った。
私の心を押し付けて、苦しんでもらおうと。
悪魔が食べた物はもう二度と戻って来ないらしい。
契約を重ねれば戻って来るかもしれないけど、戻って来た物以上の代償を伴う筈だと、彼自身が言っていた。
そして、彼は食べた物を吸収出来る悪魔だ。
なら……出来る筈。
私の心を、痛みを、宿す事が。
でも……その時に、夢の中で狂っていた彼の姿を思い出して、決心が揺らいだ。
彼は……本当に苦しそうだったから。
いいえ、それでも……知ってもらうの。
私の……いいえ、人の心を。
苦しみも、悲しみも、愛しさも、恋も。
私の全てを。