プロト和菓子屋「桂花堂」
季節のものを使った品々が売りの土産用和菓子屋。自分はこの店のアルバイト。
店主である天日さんは今、店の奥でうたた寝している。経理作業をしてるうちに寝てしまった様だ。
夕方4時過ぎ。お客さんが沢山くるピークを乗り越えて、店は一気に静かになった。遠くから聞こえる子供の声が、店内の平穏を一層際立たせている。入口からはちょうど暖かい日差しが入り込み、昼寝にはもってこいの状況だろう。
天日さんはあまりに幸せそうな顔で微睡んでいて、その様子を眺めるのが楽しいし、別格起こす必要を感じなかったので、しばらく店番は自分がしよう
「店主さんはいますか」
………とは、中々いかないらしい。
丸眼鏡で緑の服を来た少年が、静かに戸を開け入ってきた。度々、お客さんとして来る子だった。
反射的にいらっしゃいませと口にする。開口一番天日さんを呼ぶから、今日は和菓子目当てのお客さんというわけじゃ無さそうだが、この挨拶で良かったのだろうか。まぁ、天日さん宛のお客さんには変わりないか。いや、でも…
「あの、すみません、店主さんは…」
ハッと顔を上げる。少し困り顔の少年がこちらを見上げていた。
「ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって。今呼んでくるからちょっと待っててください」
慌てて一礼をして奥に引っ込む。またやってしまった。くだらないことでもすぐ考え込んでしまうのが、自分の昔からの悪いクセだった。そのせいで何度もバイトに落ち、やっと採用してくれたのはこのお店だった。天日さんには感謝しかない。
で、その天日さんは健やかな寝息を経てながら夢の中だ。名前を呼んでも返事がないので、本格的に寝てるのだろう。少し申し訳なさを感じながらも肩を揺する。
「天日さ〜ん、天日さんあてにお客様です」
「……まや、さん……」
………まやさん、たまに天日さんから聞く名前だった。
何度も何度も出てくるので、気になって聞いてみたが、以前ここで働いていた人らしい。それ以外の事は教えてもらえなかった。というか、話す天日さんの表情が見るからに切なげで、自分で話さなくていいと断ってしまった。
「俺は日与ですよ」
「……!日与さん!申し訳ありません、お見苦しい所を…。私にお客様ですか、かしこまりました。ありがとうございます」
天日さんは最初こそ寝ぼけてたものの、ぱっちり目を覚まし早足でカウンターに向かっていった。
自分もその後ろについて行ってレジ前に立ち、天日さんがカウンターから出て少年へ話しかける1連の動作を眺めていた。
「ご無沙汰しております。支子さん」
「久しぶりだな。相変わらず元気そうでよかった」
支子と呼ばれた少年は度々お客さんとして来店するが、天日さんとちゃんと話してるところは初めて見たかもしれない。それにしても随分親しいようだ。
「こちら紹介します。今のお店を手伝ってくれている日与くんです」
「へ、あ!どうも、長崎日与です。よろしくお願いします」
「ちゃんと挨拶するのは初めてだね。支子と呼んでくれ。こいつの親みたいなもんだ」
見るからに子供の支子さんがそういう。正直、天日さんの正体を知らなければ信じないだろう。
天日さんの正体は狐の神様だ。