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    ごぼてん

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    ごぼてん

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    書き終わる気がしないので尻だたきにアップします。13×16の凌Ⅳです。嘔吐表現、Ⅳの火傷痕捏造アリです。何でも大丈夫!という人のみご覧ください。

    被害者と加害者の部屋  俺は人嫌いだ。
     普段はファンサービスだなんだと言って大勢のファンと接しているが、正直あんなゴミどもの相手をするのは辟易とするし、仕事でなければ目にも入れたくない。チヤホヤされるから続けられているようなものだ。

     「ただいまー・・・」
     仕事から帰って玄関のドアを開ける。電気もついてない暗い廊下に俺の声が響いた。それも当然。この家には俺以外誰もいないのだ。仕事への移動時間を短縮するためだけに購入したマンションの一室は、俺以外出入りする者はいない。

     昔っから人懐っこいほうではなかった。家族がバラバラになってからは、さらにそれが加速しているように感じる。

     ミハエルと兄貴、そしてトロン。
     出来ることなら家族以外の誰とも関わりたくない、話したくない、触れたくない。
     これまでもそれは変わらなかったし、これからもそうだろう。

     ―だから、これは本当に名誉なことなんだぜ?俺の家に招かれるなんてよ。

     あの震えながら佇む姿を思い出し、俺は一人ほくそ笑んだ。そして部屋全体をぐるりと見渡す。以前まではせいぜいインスタント食品や寝るためだけの簡易なベットしかなかったが、彼が来るようになってから随分と物が増えた。二人分のカップ、歯ブラシ、枕。全部俺が用意した物だ。誰も頼るアテがなくここに擦り寄って来る糞餓鬼のために無償でこんなことまでするなんて、俺は演技などではなく本当に紳士になったのかもしれない。

     鼻歌を歌いながらテーブルに二つティーカップを並べ、お湯を入れ温める。紅茶を美味しく入れるコツだ。だんだんと温まり始めた俺のものよりひとまわり小さなカップの縁を指で優しくなぞる。

     今日もアイツはやって来る。俺に対する罪悪感を抱えながら俺に縋り付きにノコノコやって来るのだ。

     「馬鹿だなぁ・・・」
     お前を一人ぼっちにしたのはこの俺なのに。

     インターホンのチャイム音が響いた。そのあと控えめな声でⅣ、と呼びかける声が聞こえる。
     かわいい、かわいい。この声を聞くと俺はおかしくなる。はやく、甘やかして、夢中にさせて、絶望に叩き込んでやりたい。
     俺は仕事用の紳士面を張り付け扉を開いた。
     「いらっしゃい、神代くん」
     「・・・Ⅳ」
     そこには俺が罠に嵌めた少年―、神代凌牙が立っていた。
     
     俺が凌牙を初めて家に招き入れたのは全国大会の一週間後、ある土砂降りの雨の日だった。

     若くして極東の王者という栄冠を掴んだ美少年、そして不正の被害者。この二つの要素はたいそうマスコミ連中を焚き付けたらしい。俺から少しでもコメントを貰おうと何をするにも記者どもが追いかけて来る日々。その当時、俺は度重なる取材に辟易としていた。

     こんなつまらないキャラを演じながら、こんなつまらないことに時間を割くのはクソだ。でもトロンが命じたことならしょうがない。トロンに命じられたなら、俺は何だって出来る。そう何だって。
     
     そう頭で言い聞かせても胸の内のモヤは溜まる一方で、気晴らしにナンバーズでも狩って、ついでに“ファンサービス”でもしてこようと部屋から外に出た時、マンションの玄関口に凌牙が立っていたのだ。
     傘も持たずずぶ濡れのまま突っ立っていた凌牙は俺を見つけるなり、こちらに向かって来て俺の正面で足を止めた。
     雨に打たれたせいか青白い顔をした彼に、俺は憐れみを覚えた。道端で捨てられている犬を見た時と同じような同情だった。

     なんてかわいそうなヤツだろう!濡れた体をタオルで拭ってくれる人も、湯気の立つ飲み物とともに温かい言葉をかける人も、もうコイツには一人もいないのだ!

     目の前で震える小さな子どもを俺は本気で憐れんだ。これほどまでに惨めな存在も居ないと感じた。今日ここに来たのも、大方こんな事態を引き起こした俺に恨み言でも言いに来たんだろう。それくらいしか出来ることがないから。
     なんて、無力で、馬鹿で、かわいそうな子ども。

    「Ⅳ・・・」
     その子どもが俺の名を呼んだ。その後消え入りそうな声でごめんなさいと呟く。どうやらわざわざ出待ちして待っていたのは恨み言を言いに来たのではなく、俺に謝罪するためだったらしい。本当に馬鹿だ。俺はわざと聞こえなかった振りをして凌牙の前に一歩踏み出した。近づいた分、血の気無く震える唇や涙で揺れる瞳がよく見える。まさしくに惨めと形容するに相応しい姿だ。

     「ごめんなさいっ・・・、おれ、まけたくなくて、まけられなくて。りおのために」
     白く丸い頬に涙が伝う。そこからしゃくりあげて泣き出してしまった。ポロポロ涙をこぼす子どもを前に、俺はしばらく何もせずその場に立ちすくんでいた。
     コイツは元々俺が嵌めた相手だ。そんなヤツが泣きじゃくるのを見ても何も感じない。―そのはずだった。
     
     その時俺の胸を衝いていたのは圧倒的な庇護欲だった。この惨めな子どもを守ってやりたい、癒してやりたいなんて馬鹿げた衝動が頭を駆け巡り、軽蔑や憐憫すら吹き飛ばす程の愛しさが襲ってくる。
     かわいい、いとしい。なんだこれは。
     
     「神代くん」
     衝動のまま、凌牙の肩を掴む。

     「僕の家に来ませんか」
     え、と凌牙が俺の思いがけない提案にマヌケな声を出した。そりゃそうだ。驚きもする。言った俺ですら驚いていたんだから。
     「・・・そんな、行ける訳ないだろ。俺がアンタに何したか、忘れたのかよ」
     そう言って凌牙は俺の手を振り払おうとしたが、強引に彼の腕を引き寄せ抱きしめる。鋭い眼力とは裏腹に、抱きしめた体は想像以上に細く冷えきっていた。雨に打たれて衣服が張り付いたためか、薄い肉付きとまだ細い骨が浮かび上がり、俺の指先を擽る。

     こんな骨ばって冷たい体を、俺は抱きしめたことがあった気がした。

     「もう、何なんだよ!放せ!放せってば!」
     身をよじって暴れる凌牙の頭を片手で撫でながら語り掛ける。出来るだけ低くゆっくりした口調で。紳士的な決闘者を演じる際、トロンから教えられたことだった。
     「ねえ、やっぱり僕と一緒に来ませんか。タオルだって、温かい紅茶だってあるんですよ。そうだ、お風呂にも入ってください。先日いい入浴剤を頂いたのできっとリラックス出来ると思いますよ」
     そう言ってしばらく宥めていると、凌牙も落ち着きを取り戻したようで暴れなくなったが、ふと何か思い出したかのようにぽつりと呟いた。
     「・・・何で」
     「ん?」
     「何でこんなことすんだよ」
     俺の腕の中にすっぽり収まった凌牙が上目遣いでこちらを尋ねてくる。そんなもん俺にも分からなかった。こんな馬鹿は嘲笑い、泥水に向かって蹴り飛ばすのが悪魔の決闘者“Ⅳ”のやることだろう。自他ともに認めるサディストであるはずの俺が、嬲ったり蹴り飛ばしたりしたいといったサディスティックな欲求ではなく、むしろその逆に―。
     「僕は君を可愛がってあげたいんですよ」
     その瞬間凌牙の目が大きく開かれる。深い青の瞳がぎゅっと縮まり、白目は固まったように動かさず、そのまま時が止まった様に制止していた。呆然として立ちすくんでいる彼を見ているうちに俺の中の混乱も収まり、次第に今自分が抱えている欲求が形になっていくのを感じる。

     そう、俺は凌牙を可愛がってやりたいのだ。おいしいものを食べさせて、ふかふかの毛布でくるんでやりたい。何でこんなことを思うようになったのかはわからないが、多分行き過ぎた嗜虐心が暴走して、おかしな方向に俺を導いたんだろう。こんな惨めなヤツを嬲っても何も面白くないから。それに安全な居場所という希望を与え、それを奪った時、コイツは俺が見て来た中で一番美しい顔をするに違いない。それなら少しの間この愚かな子どもを受け入れるのも一興だろう。
     
     凌牙は黙ったまま俺を見上げていた。身じろいすらせず、ただ俺の目を食い入るように見つめてくるのでいささか気まずく感じる。無理矢理連れ込んだら俺が逆に犯罪者になってしまうので、俺は凌牙が首を縦に振るのをじっと待っていた。だがいくら待てども凌牙は何も言わない。そこで彼の回答を待つ間、凌牙の顔をしげしげと眺めてみる。
     ウチの家族には及ばないが、コイツも結構整った顔をしている。肌は赤みもなく透けるようで、鼻梁はすっと伸び、薄い唇は泣きながらも品の良い形を常に保っていた。そして何より俺が美しく感じたのは、彼の目だった。
     大きな球形が子どもの小さな眼窩にこぼれそうになりながら収まっている。目縁には髪の毛と同じ色の睫毛がきれいに整列し、元々大きな目をさらに大きく見せていた。白目も黄ばんだり赤っぽくなることなく純白で、瞳の青をより美しく魅せる。世界中の海の一等綺麗な場所から掬い取ってきたかのような、見る者を引き込ませるこの虹彩に暗いネイビーブルーが散っているのに気付いた頃に聞こえた小さな声で我に返る。
     凌牙が答えを出したのだ。
     「・・・雨が止むまでの、少しだけなら」
     そう言って、気まずそうに目を伏せる。しかし瞼によって隠された美しい青はちらちらとこちらをうかがっていて、思わず可笑しくなってしまう。
     少しだけ?そうはならないさ。お前はきっと明日も明後日もここにやって来る。俺に罪悪感を抱えながら俺に縋り付きに。煩いマスコミ共からも、周りからの孤独も、全部俺が守ってやる癒してやる。
     お代は結構。その代わり、お前の最高の顔―希望を与えられた後それを無残に奪われ絶望に染まった顔―を見せてくれ。
     「わかりました。じゃあ、行きましょうか」
     俺の言葉に凌牙が小さく頷く。その子どもらしい動作に思わずときめいてしまう。
     かわいい、かわいい。この愚かで惨めな子どもがどうしたって愛おしい。
     俺はたまらなくなって無防備な凌牙の額に軽いキスを落とした。唇に冷たさを感じた瞬間、派手な音とともに口に触れる感触がなくなる。下を見ると凌牙が真っ赤な顔をして尻もちをついていた。耳の端まで赤くしながら口をパクパクさせて何やら呟いている様子を見て、俺は少し笑った。
     そうそう、ミハエルも驚かせた時同じように尻もちをついていたっけ。
     口角が上がるのを抑えながら地面に座り込んだ彼に手を差し伸べる。日頃の鬱憤も何も気にならなくなるくらい愉快な気分だった。

     こうして、俺と凌牙の奇妙な共同生活は始まったのである。
     
     つやつやと透明なゼリーに包まれ光沢を放つマスカットがカスタードクリームとクッキー生地の上に鎮座している。淡緑色の果肉が唇を通りぬけ、薄暗い口内に入っていく様子を俺はじっと眺めていた。
     「神代くん。そのタルト美味しいですか?」
     「ああ。・・・よかったのか?俺が食っても」
     「ええ、むしろ助かります。それ仕事先から頂いた物なんですが僕一人じゃ食べきれないので」
     そう言って微笑むと、凌牙は安心したのか一口食べた後テーブルに置いたままだったフォークに手を伸ばし、もう一切れ口に含んだ。顔全体で幸せです美味しいですと主張しながら食べ進める彼を見て、俺はカップで口元を隠しながらひそかにほくそ笑む。
     仕事先から貰ったなんて嘘だ。あのケーキは俺が”ファンサービス”してやった相手が持っていて奪ってきた物だった。

     見せしめとして奪ったはいいが、一度地面に落ちた物を大切な家族に食べさせるわけにはいかないからな。俺一人で消化するには量が多すぎるし、いい残飯処理係がいて良かったぜ。

     そんな俺の胸中もいざ知らず、凌牙はタルトを食べ終わり再度俺に礼を言った。真面目な顔をしているがその口の端にクリームがついていてあまり格好はついていない。子どもが背伸びしているようでかわいらしく感じて、俺はクリームを指先で拭い取ってやる。俺の指が口角から唇をゆっくりとなぞる間、凌牙は頬に真っ赤に染めて固まっていた。体はあんなに硬くなっているのに目だけはある種の熱―凌牙の年頃なら当たり前に持つものだが―をにじませていて、最近見つけてしまったその熱を、俺はどう処理しようか目下悩んでいるのだった。

     深い青に揺蕩う肉欲を帯びた焔。ファンと接する中で時折見かける熱っぽい視線。
     どうやら凌牙は俺に性的興奮、つまり欲情しているらしいのだ。

     まぁこんなに顔がいい男に優しくされてキスされて、惚れない方がおかしい。身の程知らずにも、この俺に浅ましい劣情を抱いてしまったことについては許してやろう。気持ち悪いことは変わらないが。
     クリームのついた指に熱い視線を感じながら、俺はうやうやしくハンカチを取り出し指先を丁寧に拭った。それを見た途端凌牙がさっと目をそらし落胆するのを一瞥し、密かに溜息をつく。
     こんな風に凌牙に熱っぽい視線を送られる度に、俺の中の凌牙への庇護欲は霧散していき、ただ嫌悪感のみが頭を支配するようになった。今にも折れそうな線の細い子どもがおぞましい化け物のように感じられて、その視線から逃れたくてしょうがなかった。

     気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。お前がそんな目で俺を見るな。そんなことは許可していない。お前はただ、俺の与える幸福を受け身で喜んでいればいいんだ。 
     ―何故?他のファンにはどうにも思わないのに、コイツだけ何故こんなにも嫌悪感を感じる?愛しく思う?
     俺は凌牙を何だと思っている?

     「Ⅳ?どうしたんだ」
     「えっ、ああ、何でもありません。ちょっと仕事のことを考えていました」
     黙りこくる俺を不審に思ったのか、凌牙が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。テメエのせいだよと内心腹立たしく思いながら弁解する。それで凌牙は納得したのかそれ以上追及することはなかったが、少し休んだ方がいいと忠告してきた。
     「別に大丈夫ですよ、僕体は丈夫なので」
     「それでもだ。昨日なんて夜中の二時に帰ってきて、五時から出て行ったんだぞ。アンタ、そのままだとそのうちポックリ逝っちまうぜ。―アンタが死んだら、アンタのファンも、家族も悲しむだろ」
     そう言って顔に憂いの色を浮かべ、痛切に忠告してくる凌牙に俺は苛立ちを感じた。俺に守られている立場のクセに上から目線で諫めてくるのが腹立たしくてたまらなかった。
     少し、虐めてやろう。
     そう決めた俺はだって、と甘えた声を出した。先ほどまでとは違うあからさまに媚びた声に凌牙がびくりと体を震わせる。
     「取材もファンサービスも、全部してたら時間なんて足りないんですよぉ。デッキも組まないといけないし。―神代くんが、練習相手になってくれたら楽なんですけど」

     僕とデュエル、してみます?

     この言葉を聞いた途端、凌牙は弾かれたように上体を起こし顔を青ざめさせた。飛び起きた拍子に椅子が揺れ大きな音を立てる。
     「お、俺はもうデュエルなんてやってない」
     凌牙は怯えた表情でそう叫ぶ。
     凌牙はあの日からデュエルに関わること全てを怖がるようになったようだった。いや、俺に自分がまだデュエルをしていると思われることを酷く恐れるようになったのだ。

     不正をした自分がまだデュエルをしているなんてⅣが知ったら、今度こそ嫌われてしまうかもしれない。そうなればもう、自分は生きていけない。
     今の凌牙にとって、Ⅳは唯一自分を愛してくれる存在なのだから。

     さっきまで欲に揺れていた瞳が罪悪感と恐怖に染まり始めたを見て、機嫌が良くなった俺はこの哀れな獲物をさらに追い詰めてやることにした。俺は席を立って凌牙の傍に駆け寄り、彼のズボンのポケットの上に手のひらを乗せ囁く。そこは不自然に四角く盛り上がっていた。手はそこに置いたまま、凌牙の肩に顎を乗せ彼の耳のすぐそばで囁く。

     「でも、ここにデッキはあるじゃないですか」

     そう囁いた後、凌牙は小さく呻いたかと思うと、顔を青くしたまま勢いよく吐きだした。抑えようとした手の指の隙間から吐瀉物が滑り落ちていき、あたりが独特の臭気で満ちる。彼の口から出た黄緑色のドロドロとした物体が先ほど食べたマスカットだと気づくまで、俺は冷めた目で彼を眺めていた。

     吐き終わった凌牙はゲロをもろに被り、全身汚れていた。ただ本人はそんな悲惨な状態に気づきもしないのか、ひたすらうわ言のようにごめんなさいと謝り続ける。ゲロまみれになりながらも必死に俺に謝罪し続ける凌牙に対して、消えていた庇護欲と胸の奥底に引っ込んでいたはずの嗜虐心がムラムラと湧いてくるのを感じた。

     「汚れちゃいましたね」

     ついてしまったゲロを指で払い、そっけなく呟く。その言葉を聞いて我に返った凌牙が自身の服で床を拭こうとするのを、俺はそっと彼の腕を掴んで制し耳うちした。 

     「一緒にお風呂、入りましょうか」

     そう言った瞬間、凌牙は俺が部屋に来るよう提案した時のように大きく目を見開いた。そして母音のような判然としない呻き声を漏らした後、どうしてと震える声でこぼす。

     「どうして、そんなことすんだよ。・・・服、着替えりゃいい話だろ」
     「それはそうですけど、このままじゃ気持ち悪いでしょう。それに、見たくないんですか?」
     「何が」
     「僕の裸」

     だって神代くん、僕のこと好きでしょう?

     おまけにエッチな目で見るくらいには、と付け加えると凌牙は再び吐いてしまった。もう胃の中に何も残っていなかったのか唾液混じりのうすら白いものを吐き出し終わり、肩で息をする凌牙の目を下から覗き見る。兄とよく似た青い瞳と視線が交差する。
     罪悪感と恐怖が入り混じり染め上げられた美しい青、これこそ俺が尊び賞賛するもの。

     やっぱりお前は最高だよ、凌牙。

     俺は凌牙の唇に自分の唇を重ねた。触れた瞬間凌牙の唇がビクリと強張ったのも構わず舌を伸ばし、口内を蹂躙していく。舌が口内に残った吐瀉物のえぐみを伝えてきても、俺は口を重ね続けた。
     思い人にキスされているというのに凌牙は青ざめたままだったが、むしろそちらのほうが心地よかった。この愛情がただの嗜虐心からのものとわかって安心できたから。そうだよな、俺は家族以外全員死んじまえって思ってるんだから。
     キスの最中、凌牙の顔を覗き見る。その顔は俺がファンサービスをしている時の対戦相手のように怯え歪んでいた。
     そうそう、そっちのほうが断然俺好みだぜ。
     口付けをかわし続けながら、頭のどこかでこれが俺のファーストキスだったなと考えた。

     俺は抵抗する凌牙の衣服を剥ぎ取り、素っ裸にひん剥いた後横に抱き抱え、お湯をはった浴槽に叩き落とした。その勢いで浴槽の底に沈む凌牙の頭を上から押さえつける。

     「はぁーい、汚れてるからきれいにしましょうねー」
     俺の妨害により浴槽の底から起き上がれない凌牙は自由な手足を力一杯ジタバタとさせて、必死に解放されようとしていた。酸欠で苦しみもがく彼の姿を、俺は飛沫がかからないようにして、上からじっくりと観察してみる。

     溺れてパニックになっている人間の顔なんて見れたもんじゃないと今まで考えていたが、成る程元がいい奴はそうでもないのだ。白い四肢をせわしなく動かし、生きようともがき続ける生き物を観察するのは俺のサディスティックな欲求を非常に満足させるものであった。
     凌牙の大きな丸い目が限界まで開かれ、今にも湯の中へとこぼれてしまいそうで、もし眼窩から本当にこぼれおちてしまったらどうなるだろうと夢想する。元々あった球体を無くした眼窩はただの暗い窪みとなり、こぼれ落ちた眼球はその青を湯を触媒として広がっていく。前貰った入浴剤なんて相手にならない程の美しい青で浴槽が満たされていく光景を俺は想像して、身震いした。そうなったらどんなに素敵だろう。この青に体全体を浸すことができるなら、どんな疲れだって吹っ飛んでしまうに違いない。
     「あー、いいですねぇ凌牙ァ。今までの中で一番ステキだ。・・・ずぅっと、このままでいましょうよ」
     そう語りかけるが、勿論凌牙は答えられない。泡を吐きながら必死にもがくことで精一杯だ。

     水の中で、凌牙の口が一定の形に動く。口を開けて、少し横に開いて、閉じて、また開いて、ちょっと動いて、最後に唇を横に引いた。

     ごめんなさい、ごめんなさい

     凌牙は俺に謝り続けていた。浴槽の底に頭を押しつけられて、溺れさせられそうになっているのにまだ加害者のつもりらしかった。

     馬鹿だ、本当に馬鹿だ。そんな可愛くて愚かな奴にはご褒美だ。

     俺は上がっていた口角をさらに上げて、頭を押さえつけている力をさらに強め、もう片方の手を使って全身を押さえ込み凌牙の全身を底に沈めた。暴れることも叶わなくなり凌牙はいよいよ死の恐怖に顔を引き攣らせ、水中で必死にごめんなさいと繰り返す。その様がもっと見たくて、俺は着ている服が濡れるのも構わず夢中で浴槽に凌牙を押し込んだ。

     興奮が最高潮に達しようとした時、俺のDゲイザーに連絡が入った。送り主はミハエルだ。楽しい遊びを邪魔をされ、舌打ちをしてDゲイザーを取る。
     「何だ!仕事中はかけてくんなって言ってんだろ!」
     そう怒鳴ってももう俺のヒステリックな言動には慣れっこの弟は、乱暴な物言いにもうろたえず淡々と言葉を紡いだ。
     『トロンからの伝言です、今日は必ず帰ってくるようにと。・・・あとそれから、その、コレは僕の個人的なものなんですが・・・』
     ミハエルはすらすらと流れるようにトロンからの命令を伝えた後、急に言いよどんだ。それが何だか腹が立って思わず冷え切った声で返してしまう。
     「さっさと言え、俺は忙しい」
     『今日の晩御飯はシチューなんです。兄様シチュー好きでしょう?・・・だから、今日は一緒にご飯食べましょうよ。久しぶりに、皆で』

     久しぶりに、皆で。その言葉が胸の中で反芻される。
     ピカピカに磨かれた白い食器と草花のレリーフがついた銀食器、下の兄弟たちの分の食事を取り分ける優しい兄、隣に座って美味しいねと笑いかけてくる可愛い弟。全てありありと思い起こせる。俺が最も幸せだった場所。ミハエルが今、俺に思い出させようとしている場所。

     「・・・ハッ!」
     俺は思い切り鼻で笑った。
     なんて、くだらない思い付きだ。
     あの美しく温かかった場所はもう何処にもない。俺が帰りたかったところは、皆奪われてしまった。俺は偽の安楽なんか求めていない。
     「皆だぁ?お断りだ!Ⅴの野郎の顔見ながら食うなんて、飯が不味くなる」
     『そんな・・・』
     「じゃあな、Ⅴには引きこもったまま飯食ってたら豚になるって言っとけ」
     電源ごと切り、Dゲイザーを放り投げる。折角の楽しい気分に水を注され腹が立った。こんな気分の時は美しい物を見るに限る。俺は凌牙の方を見やろうとして、さっきから暴れる際の激しい水音も水飛沫も出ていないのに気づいた。

     まさか、死んだのか?

     俺は慌てて浴槽の底から凌牙を抱き起こした。凌牙はグッタリと浴槽の縁に体を預けて、小さく息をしている。目は開いているものの虚で、何も映してはいない。
     弱りきったその姿を見て、俺はまるで肉親を殺めてしまったかのような深い後悔と罪悪感に襲われた。
     どうしよう、どうしよう。凌牙が死んでしまう。
     俺は不安になって、とりあえず凌牙に息をさせるために背中を思いっきり叩いてみた。
     「オイ!死ぬな凌牙!・・・さっさと起きろよっ!」
     凌牙の白い背中が赤くなるほど力強く叩くと、凌牙は咳き込み息を吹き返した。涙目でこちらを眺めてくる凌牙を見て、ああしくったなと他人事のように感じる。
     「Ⅳ・・・」
     「ご、ごめんなさい、神代くん・・・」
     いやゴメンで済むわけねえだろと自分に突っ込む。殺しかけといて何言ってんだ。俺のほうが馬鹿だった、これで最も紳士的な決闘者Ⅳ様も終わりだ。
     だがてっきり罵倒の言葉でも投げかけてくるかと思って身構えていても、凌牙は息を荒くしたままこちらを見据えるだけで何もしてこない。たった二人だけの浴室を静寂が支配する。先に口を開いたのは凌牙だった。

     「・・・さっきの、家族か」
     「え?」
     「さっき電話してたの、家族かなんかなのかって聞いてんだ」
     「え、・・・そうです。僕の弟ですよ」
     「そうか」

     それを聞くと凌牙はまた黙ってしまった。凌牙を支配していたのは俺であったはずなのに、今やこの場の支配権は完全に凌牙に移っている。凌牙のペースに乗せられていることは腹立たしいものの、こんなに酷いことをされても糾弾してこない凌牙が気味悪く、俺は動けなかった。凌牙はしばらく目を伏せて沈黙していたが、ふと「帰ってやれよ」と言った。
     「アンタには家族がいる。それならソイツらを大切にするべきだ。ー家族なんて、いついなくなっちまうかわかんないんだから」
     そう言って遠い目をして凌牙は下を向いた。紫の長い髪が邪魔して、こちらから凌牙の表情は伺うことはできない。そのまま、絞り出すみたいに凌牙は苦しげに言葉を続けた。
     「俺は確かにアンタが好きだよ、Ⅳ。・・・気持ち悪りぃよな。俺がアンタになんて、どの面下げてって話だ。気持ち悪くて、こんなこともしたくなるよな。当たり前だ」
     でも、と凌牙が顔を上げ俺の方を見る。そこには肉欲に溺れたものではなく、どこまでも真っ直ぐな深い情にあふれた瞳があった。
     「アンタだけだったんだ、俺に優しくしてくれたの。俺はそんなアンタの優しさにつけこんで、家に入り浸って、最低な野郎だ。・・・今あったことは誰にも言わない。そして合鍵も返す。今までのこと全部、無かったことにしようぜ」
     そう一息で言い切って、凌牙は再び目を伏せる。それに対し俺は動けないままだった。
     凌牙の提案したことは俺にかなり利が、いや俺にしか利がないものだった。だが今ここで首を縦に振れば全部丸く収まるはずなのに、俺の体はピクリともしない。
     どうして
     凌牙に何回も問いかけられたことを自身に問い直す。
     どうして?
     何度考えてもわからない。自分自身のことなのにちっとも理解できない。溺死させられかけたのにまだ俺を慕わしく思う凌牙のことも訳がわからなかったが、凌牙を追い出そうとも思えない自分のほうがもっとわからなかった。

     ただ一つ確かなのは、俺は自身の偏執的性癖を抜きにしても凌牙を愛しく思っているということだった。
     
     「神代くん、僕さっき言いましたよね、僕のこと好きでしょうって」
     俯いたまま動かない凌牙に声をかける。出した声は俺が思うより随分と冷え切っていた。
     「もうそんなことはわかってるんですよ。今更君がそれを告白したところで、何にもなりません。それにね、全部なかったことにしようって・・・、それって子どもの言い訳なんですよ。何もなかったことになんて、出来る訳ないでしょう」
     そう責め立てるとますます凌牙の頭は下に下がっていく。彼のプライドと淡い恋心が俺の言葉によって完膚無きまでに叩きのめされていく様を見て、俺の中の嗜虐性は歓喜し、また埋もれていたはずの愛情が疼きだす。 
     ああ、もうどうしようもない。
     俺は自身に言い訳をするのをやめた。
     俺は凌牙を愛している。惨めな姿を見たいからというサディズムによる衝動からではなく、心から幸せにしてやりたいと思ってしまっている。凌牙からの肉欲を憎みながら、彼のためなら何でもしてやりたいと考えてしまう。
     ならもういっそ、心の底から愛して心の底から憎んでやろう。お前のどこまでも真っすぐな恋心も、浅ましい劣情も全て受け入れてやろう。
     そうでもしなくちゃ、俺はお前を手放せないらしいから。
     相変わらず俯いている凌牙の顎を掴み、力任せにこちらに向かせる。怯える子どもに無理矢理目線を合わせ、俺はこれ以上ないほどニッコリと微笑んでやった。
     「でもよく正直に言ってくれました。僕があんなこともしてしまったのに許してくれて・・・。だから、コレはご褒美です」
     俺は服の襟に手をかけると、着ている服を一枚一枚脱いでいった。シルクで作られた純白の衣装が濡れた床に落ち、俺が服の下に隠していたものがあらわになっていく。全ての衣服を脱ぎ去った後、現れた裸体に凌牙は愕然として目をむいた。
     「ふ、Ⅳ、それ」
     「ふふ、びっくりしましたか?・・・触らないでくださいね、まだひりひりと痛むんです」
     俺は凌牙に隠していたもの―全身を覆うケロイド痕―をそっと撫でた。
     あの時負った火傷の痕は足の付け根から鎖骨のあたりまでを占領し赤黒く皮膚を変色させ、あれから暫く経ったにもかかわらずまだ痛みを訴えている。トロンからは治さないならそれでもいいが、絶対に人に見せるなと言われていたものだった。
     俺は風呂の開いてる隙間に入りこみ、呆然としている凌牙の首根っこを掴んで膝の上に乗せた。ケロイドのごつごつと隆起している部分が肌に触れくすぐったいのか、それとも恋い慕う相手にも妹と同じような火傷痕があるのを知ってしまい動揺しているのか、凌牙は落ち着きのなく俺の上で震えている。細かく震えている手を取って、薬指につけられた銀の指輪を弄りながらゆったりとした口調で話しかけた。
     「でも、いつまでも子どものままってのはいけませんよ?僕が君くらいの年はもうちょっと利口だった気もしますが。―ああ、ココがまだ子どもだからですかね?」
     そう言ってまだ幼い凌牙の陰茎を握った。ソレを握られた途端凌牙は甲高い声を出して悲鳴をこぼす。同年代のガキと比べても大人びた顔をしてるが、俺の手の中にあるソレは年相応に小さく、まだ皮を被っていた。
     「やっ、止めろよⅣ!もう何なんだよアンタは!俺をどうしたいんだよ!もう、わかんねえよ!」
     上擦った声で凌牙が叫ぶ。それを無視して俺は彼の陰茎の先を指先で刺激した。まだ若い雄は亀頭への刺激に敏感に反応し、先からだらしなく先走りを漏らす。カリ先の部分を爪でひっかいてやると、凌牙はたまらないというように熱い息を吐き、潤んだ目で俺を睨んできた。だがそんな蕩けた目で見られても痛くも痒くもない。
     「僕が大人にしてさしあげますよ。君のここ」
     そう言って俺は凌牙のペニスのカリの部分に人差し指を引っ掛け、ずるりと皮を剥いた。凌牙の甲高い悲鳴とともに皮に覆われていた薄ピンク色の肉があらわになった。水の刺激にあわせてピクピクと動いている様子を観察する。
     俺のモノも昔はこんな可愛らしい、小さなイチゴのようだっだろうか。俺の二次性徴はほぼ孤児院にいた時に終わってしまったからあまり覚えていない。そういえばミハエルはもう皮は剥けているんだろうか。さすがに弟にこんなことはできないが、もしまだなら適当な女くらいなら紹介してやってもいいかもしれないなと思いながら凌牙のブツをしごいていく。

     「うっ、うぅ、っあ!ひ、も、もうやめろっ!あたまが」
     「頭が?」
     「頭が、おかしくなっちまう!」

     髪を振り乱し凌牙が叫ぶ。まだ線の細く頼りなさげな肩を動かし、無理矢理与えられる快楽を逃がそうと必死になっているが、そんな姿は俺をますます興奮させる材料にしかならない。昂った神経が俺に彼にもっと責め苦を、もっと愛をと訴えてくる。

     かわいい、かわいい、虐めたい、愛したい、泣かせたい、笑わせたい、幸せにしたい。
     大好きだよ、凌牙!

      荒く息をする凌牙の首元に顔を寄せ、とびきり蠱惑的な声を出す。
     「おかしくなってください。僕のせいで、おかしくなって」

     そう囁き先端を親指で強く抉った瞬間、凌牙が射精した。透明なぬるま湯に入浴剤でも、彼の瞳の青でもない白濁とした液体が広がっていく。性の淫蕩さの白と高潔で純粋な青のコントラストが目を貫き、精液が湯の中で同心円状に広がっていくのを見て、あまりの現実感のなさにクラクラしてしまった。
     凌牙はぐったりと俺の肩にしだれかかり、彼の長い髪が肌を擽る。ぐったりとして目を閉じている凌牙は、まるでドレスを纏ったまま溺死し花とともに川を流れていくオフィーリアのように、一種の芸術的な美しさを備えたまま静止していた。

     「Ⅳ・・・」

     性的な熱に翻弄され終わり、しばらく黙ったままだった凌牙が口を開く。

     「アンタ、それが本性か」
     「さあ、どうでしょう」
     「・・・他にもこういうことしてんの」

     ガキが、いっちょ前に嫉妬かよ。
     あまりにも幼稚で愚かしい考えに思わず吹き出しそうになってしまう。
     まさかコイツセックスしたら恋人になったって思い込むタイプか?一度チンコ触ってもらったからいで恋人ヅラしてんじゃねえよ。
     まぁ、こういうことを言ってくる独占欲の強いファンへの対応ももちろん仕込まれている。
     俺は少し困ったように眉を下げ、苦笑しながら凌牙の頭を撫でる。
      
     「まさか、神代くんだけですよ。特別ですよ、特別」

     だって僕も、キミが好きだから。

     そう言った途端、さっきまで青白かった凌牙の顔が一気に赤く染まった。今にも火を吹きそうなほど真っ赤になったのを見て、ついに耐え切れず吹き出してしまった。
     ああ、愉快だ。こんなに愉快な気持ちになったのはいつ以来だろう。
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