おかえりを言わせて ブリーズブリュー祭。
バドルドー祭や風花祭と同じく、モンドを代表する伝統的な祭りである。
そして今回もというべきか、魔龍からモンドを救った我らが大英雄、栄誉騎士。もとい旅人が、また何かの問題を解決しようと走り回っているのを小耳に挟んだ。
ファルカさん……騎士団の大団長が、レザーの親御さんから荷物を預かっているらしく、その中には熟成された酒が入っていたそうで、自分たちもそれと同じものを作ると言っている。
それをリサから聞き、酒造に必要な材料、というか道具である酒樽をアカツキワイナリーから譲って貰おうと、ワイナリーの従業員である俺に話がきた。
確かに俺から直接ディルックに言えば、旅人の名前を出せば簡単に承諾するだろう。けれど今はブリーズブリュー祭。せっかくの祭りなのに身内が家に帰らないのは寂しいもので、少し含ませながらリサにそう伝えれば交渉人として騎兵隊長の名前がすぐにあがった。察しの良いヤツは好きだぜ。と、二人で悪巧みをするようにくすくすと笑った。
後日、旅人と一緒にガイアがワイナリーに到着し、交渉もスムーズに終わった。
そしてなんとガイアとディルックが夕食を共にしているではないか。もちろん旅人とパイモンも一緒である。
ディルックから旅人に向けて食事を誘うのは特におかしくもないが、もちろん旅人だけではなくガイアも誘っていたはずだ。けれどもこの義弟は何を思ったかやんわり断りを入れて帰ろうとしたので、俺は咄嗟に腕を掴み、アデリンがすかさずガイアを言いくるめた。さすがの口が回るガイアもアデリンには敵わない。大人しく席に着いてもらった。
生憎と俺は使用人の身なので、ここではアデリンとテーブルを見守ることしか出来ないが、ぎこちないながらも二人が揃っているのを見て頬が緩む。
「顔を引き締めなさい。だらしないですよ」
「いっ」
小声で俺に注意をするアデリン。ついでに頬を抓られた。呆れ顔で俺を見上げる顔はメイド長の顔だ。
「なんだよ、さっきまでお前も嬉しそうだっただろ」
「それとこれとは別です。お客様の前なのですから」
「……は~い、申し訳ございませんでした~」
「語尾を伸ばさない」
「痛って!」
今度は踵で足を踏まれ思わず声を上げた。すると旅人が不思議そうにこちらを見てきたので誤魔化すように手を振った。
「……まったく貴方は」
「これくらい許してくれよ」
「旦那様のご友人ですよ?」
「俺のご友人でもあるんだけど。ガイア…様を連れてくるように手引きしたのは俺なんだしさ」
「その事については感謝してます。ああして揃って食事をするなんて本当に何年振りでしょう……」
嬉しそうに目を細めるアデリン。彼女の頬には一筋の涙が流れる。
「やだ、私……失礼しますね」
流石に崩れた顔を客人の前に出すことはできない。アデリンは軽く会釈をしてその場から立ち去った。
「……ガイアも、これを機に戻りやすくなんないかねぇ」
あの日、クリプス様の命日であり、ディルックの成人の誕生日だったあの日の夜。ガイアとディルックの間に何があったのかは詳しくはわからない。けれどその事に負い目を感じて、何か用事がない限りこの家には近付こうとはしない。
それでもここはガイアが育った場所で、俺達が出会った場所なんだ。
「……いつでも帰ってきていいんだぜ?」
だから今度は、いらっしゃいって言わないからな。