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    バンドマン乱歩さんとファンの与謝野さんです

    恋に恋して、芽生え始めて其れは、本当に突然の出来事だった。
    友達に誘われて、嫌々ながらも付き合いで行ったライブハウス。バンドになんて興味無いから、見るだけ見て帰ろうと、そう思っていたのに。
    「晶子、見て!このバンド、サックスの人がいるんだって。珍し〜」
    そう言われて顔を上げた妾の目に飛び込んできたのは、オールバックにした黒髪にご機嫌そうに細められた目を持つ男だった。
    男の瞳は無作為に見開かれたり、また細められたりしている。その隙間からチラチラと覗く翡翠色が、妾の心を射抜いた。
    「……」
    曲が進んでいく。次の曲、また次の曲、とどんどん移り変っていく曲なんて全く聞こえないほど、妾はその男に釘付けになっていた。
    「晶子、帰るよ〜……晶子?」
    公演の間中ずっと、妾は彼のことを思っていたらしい。友達の呼び掛けにはっと我に返った頃には、とっくに演奏は終わっていた。

    そんな訳で、妾はサックス担当の彼……江戸川乱歩を推している。というか、恋をしている。
    あれから、彼が出る公演にはできる限り足を運んだ。友達と予定が合えば、友達と一緒に行ったりもした。友達は「まさか晶子がバンドにハマるなんてね〜」とクスクス笑っていたけれど、妾が本当にハマっているのはバンドではなく、江戸川乱歩ただ1人だ。
    いわゆるガチ恋勢、というものなのだと思う。けれど、妾は彼に妾のことを見てほしいとは全く思っていなかった。彼はあくまでも舞台に立つ人であって、妾はそれを見ている客。決して結ばれない恋だからこそ、安心して彼に恋をすることができていた。
    とはいえ、江戸川乱歩を推してきてはや半年。ここまで来ると、どうしても舞台上の推しじゃなくて、生の推しに会いたいという気持ちが強くなる。
    そんな時に見つけた、一緒に写真が撮れる、所謂チェキ会の抽選申し込みのサイト。あのバンドは人気だし、チェキ会の当選人数なんてたかが知れてる。当たりっこないと思って軽い気持ちで応募したのが半月前。そして当落が出たのが今日の午後3時、だったのだが。
    「嘘、だろう……?」
    スマートフォンに表示されているのは「ご当選されました」の文字と支払いの案内。つまり、妾はチェキ会に行けるということだ。
    舞台という高い台に阻まれていない二人だけの空間で、彼と写真を撮る。
    こんな夢のような時間を過ごせるなんて、神様が妾にくれたご褒美はあまりにもこの身に過ぎたものだった。

    チェキ会当日。妾は精一杯めかしこんで会場に足を運んだ。江戸川乱歩の待機列の前で、ただひたすら順番を待つ。
    江戸川乱歩に会ったら何を言おう。さすがに、あなたの事が好きですとは言えない。そんなことを言ったら気持ち悪いと引かれてしまうに決まってる。けれど、何も言わないのはあまりにも勿体なさすぎる。
    結局、「頑張ってください。応援してます」この言葉に落ち着いた。これなら江戸川乱歩に恋をしていることを悟られやしない。ただの1人のファンとして、この場を乗り切ることができるだろう。
    ぼんやりとそんなことを考えていると、「次ですよ」と係員に声をかけられた。もうそんな所まで列が進んでいたのか、と思いながら、今まさに江戸川乱歩と話しているファンの方をちらっと見る。ファンは興奮気味に何かを語りかけていて、江戸川乱歩はそれに頷いて……今日あったばかりのファンだろうに、まるで旧知の仲のような親しさだった。
    あんな風に接して貰えたら、どうなってしまうんだろう。ドキドキしながら順番を待っていると、「どうぞ」と彼の声が聞こえた。
    「失礼します」
    一歩、ブースに足を踏み入れる。途端目の前に広がったのは、満面の笑みを浮かべた江戸川乱歩の姿だった。
    いつも舞台の上にいた、自分とは違う世界のひとだと思っていた彼が、目の前にいる。
    言おうと思っていた言葉が全て吹き飛んでいく。頭が真っ白になりながら、妾はただ呆然とそこに立ち尽くしていた。
    「やあ、僕に会いに来てくれてありがとう!」
    「……」
    「どうしたの?ねえ、大丈夫?」
    江戸川乱歩が妾を見て、妾を心配してくれている。ファンとしてあまりにもご褒美すぎる。でも、妾がここで時間をとっては、後ろの人の迷惑になってしまう。ここは、大丈夫だと言うべきだろう。
    「大丈夫です」
    「よかった。じゃあ、僕の隣に座って」
    ぽんぽん、と江戸川乱歩が椅子を叩いた。確かに、前に並んでた人は隣に座ってたな。そう思いながら、右手と右足を同時に出しそうな勢いで椅子に座った。
    「えっと……」
    「君、よくライブに来てくれる子だよね!いつも応援してくれてありがとう」
    「ひっ」
    思わず引きつった声が出る。
    落ち着け、江戸川乱歩はバンドマンで、妾は客。彼は、みんなに同じ台詞を言っているに違いない。
    いくら妾が彼に恋をしているからといって、勘違いしてはいけない。自制心に支配され、少し落ち着いてきた頃だった。
    「こんなポーズで撮ろっか。嫌だったら言ってね」
    江戸川乱歩が急に妾のことを抱き寄せてきた。彼の匂いが鼻に届き、整った横顔が視界いっぱいに映る。
    (嘘だろう、こんな、こんなの……)
    これでカメラに向かって笑顔を作るなんて無理だ。推しの過剰摂取で死んでしまう。あんまりにも緩んだ顔をしているのを隠しきれない。妾は精一杯口角をあげて、撮られる瞬間が早く終わらないかと、ただそれだけを願っていた。
    「はい、OKです」
    スタッフの声が聞こえる。ようやく終わった。そうだ、彼に伝えたいことがあったんだ。
    「あの、江戸川乱歩さん」
    「なあに?」
    「が、頑張ってください。応援しています」
    良かった。ちゃんと言えた。間違って「好きです」なんて言わなくてよかった。
    江戸川乱歩の方を見ていると、彼は翡翠色の瞳を覗かせて、口を開けて「もちろん!」と笑った。
    「それじゃあ、妾はこれで。最高の思い出を作ってくれて、ありがとうございました」
    後ろに並んでいたファンも早く彼と話したいだろうし、妾はこれで退散だ。
    椅子から立ち上がって、出口の方へ向かう。彼と少しでも話せてよかった。そう思いながら。

    その後渡されたチェキに映っていた妾の顔は、今まで見たことが無いほど緩んでいて、引きつっていた。

    「はあ……」
    うっとりと口から息を漏らす。今日は最高の思い出ができた。あの彼と話が出来た。彼に笑いかけてもらえた。彼と二人で撮ったチェキまで手に入った。ああ、今日は人生最高の日だ。
    「さあ、明日からまた仕事を頑張るとするかね」
    コン、とヒールを鳴らす。今日の思い出だけで一生食いつないでいけそうだと、そう思いながら。







    「乱歩さん、お疲れ様です」
    時刻は午後9時。チェキ会が終わってスタッフさんもみんな居なくなった頃、太宰が僕に話しかけてきた。いつも飄々としている太宰の額には汗が滲んでいる。まあ、それもそうか。
    「太宰こそお疲れ様。今日も大変だっただろ」
    「そうですね、プレゼントを渡したがるファンが多くて」
    おお怖い、と太宰が身震いする素振りを見せる。以前、太宰に向けて送られたプレゼントの中に女性の血液が混ざっていたことから、僕たちのバンドにプレゼントを送ることは禁止されている。にもかかわらず太宰にプレゼントを渡したいというのは、つまりそういうことだろう。
    相変わらず大変な男だ。哀れみの目で太宰を見つめていると、
    「乱歩さん、今日は大丈夫でしたか?乱歩さんも割と厄介なファンを抱えているでしょう」
    と太宰に話を振られた。
    太宰ほどではないにせよ、僕も僕に恋するファンを抱えている。そういう奴らは大体目でわかる。僕に恋している、僕を独占したい、他のファンなんて押しのけてしまいたい。そんな目をしているファンを、今日だけで何人見てきただろう。
    ……ああ、でも一人だけ。
    「今日は厄介なファンの子はいなかったかな。変わった子は居たけど」
    「変わった子?」
    「蝶の髪飾りを付けた女性のファンだよ。僕に恋してるくせに、すっごく辛そうな笑顔で僕や周りの子ばっかり気にかけてた」
    僕の脳裏に浮かぶのは、整った容姿の女性のファンの子。
    初めて彼女を見た時、またかと思った。また僕に恋をしている厄介なファンかと。
    実際、彼女は僕に恋をしていた。僕を見るなりトロリと溶けた瞳を見れば、そんなこと一目瞭然だった。
    なのに。
    彼女は初めこそ固まっていたけれど、後ろの人やスタッフさんの迷惑にならないように気を使っていた。そして恋心の全てを押し殺した顔で、僕に応援の言葉をくれた。
    「おかしいよね。僕のことが好きならそう言えばいいのに。スタッフさんに促されても出ていかないくらい僕と話したいはずなのに。みんなそうしてるのに、彼女は違ったんだ。」
    「へえ」
    「しかもその子、自分が辛そうにしていたことに気づいてない。むしろ、最高の思い出って言ってた。そういうところが」
    「そういうところが?」
    太宰に促されて、言葉が止まる。僕は彼女に何を思っているんだろう。笑顔になってもらいたい?元気をあげたい?演奏を聞いて喜んでもらいたい?いや、どれも違う。
    恋に蓋をして辛い思いをしていることにすら気づかずに僕の前で笑っていたところが、何もかも押し殺したくせに最高だったと言っていたところが。
    「……気に食わない」
    あれ、僕はファンの子になにを思っているんだろう。たった1人のファンにここまで肩入れするなんて、舞台に立つものとして許されることじゃないのに。
    僕の答えを聞いた太宰は、
    「そうですか、気に食わないですか」
    と可笑しそうに笑っていた。
    「絶対、あのファンの子に最高の笑顔で笑ってもらうんだ。あんなに辛そうだった今日を最高の思い出になんてさせてやらないんだから」
    彼女の顔を思い出す。まるで迷子の子供のような、悲しげに歪んだ笑顔が頭から離れなかった。あの子にもっと笑ってほしい。彼女の笑顔を見れば、僕のよく分からない、気に食わないって気持ちも落ち着くかもしれない。
    そのために、彼女のことが知りたい。どうしたら彼女を知れるんだろう。
    ブツブツと考え事をし始めた僕の後ろで、太宰が「春ですねえ」と呟いた気がした。
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