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    hiko_kougyoku

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    hiko_kougyoku

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    雀部副隊長+乃武綱
    「執行者」
    ※捏造あり。
    ※シリアス。
    ※乃武綱が歪んでる。

    執行者 掬い取れるような闇に足を踏み入れた雀部は、その冷たさにぞっとした。地上から離れるにつれ濃密になってゆく怖気は、なるほど監獄という名を呈するにふさわしい雰囲気だと思う。
     真央地下大監獄最下層・第八監獄「無間」。最下層ということもあり、数多の罪人が投獄されているこの場所への立ち入り許可を得るのはなかなか骨が折れた。それでも長い時間をかけた末、やっとの思いで元柳斎の首を縦に振らせ、〝あの事件の功労者〟という立場を利用して中央四十六室をなんとか言いくるめ、ようやくここに来ることができた。
     自分はあの男に会わなければならない。顔を合わせ、あの惨劇の真相を知らなければならない。肋骨の下で漲る使命感が、匂い立つような霊圧を察知した瞬間に緊張へと変化するのを知覚すると、雀部は無意識のうちに左腕に掲げた副官章に手をやっていた。汗ばむ掌を冷気が撫でるのを感じ取ると、大丈夫、自分はできると内心に呟き、一直線に前方を睨みつける。
    「お久しぶりです、執行殿」
     そう呼びかけると、滞留していた闇がざわりと蠢く。その奥から脅かすような巨躯が現れると、雀部は自分の顔がこわばるのが分かった。
    「おお、その呼び方……長次郎! 久しぶりだな。元気にしてたか?」
     宵闇の彼方よりやって来たのは、初代護廷十三隊七番隊隊長、執行乃武綱だった。身を固くする雀部とは対照的ににやりと笑った乃武綱は、腰を曲げてこちらの顔を覗き込むと、浮かべた笑みをさらに深くしながら言う。
    「ん? お前髭生やしたのか? ははは、俺を真似たのか?」
    「まさか。私があなたを真似る理由がどこにあるというのです」
    「つれねえこと言うなって。俺の後をついて回った可愛い長次郎はどこに行っちまったんだよ……あれからどんくらい経った?」
     「ざっと、千年ほど」雀部は乃武綱の目を見つめながら無感情に言う。久々に会えた人物に対し、自分の声が驚くほど冷たくなっているとは理解していたが、親密さを表すつもりなど毛頭なかった。乃武綱を含めた初代隊長がいた日々を追懐しているからこそ、なおさらこの人物を許すわけにはいかない。この千年間、常に胸の奥で煮えたぎっていた憎悪。そのどす黒い炎に何度身を灼かれると思ったことか……。
     ふつふつと昇り詰める感情の中、「まだそんだけしか経ってねえのか。俺の刑期は一万年だっけ? まだまだか」と気楽に返した乃武綱の声に、雀部は抑えていたものがあふれ出そうになるのを感じた。
    「執行殿、あなた……ご自分がなさったことをお忘れで?」
     知らず知らずのうちに視線に険が乗っていたのか、乃武綱は慌てたように両手を小さく振って見せる。
    「まさか! あんなに血が沸き立ったことを忘れられるわけねえだろ。ちゃあんと覚えてるぜ。俺、物覚えは悪くない方だし」
    「ならば……どうしてそんなに平然としていられるのですか」
     鋭く睨みつけたつもりだが、乃武綱の表情が変わりことはなかった。昔からよく浮かべていた、自分を子ども扱いする時に見せるあくどい笑みを張り付けたまま、ただじっとこちらを見下ろし、次の言葉を待っている。
     その態度に火が点くのを感じた雀部は、常になく感情を露わにしてまくしたてる。
    「あなたは罪人なのですよ? 元柳斎殿と卯ノ花殿以外の……全ての初代護廷十三隊隊長を惨殺し、中央四十六室によって最初に裁かれたはじまりの大罪人……執行乃武綱……!」
     あの時のことは今でも覚えている。忘れられるはずもない……最初に、一番隊舎の壁に磔にされて絶命している千日を見たときは心臓が止まるかと思った。誰の仕業かと戸惑っているうちに今度は煙鉄の死が伝えられ、三番隊舎に火の手が上がり、卯ノ花がやってきて言ったのだ……「執行殿の反乱です」と。
     そうして元柳斎と卯ノ花とともに残虐のかぎりを尽くす乃武綱を拘束し、成立したばかりの中央四十六室に引き渡し、どうにか事件は終息した。しかし被害は決して小さいとは言えない。護廷十三隊が組織として機能しなくなるほどの損害……乃武綱にはそれだけの力があったと思い知らされると同時に、自分にその刃が向かなかったのは幸運に近いと思ったものだ。
     思い出していると、乃武綱がやれやれといった様子で頭を掻き、溜息交じりに言うのが見えた。
    「分かってるって。散々暴れ回った俺を捕まえたことによりお前は名実ともに一番隊副隊長として認められたことも、知ってるぜ……雨緒紀と弾児郎を仕留め損ねたのは心残りだけどな」
    「王途川殿は執行殿に与えられた腹の傷が原因であれから七日後に、尾花殿も意識を失って目覚めないままひと月後に命を落としました。あなたが殺したようなものです」
     雨緒紀の最期が脳裏に蘇る。致命傷となった腹の傷の、灼熱の痛みに耐えながらも儚い笑みを作り、「あの馬鹿は生かしてはいけない」と言ったのを最後に永遠の眠りについたことを。
     あれから千年経ったものの、雀部の胸には未だに悲嘆が植え付けられたままだ。心の一番柔らかい部分に爪を立てるように、乃武綱の気楽を装った声が上から降ってくる。
    「あいつらの死に様、見たかったなあ」
    「執行殿」
    「金勒なんて、あの無表情をこれでもかってほど歪めて抵抗してきてな。あいつは鬼道を使って来たからちと厄介だった。でも……」
    「執行殿!」
     一瞬で爆発した怒声が、底なしの闇を震わせた。茫洋とした空間にじんと響く余韻を聞き、言葉にならない憤怒と悲愴さに雄叫びを上げたくなったが、獣へ至る衝動を辛うじて押し込めた雀部は、相変わらずの泰然さで自分を見る乃武綱に目をやる。この男は、一体何を考えているのか。臓腑の底で渦を巻いていた感情が喉元までこみ上げ、喉が緩く震えるのを実感した。
    「何故、あんなことをしたのですか……」
     そうして何も考えられなくなった思考から絞り出した声は頼りないものだった。
    「執行殿は皆さんを恨んでいたわけではないでしょうに……あんな、惨いことを、何故……」
    「千年間、ずっと考えてたのか? ならもっと早く会いに来てくれりゃ良かったじゃねえか。そうしたら教えてやったのに」
    「できるわけないでしょう。いくら元柳斎殿と言えど、ここに来る許可は簡単にはくださいません」
    「あいつはしょっちゅうここに来てたのにか?」
     乃武綱からあっさりと発せられた衝撃的な言葉に、雀部は脳を揺さぶられた気分になった。「……は?」と漏らした自分の声がやけに気の抜けたものになってしまったのを感じながらも、雀部は驚愕の表情を崩すことはなかった。そんな雀部に追い打ちを掛けるように、乃武綱は言葉を続ける。
    「多分五十年おきくらいかなあ、結構頻繁に来てくれたぜ?」
    「どうして元柳斎殿は……」
    「お前と同じ。どうしてあんなことしたのかって。でも理由を言ったらそれっきり。一度も姿を見せてねえ」
     この場所に、元柳斎殿が……そんなことは一言も話してくれなかった。どうして自分には何も言ってくれなかったのだろう……。当然のことながら、次々と浮かび上がる疑問に答える声はなく、雀部は自分の裡に染み出した闇を見つめながら、呆然と立ち尽くすことしかできない。
     その様子を確かめた乃武綱は、不意に歩きはじめると棒立ちになった雀部の背後に回り込み、耳元にそっと唇を寄せた。
    「お前は分かってんだろ? 俺が何故あんなことをしたのか……」
     悪魔の囁きにも似た甘い声色に、雀部は固く目を閉じた。そうしてこの千年間何度も反芻した、あの時の血に濡れた乃武綱の姿を呼び起こす。
    「あの時のあなたは今でも覚えています。半狂乱で斬魄刀を振い、仲間を屠っていくさまは強い敵を求めてさまよっていたと言ってもいい。しかしその目の奥にはあったのはそうではない。迷い子が親を見つけ出そうとするように、自らの死に場所を探しているように見えたのです。根底にあったのは死への渇望。だからあなたは、自分と同等か、それ以上の力を持つへと襲い掛かった。自分を殺してもらえるように、あるいは、凄絶な死を迎えるために……」
    「だから俺への死罪を回避しようと動いたのか、お前は」
     無造作に放たれた言葉に、今度こそ何も返すことができなかった。
    「山本が言ってたぜ。俺は、最初は死罪になる予定だった。ところが長次郎が必死になって助命を嘆願してきた。『執行殿は死を望んでいる。だから死罪ではあの人の思い通りになってしまう。投獄刑にしてください』って、地面に頭をこすりつけてたって……」
    「……ええ、その通りです。私は、あなたを死なせて全てを終わりにするつもりはない……死んで地獄へ行ったところで、同じ過ちを繰り返すのでしょう? だったらこの世界で苦しみ続けて……」
    「長次郎ぉ……本当にそう思ってるのか?」
     振り向いたすぐ傍に、喜悦に歪んだ笑みが見えた。「本当に俺が、死なんて一瞬の快楽のためにわざわざあいつらを殺したと思ってんのか……?」畳みかける声に、脳に違和感が差し込まれるのを感じた。
     乃武綱が死のために動く。そんなはずはないという反駁が、耳の内側で聞こえたような気がした。それは雀部がずっと目を逸らし続けていた事実だった。乃武綱は一体何のためにあんなことを……真相を掘り下げるほど、そちらに行ってはいけないという警報音がけたたましく鳴り響き、雀部の足を鉛にする。
     過去に患わされたものだけが知る、逃れることのできない苦悩。その痛みに疼く胸に、乃武綱の嬉々とした声が鋭く刺さる。
    「答えは〝否〟! その逆だ。俺は死にたくねえから罪を犯した」
    「何を言ってるんですか。あなた、死刑になるところでしたよ」
    「お前が頼み込んでくれたじゃねえか」
     注がれた声に、息を呑む雀部。再び歩きはじめた乃武綱は高らかに宣言するように、あるいは雀部長次郎というただ一人の観客に向けて演説をするかのように、朗々と話を続ける。
    「俺たちは死神と言えどいつか必ず死ぬ。これは避けられない運命だ。俺たち護廷十三隊なんて特に戦闘の機会も多いからなおさらどこでくたばるか分かんねえ。でもな、一つだけ……ちょっとばかし窮屈だが死ぬことのない場所があるって気付いちまったんだ」
     乃武綱は闇の中で長い腕を伸ばし、自分のいる空間全てを指し示す。
    「そうだ、この場所。投獄刑ならば死を賜ることもなく、気が遠くなるほどの長い時間を生き延びられる」
    「そこまでして生きたかった理由は……」
    「おいおい、お前がそれを聞くのかよ。分かってるくせに」
     言う通りだった。雀部には、乃武綱の動機がはっきりと分かってしまったのだ。いや、もしかすると前々から感付いていたのかもしれない。だから千年もの間ここに来れなかったのだ……事実を知った自分がどうなるか分からなかったから。
    「なあ、長次郎」
     乃武綱が自分の名前を呼ぶ。今や元柳斎以外が呼ぶことのない呼び方で。昔は誰もが呼んでいた名を、躊躇いなく口にする……。
    「薄々気付いてるんだろ? 俺が罪を犯したのは……」
    「おやめください……」
    「お前とこうして話すためだよ。いつまでも、いつまででも……」
     目の前に立った乃武綱の、黒く濁った双眸に射抜かれ、雀部は戦慄した。自分を見るその目には確かに愛情というものが揺れていたが、その感情は愛と呼ぶには破滅的な色を帯びていた。にやと上がった口角から、乃武綱も自分の中で巣食っているものに自覚があるようだったが、この男はむしろその狂気を愉しんでいるようにも見えた。一歩間違えば保っている均衡が一瞬にして崩壊し、厄災となりかねない危険な匂いを感じ取った雀部は、無意識のうちに後ずさり、乃武綱から距離を置こうとしていた。
     が、それを察知した乃武綱は、雀部の腕を掴むと、逃がさないと言わんばかりの強い光を宿した目でこちらを見下ろす。
    「優しいお前なら俺をほっとくことはしねえだろ? 毎日ってわけにはいかないが十年、いや百年おきくらいは会いに来てくれるって思ってた。まさか千年もかかるとは思わなかった。山本め、長次郎をわざと俺から離しやがったな」
    「そんなことのために、皆を……」
    「そうだよ。でもな、耐えられなかったんだ。執行殿執行殿って俺の後をちょろちょろしてくれた可愛いガキの、その生き様を見れねえまま死ぬかもしれないっていうのが、怖かったんだよ。そうするくらいなら、どんな手を使ってでも生き延びて、お前の姿を追い続けてやるって思ったんだ……。
     お前もこの千年のどこかで気付いたんだろ? 俺の思惑に。だから髭なんか伸ばしたんだろ。外見を変えて、みんなで長次郎って呼んでた昔の姿から遠ざかって、俺の興味を逸らすように……確かに今はもう可愛かったころの面影はない。でもな、成長しても、俺にとっては可愛い可愛い雀部長次郎に変わりはないぜ」
     そうなのかもしれない。髭を伸ばしたのは、あの頃の自分を捨てたかったからかもしれない。胸中での呟きは言葉にならず、腹の底に沈んでいく。口を開けば言葉は嗚咽にしかならないような気がしたからだ。
     気付けば雀部の目からは涙が溢れていた。そこにはもう憎悪も憤怒もなかった。あるのは悲痛だけだった。ただただ悲しかった。そうして闇に魅入られた乃武綱にも、この先過去という宿痾に犯され続ける自分も。誰もが不幸になるばかりの事実が悲しかった。
    「このことを話してから山本はここには来ていない。お前、大事にされてるな」
     対する乃武綱の声は軽やかだった。自分との温度差が浮き彫りになるのを感じ、ますます胸が締め付けられる心地になる。
    「いいなあ、山本は。ずうっと長次郎を傍に置けて」
     心底羨ましいと言わんばかりの言葉に、嫌な予感がした。その予感は次には確信に変わる。
    「次は、あいつにするか」
     瞬間、内奥から起こった激情が全身の血液を沸騰させるのを感じた雀部は、下げていた拳を強く握りしめ、振り上げたい衝動に駆られた。わずかに残っていた理性が自らの裡に潜んでいた凶暴性をすんでのところで押し留め、冷静になれと命令すると、自分の心を落ち着けるために一度大きく深呼吸をする。
     肺の中に滞留していた酸素を吐き切ると、雀部は目の前の男に向かって決然と言い放った。
    「そんなこと、私が許しません。元柳斎殿に危害を加えようものなら、執行殿であろうと容赦はしません」
     その声は、今の自分が言ったものであるにも関わらず、ひどく幼いものに聞こえた。まるであの頃の……元柳斎殿の右腕になると言っていた時の自分のような、若々しく純粋な決意……。
     同じことを思っていたのか、乃武綱は満足そうな面持ちくつくつと喉で笑ってみせる。
    「いいねえ、その目。昔のお前を思い出す……できることならお前に殺されてえな」
    「楽には逝かせませんよ」
    「上等。お前が俺の処刑執行者になってくれるなんて、この上ない幸せだ。頼んだぜ」
     何を言っても火に油を注ぐ結果にしかならないと判断した雀部は、乃武綱の腕を勢いよく振り払うと踵を返し、逃げるようにその場を立ち去る。もうここにいたいとは思わなかった。この場所にいると、自分の罪をさまざまと見せつけられるような気がして、収まったと思った悲しみがぶり返すのが分かる。
     そんな内心を知ってか知らずか、乃武綱は「また来てくれよ。待ってるぜ」と明るい声を投げて来た。来るものか、と小さく吐き捨てた雀部はふと、自分が生きてきたよりもさらに長い時間を経て、あの男の刑期が終わった後はどうなるのだろうと考えを巡らせる。
     その時には、この世界はどうなっているのだろうか。元柳斎は生きているのだろうか。自分はどうなっているのだろうか。考えても無駄とは理解しつつも、そう思わずにはいられない。
     だが、しかし。もし自分に乃武綱の最期を与えてくれるなら……その時はあの男の望む通りにしてやるのも悪くない。
     そう思う自分は乃武綱に感化されてしまったのだろうか。考えながら雀部は、満ち満ちる闇から抜け出すために、地上への道を進む。
     背後から、闇を伝播して乃武綱の笑い声が聞こえてきた。地下から地上へ、闇から光へ。自分の生きる場所はこの昏い底の世界ではないというように、乃武綱の声は雀部が歩を進めるたびに遠ざかり、だんだんと小さなものへと変わってゆく。

     遠く。

     遠く。

           《了》
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    hiko_kougyoku

    DONE若やまささ+千日、逆骨
    「世のため人のため飯のため」④
    ※やまささと言い張る。
    ※捏造あり。かなり自由に書きました。
    ※名前付きのモブあり。
    世のため人のため飯のため④  4

     逆骨の霊圧を辿ろうと意識を集中させるも、それらしき気配を捕まえることは叶わなかった。そういう時に考えられるのは、何らかの理由で相手が戦闘不能になった場合――そこには死亡も含まれる――だが、老齢とはいえ、隊長格である逆骨が一般人相手に敗北するなどまずあり得ない。となると、残るは本人が意識的に霊圧を抑えている可能性か……。何故わざわざ自分を見つけにくくするようなことを、と懐疑半分、不満半分のぼやきを内心で吐きながら、長次郎は屋敷をあてもなく進む。
     なるべく使用人の目に触れないよう、人が少なそうな箇所を選んで探索するも、いかんせん数が多いのか、何度か使用人たちと鉢合わせるはめになってしまった。そのたびに長次郎は心臓を縮ませながらも人の良い笑みを浮かべ、「清顕殿を探しております」とその場しのぎの口上でやり過ごしているうちに元いた部屋から離れてゆき、広大な庭が目の前に現れた。どうやら表である門の方ではなく、敷地の裏手へと出たようだ。
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